龍頭鷁首 清白(伊良子清白)
龍頭鷁首
天 の 河
戀の臺の夢語り
葡萄葉深く露深く
軒端を走る栗鼠の
早きを時に恨みけり
椽に亂るゝ四つの袖
ほのめき光る夕つゞは
雲紫の西の方
情の花を照らすかな
耻らふらしく繪團扇の
影にかくるゝ戀人よ
涼しき風に端居して
夢見る勿れ星の眸
繁りあひたる八重葎
蚊柱たゝぬ庭石に
昔の跡を尋ぬれば
逢瀨久しき愁かな
嵐をいたみ雨をわび
若き命を惜しむまに
君とわれとに橫へて
白く流るゝ天の河
蠟燭の火
暈をかぶれる蠟燭の
てらせる方にかたぶきて
眞白に咲ける山百合の
花の恐をさそふなり
巖の室なる壁のへに
のこりてともる火のために
血汐ぞ踴るいかなれば
かくまで弱きわれならん
迷の宮をさまざまに
つくりてくづす室の口
風に消えむの火の上に
あやしく惜しき思あり
火は消えにけりおどろきて
蘿閉せる巖を攀ぢ
みづからともす蠟燭の
美しき火を樂みぬ
[やぶちゃん注:明治三四(一九〇一)年九月五日発行の『文庫』(第十八巻第五号)掲載。署名は「清白」。
「龍頭鷁首」読みは「りようとうげきしゆ(りょうとうげきしゅ)・りゅうとうげきしゅ(りゆうとうげきしゆ)・りようとうげきす(りょうとうげきす)」。船首にそれぞれ、竜の頭と鷁(中国の想像上の水鳥。白い大形の鳥で風によく耐えて大空を飛ぶとされた。私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鷁(げき)〔?〕」を参照されたい)の首とを彫刻した二隻一対の船の呼称。中国由来であるが、本邦でも平安時代に貴族が池や泉水などに浮かべ、管弦の遊びなどをするのに好んで用いた。]