新涼三景 伊良子清白
新涼三景
都 市
秋が走るよ
町々を
をとこをんなの
秋の脚
舖道(ほだう)のしめり
暑うても
秋の日射しは
花やかに
深山の奧の
生栗(なまぐり)が
靑い八百屋で
ゑみ割れる
無花果(いちじゆく)、葡萄
秋の實(みの)り
人の稔(みの)りの
秋の裝ひ
時が流れる
なめらかに
銀器(ぎんき)の
手ざはり
夕冷えに
月の片割れ
一つは空に
のこる一つは
ふところに
涼しや涼しや
漁 村
とぶよ若鯔(わかいな)
火のやうに
走る秋雲
風や吹く
ただならぬ空の
けしきとて
船はみだるる
をちこちに
沖の朝日の
鈍(にび)いろよ
農 村
暑いとて、あついとて
畠(はた)のとうもろこし
毛があついとて
星のふる夜は
露もふる
露にぶたれて
玉蜀黍(とうもろこし)の
赤い毛並(けなみ)が
よれよれに
[やぶちゃん注:昭和五(一九三〇)年六月九日発行のアンソロジー「一九三〇年詩集」(詩人協会編アルス刊)に先の「ここは雲の路」及び後の「近代女性の顏」とともに掲載。「とうもろこし」のルビはママ。署名は「伊良子清白」。
「若鯔(わかいな)」出世魚として知られる条鰭綱ボラ目ボラ科ボラ属ボラ Mugil cephalus の比較的成長した若魚(通常成体の「ボラ」(体長五十センチメートル前後)の前段階)の呼称。地域によって多少異なるが、概ね十八センチメートルから三十センチメートルほどまでのものを指すことが多い。]
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