盾持ちローランド (伊良子暉造(伊良子清白)によるヨハン・ルートビヒ・ウーラントの訳詩)
[やぶちゃん注:以下、底本の「未収録詩篇」の伊良子清白による翻訳詩パート。二篇あるが、孰れもドイツ後期ロマン主義のシュワーベン詩派(Schwbische Dichterkreis)の代表的詩人であるヨハン・ルートビヒ・ウーラント(Johann Ludwig Uhland 一七八七年~一八六二年:生地チュービンゲン大学で法律を修め、パリに遊学、専攻の法学よりも、フランスやドイツの中世文学に傾倒した。弁護士を経て、自由民権の闘士として、州議会やフランクフルト国民議会の代議士となって活躍する一方、詩作と文学の研究をも続け、その学殖を認められて、一時、出身大学でドイツ文学の員外教授となった。ドイツ統一の夢が破れると、ドイツの中世文学や民謡の研究に専念した。その素朴な叙情詩は自然と郷土への親愛感に溢れ、洗練された格調で、人々に共通の心情や体験を詠じた。伝説や史実に拠る叙事的物語詩が特に優れ、「若きジークフリート」「良き戦友」「居酒屋の娘」などは好んで朗読され、歌曲としても愛唱されている。民謡収集・研究の成果である「ドイツ古民謡集」(一八四四年~一八四五年)は詳しい論考・注釈附きの最初の学問的ドイツ民謡集であり、ドイツの伝説や文学史の論著とともに、今なお高く評価されている。ここは小学館「日本大百科全書」に拠った)のものである。既に先に昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」に再録所収された「七騎落」(ウーラントの詩篇による翻案詩)及びウーラントの詩篇に基づく「少女の死を悼みて」・「墓場をいでて」(次に出す総標題「野菊」四篇中の最後の二篇をそれぞれ独立させたもの)と、明白にウーラントの訳詩である「森を穿ちて」・「ひばり」・「狩人のうた」は電子化している。
本作「盾持ちローランド」は全三十連から成る長詩で、明治二八(一八九五)年の五月・六月・七月発行の『もしほ草紙』(第一号・第二号・第三号)に「上・中・下」に分割して発表したものである。署名は孰れも本名の「伊良子暉造」である。当時、清白は未だ満十七歳(十月四日生まれ)、この四月に京都医学校に入学したばかりであった。『もしほ草紙』第三号には訳詩完結に合わせてかなりの量の原作者についての評論「ウーラント」も載せており、これは本篇を味読する上で有意に価値があると思われるので、次回、全文を電子化する。
本作の原題は最後に伊良子清白が注記している通り、原題は「Roland Schildträger」(カタカナ音写「ローラント・シルト-トレーガァ」で「盾持ちのローラント」。一八一五年刊)で原詩はドイツ語版ウィキソースのこちらにある。中世フランスの伝説の名騎士ローラン(フランス語:Roland(ローラン)/イタリア語:Orlando(オルランド)):中世ルネサンス期の文学作品に於いて「シャルルマーニュの聖騎士((Paladin:パラディン:高位の騎士称号)」(Charlemagne はフランク王国国王・西ローマ皇帝のカール大帝(七四二年~八一四年)のフランスでの呼称)の筆頭として登場する人物で、シャルルマーニュの甥に当たるとされる。イタリア・フランスの武勲詩の中でもその勇猛果敢な活躍が描かれ、十二世紀始めに成立した「ローランの歌」でとみに知られる。詳しくはウィキの「ローラン(シャルルマーニュ伝説)」や「ローランの歌」を参照されたい)の少年時代の武勇伝を扱った非常な長篇叙事詩である。世界史に冥い私には、とてものことに注を附けきれないので、表記上の不審箇所以外は略すこととした。悪しからず。]
盾持ちローランド
其一
御階の柳うち靡き、
春面白さアーヘンの、
宮居に來鳴く鶯は、
君が千年や祝ふらむ。
菫の花をむしろにて、
雲雀の聲を歌として、
ゆたけき御代の酒うたげ、
御門カルヽは國々の、
たけき武夫召し集へ、
たのしく遊び給ひけり。
其二
御心たけき大君の、
集へる人にの給く、
「白金黃金あや錦、
千々の寶も何かせむ。
森陰くらきアルデネル、
光まばゆき天津日の、
てれるが如く照り渡る、
くしく妙なる玉こそは、
世に類なきたからなれ、
その寶こそその森の、
深き巖間にひそみたる、
巨人の手には隱れたれ。
あはれ雄々しき武夫は、
かくも妙なる寶玉を、
尋ねに行くは誰やらむ。」
其三
せ丈の高きバイヱルン、
走るに奔きハイモンや、
弓矢に長けしトルビン侯。
くち鬚しげきガリン伯、
相撲につよきリカルドや、
槍に名を得しミロンなど、
いくさのなきを嘆きたる、
つよく雄々しき武夫の、
鎧をかたに駒に鞍、
巨人の方に向はむと、
ねがはぬ者はなかりけり。
其四
ミロンの子なるローランド、
二葉の松の霜ゆきも、
知らぬ年にてありながら、
父の袂をひきとめて、
言葉をゝしくいひけるは、
「名譽(ほまれ)も玉も積みそえて、
錦着飾る父上の、
今霄の夢ぞ思はるゝ。
あはれ父上願くは、
おのがたのみを容れ給へ、
年幼くてなかなかに、
森の巨人にむかはむは、
かよわき力のおよばじと、
思ひ給へど父上は、
今日の門出の初陣に、
いとめざましく戰はむ、
槍と盾とをたのみにて、
力を添えむ父上に。」
其五
あがきそろえて武夫の、
六人はやがて門出しぬ。
彌生の空のうらゝかに、
吹き來る風も長閑にて、
霞の中にほのぼのと、
一きはしるきアルデネル、
森のすがたも見ゆるなり。
駒も早めて武夫の、
かたみに先をきそひつゝ、
越方遠くなるまゝに、
木立も近く見え初めて、
苔の細道はるばると、
旅の行衞ををしへけり。
嵐をたえて姬小松、
かはらぬ綠行末の、
千世をしめたるローランド、
盾と槍とを右左、
こをどりしてぞ勇みける。
其六
朝日の上るあしたにも、
夕月てらすゆふべにも、
たゆまずうまず武夫は、
巖間の寶尋ねけり。
蓬茂れる尾上にも、
落葉かさなる谷間にも、
巖のかげも草叢も、
人のすがたはなかりけり。
春の長日をかりくらし、
一夜の友は草枕、
結びもあへず明けて行く、
曉衣くりかへし、
尋ねあぐみて疲れけむ、
さすがに剛きミロンさへ、
日影をさふる柏樹の、
木の下かげにねぶりけり。
其七
折しもあれや遠近の、
木の葉の數も見ゆるまで、
光りまばゆく照り渡り、
木の間を走る小男鹿の、
うは毛のつゆも見ゆるなり。
御空の雲はさながらに、
錦を織りしごとくにて、
谷の小川にうつりては、
黃金の浪をくだくなり。
奇しき光はいやましに、
光まばゆくなりにけり。
心雄々しきローランド、
さとき眼のいち早く、
山のそば路下りくる、
怪しきかげを見とめけり。
其八
幼心にローランド、
心靜かに思ふやう、
「あはれ奇しき光かな。
この光こそやがてかの、
世に類なき寶なれ。
さまし奉らんか父上を、
いかにかせまし父上を、
いなわが父はねふるとも、
刀も盾もさめてあり。
駒もねぶらでつなぎたり。
槍もち添えてわれ行かむ。
われも眠りて醒めたれば。」
其九
心雄々しく定めたる、
年いとけなき武夫は、
父の燒太刀腰に帶き、
槍を左に盾を右手、
ひたすら父をさまさじと、
駒のあがきもゆるやかに、
森の木の間をあゆませぬ。
手綱をとりてとめくれば、
松の木立の疎らにて、
落つる雫もおのづから、
黃金を散らすごとくなり。
谷の小川の岨みちを、
つたひつたひて行く程に、
光はいよゝ近きて、
巨人の姿あらはれぬ。
大音聲にローランド、
名のりをあげて呼ひけり。
[やぶちゃん注:「近きて」「ちがづきて」であろう。]
其十
いはの峽間につきしとき、
巨人はひくき聲音にて、
いと冷やかに笑ひけり。
笑ひながらもいへるよう、
「峯の砂路にこぼれたる、
藤の木の實のたねよりも、
なほさゝやけき童べ子の、
なにをせむとてなれはかく、
深山路遠くきたるらむ。
なれの騎りたる駒を見よ、
木の間にすくふさゝがにの、
とわたるさまにことならず。
なれの帶びたる太刀を見よ、
秋野の末のかまきりか、
斧をふるふにさも似たり。
笹にもたぐふ其やりと、
紙よりうすきその盾と、
何をせんとて汝はかく、
深山路深く來るらむ、
あかるき中に歸り行け、
道しるべせむなれの爲め。」
其十一
「深山路ふかく尋ね入る、
年いとけなきローランド、
いづこをさして歸るべき。
みちしるべこそなかなかに、
汝にこそせめ汝の爲め、
笑ふをやめていざや來よ。
父の傳へしこの槍の、
斬味見せむ今日こそは、
いざやよみ路の道しるべ、
太刀は硏ぎたり燒太刀は、
駒は勇めりあら駒は、
あら面白の今日の日や、
來れや來れ疾(と)く早く。」
其十二
巨人の姿見てあれば、
怒りの眼血にあへて、
逆立つ髮のふり亂れ、
こぶしかためし其樣は、
鬼の長(をさ)にもにたりけり。
折しも空のかきくれて、
あやめもわかぬ木下闇、
折々まじる稻妻の、
はためくさまも物凄し。
星かと見ゆる寶玉の、
きらめく方をめあてにて、
槍をすごきてなげ付けぬ。
なげつと思ふひまもなく、
あやしの盾はさかしまに、
飛び來るやりをはねつけぬ。
其十三
さとく雄々しきローランド、
手早く太刀をぬき放ち、
盾とたからをこゝろにて、
巨人のすきをうかがびぬ。
さらぬもくらき木下蔭。
嵐の音もそはりきて、
春ともわかぬ物すごさ。
聲をたよりにかけ合す、
太刀の稻妻ひらめきて、
またゝくひまもあらばこそ、
あなやとさけぶ一擊に、
血汐の瀧の沸きあがり、
いはほの上におちつらむ、
あやしき物のびゞきして、
巨人のうではたゝれけり。
其十四
たゝれしうでと諸共に、
盾も寶もちりうせて、
怪しく奇(く)しき光さへ、
いつしか分かずなりにけり。
嵐のおとの靜まりて、
村雲遠く立ち別れ、
うらゝに晴るゝ禰生空、
なくなる鳥の聲そえて、
谷の小川の音淸し。
たえなる盾と寶玉は、
巖の上にすてられぬ。
あやしき迄にいたみけむ、
流るゝ血汐にたえかねて、
霜野にすだく蟲の聲、
巨人のいきはたえにけり。
其十五
せわしきいきの絕間なく、
年いとけなき武夫は、
うす紅いろの面ばせに、
えならぬ笑みをうかべつゝ、
いくたびとなく行きかへり、
こおどりしては謠ひつゝ、
さては刀をふりかざし、
巨人の髮を手握りて、
右にひだりに前うしろ、
硏ぎたるまゝにこゝかしこ、
太刀にまかせて斬りつけぬ。
血汐のながれみなぎりて、
谷の小川をそめてけり。
[やぶちゃん注:「こおどり」はママ。]
其十六
あやしき盾にかくれたる、
妙なる玉をしつかにも、
右のかくしにかくし入れ、
出しては入れつまた出しつ、
まばゆき光をよろこびぬ。
小川の岸を折れ下り、
裳裾の血汐うちそゝぎ、
かわきしのどをうるほしつ、
心もきよくなりぬれば、
太刀をさや帶き盾をもち、
ゆん手に槍をかいこみて、
駒のあがきもゆるやかに、
森の木の間をかへりきぬ。
柏の木蔭すゞしくて、
うまいの夢のさめやらず、
ミロンはなほも眠りけり。
さすがにたけき童子も、
いとゞいぐさにつかれけむ、
父のかたへを小床にて、
やがて夢路をたどりけり。
[やぶちゃん注:「しつかにも」はママ。「しっかりと」の意であろう。]
其十七
柏の廣葉のうちそよぎ、
夕風淸く吹き初めて、
ほのめきいづる三日月の、
細きひかりもあはれなり。
おつる雫に夢さめて、
草の小床をおきはなれ、
森かげ遠くながむれば、
夕といへる手弱女は、
御空靜かに下りつゝ、
薄墨いろの衣手は、
こなたかなたに廣ごりて、
行くべき方も見えわかず、
いぬるわが子をよびさまし、
「はや日も暮れぬ月くらし、
いは間のたから尋ねむは、
今宵をおきていつかある。」
ミロンはをゝしくよばひけり。
[やぶちゃん注:「夕といへる手弱女は」は「ゆふべと言へる手弱女(たをやめ)」で、「『夕(ゆう)べ』という『手弱女(たおやめ)』」、夜を女性に擬人化したもの。]
其十八
さゞめく川をたよりにて、
くらき木の間のつゞら折、
右にひだりに行き曲り、
しげる蓬をふみ分て、
二人は遠くたどり來ぬ。
流るゝ星の影見えて、
木立まれなる細みちを、
つたひつたひて來る程に、
月のひかりは暗けれど、
さやかにそれと見とめけり、
あけにそみたる岩が根に、
巨人のからはたふれたり。
其十九
年いとけなきローランド、
あたりの樣をながめつゝ、
いともあやしく思ひけり。
巨人の左手は影もなく、
あやしき盾も散りうせて、
よろひも太刀もなかりけり、
針の黑髮たにぎりて、
うちにうちたるかうべさへ、
ありし姿のあともなく、
形見に殘るものとては、
あけにそみたるからなれば。
其二十
「深山のおくの森かげに、
杣やま人の切りすてし、
其切株のひろさにて、
幹のすがたぞ思はるゝ。
いふにもまさるこのからは、
森の巨人の名殘なり。
あはれしばしのうたゝ寐に、
名譽も玉もうしなひぬ。
末のうき世の末かけて、
悲しきことのきはみなり。」
ミロンは空をうちあふぎ、
泪に袖をしぼりけり。
其二十一
百鳥千鳥囀へつりて、
霞長閑けきアーヘンの、
春の宮居のうつくしさ、
玉の高殿まばゆくて、
天津都を見るばかり。
御門カルヽは白金の、
欄干ちかくたゞずみて、
彼方を遠く眺めつゝ、
「きのふも今日も歸らぬは、
いかにあへなく成りつらむ。
世に武夫のいさましく、
猛夫の中のかの六人、
いづこをさしてたどるらむ。
あなや彼處にきらめくは、
走るに奔きハイモンの、
槍の穗先にあらざるか。」
[やぶちゃん注:「囀へつりて」はママ。]
其二十二
しぼれし面わ何となく、
うきをふくめるさま見えて、
駒の手綱も力なく、
御門のまゑを伏し拜み、
血にまみれたる生かうべ、
槍の穗先に貫きぬ。
「たどるも暗き森中に、
眩ゆき玉はあさり得で、
よしなきものゝ生かうべ、
捧くることの耻かしや、
さはさりながらこれもまた、
森の巨人の名殘なり。
これに代えてもいかでわが、
重きつみをもゆるしませ。」
[やぶちゃん注:「まゑ」はママ。「生かうべ」は「なまかうべ」で「生首」のことであろう。「され(しやれ)かうべ」では骨になってしまうから「血にまみれたる」に齟齬する。]
其二十三
たけにもあまる手束弓、
張りしまゝにて荒駒の、
あがきをいたく疾めつゝ。
弓矢をほこるトルビンの、
血汐したゝる黑金の、
巨人の右手をさし出し、
先きにはめたる手袋を、
笑ひながらに外づしつゝ。
「しばし御門も見給へよ、
いみじき形見にはべらずや、
世に二つなきこの重荷、
駒のつかれも思はずて、
こゝまで運び候ひぬ。」
其二十四
雲をしのぐとたゞゆべき、
高き背丈にくらべては、
類まれなるバイヱルン、
巨人の棒をうちふりて。
御門の方をなかめつゝ、
「土產を見給へこの土產を、
きらめきわたるこの土產は、
おのが丈にもくらぶべき、
長くするどき黑金よ、
寶は得ずていたづらに、
汗とつかれをになひ來ぬ。
うま酒一つたまはれよ、
それこそおのが寶なれ。」
[やぶちゃん注:「たゞゆ」はママ。「讚(稱・頌)(たた)ゆ」(但し、だったら「たたふ」が正しい)であろう。]
其二十五
流石に駒もつかれけむ。
徒步のまゝにてリカルドは、
轡をとりてあゆみつゝ、
相撲につよき右の手に、
巨人の太刀を携えつ、
かぶとを腰に結び付け、
御門の方にさしよりぬ。
「森の中にて尋ねなば、
なほ物の具は多からむ。
探らまほしく思ひしも、
いとゞ重荷にかなはずて、
兜と太刀をあさりきぬ。」
[やぶちゃん注:「携え」はママ。]
其二十六
くち鬚多きガリン伯、
うれしき事やあるならむ。
遠き方より聲あげて、
巨人の盾をうちふりぬ。
「ガリンは盾をさしあげぬ。
やがて寶もあるならむ。
うれしき聲にとめ來るは、
はやもほまれも歌ふらむ。」
御門カルヽはのたまひぬ。
「あはれ話をきゝ給へ、
岩のそばにてゆくりなく、
おのれは盾を拾ひ來ぬ。
玉はいづこと尋ねしも、
すでに剝がれて候ひき。」
ガリンはやがて答へけり。
其二十七
いと勇ましく立出し、
門出の夢はいつしかに、
さめてはかなきアルデネル、
森の木陰のうたゝねに、
名譽も玉も失ひて、
鎧の袖もいとゞ猶、
包みかねたるうき思ひ、
ミロンは首をかたむけつ、
物思はしげなる面もちに、
くもりがちなる眼さしは、
かなしき數をこむるらむ。
父にはかへてローランド、
いと笑ましげにほゝえみつ、
鋭き槍はひだり手に、
盾は右手にたづさえぬ。
其二十八
宮居に近く成りしとき、
御門カルヽはうれしげに、
ミロンの方を見給ひぬ。
はぢらふ父は後にして、
心をゝしきローランド、
盾にえりたるくさぐさの、
黃金の飾り剝き去りつ、
かくしの中にひそみたる、
寶をそれに代へければ、
妙なる玉はたちまちに、
朝日の光放ちけり。
其二十九
ミロンの盾にさやかなる、
玉のひかりをながめつゝ、
御門カルヽはうれしげに、
手をさしあげてのたまはく、
「あはれミロンあはれミロン、
ミロンのためにことほがむ、
槍に長けたるミロンこそ、
森の巨人とたゝかひて、
血汐の果のいさをしに、
寶を得たる猛夫なれ。
あはれミロンあはれミロン、
ミロンのためにことほがむ。
今日のいさをの名譽には、
なれこそやがてかしらなれ。」
其三十
まばゆき玉の面影に、
ミロンはいたくあやしみぬ。
「つばらに語れローランド、
いづこの誰にその玉を、
なにの緣に貰ひたる。
類まれなるその玉を、
いかなる人の携えし。」
「父君父君ゆるしませ、
今は語らむ神かけて、
君がうまいのそのひまに、
われは巨人をたふしたり。」
[やぶちゃん注:「携え」はママ。
以下、伊良子清白の注は底本では全体が本文で一字下げで、ポイントも小さい。]
本詩は獨乙詩人ヨハン、ルードゥイッヒ、ウーランドの作也。原詩 Roland Schildtrager といふ。氏最も滑稽に長じ、其詠ずるところ、多くは中古の勇士譚にあり。本詩も亦その一なり。予今や之を譯す、意を一篇の趣向にとりて、敢へて字句章段の上に及ぼさず。蓋し直譯的文字却て原詩の眞面目を失すれば也。譯詩多く拙劣の文字、一意の條をたまはば幸甚。
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