冬の水車場 すゞしろのや(伊良子清白)
冬の水車場
冬は來にけり水車場の
木立は枯れて霜柱
立つや宵々小狐の
來ては粉糠をぬすみ去る
苔むす杭に折かゝる
葦の枯葉に行く水の
水は朝に瘦せゆけど
からから車は廻りけり
廻れよ車汝が爲めに
主の身上も太らねば
米つく臼も太らねば
くるりくるりと廻れとぞ
藁屋の軒にうづくまる
里の小砂の山をつき
雀は低く下りなれて
小舍のひゞきに驚かず
古びし蜂の巢はあれど
恐れな子供病葉の
朽ちて重なる軒の梁
敵の甲は上にあり
いづれ土性、火性でも
水性でもなし畠に來て
麥蒔き了へし夕ぐれを
彼は聲なく歸るなり
鶴を放たばふさはしき
岸の並木の中にして
一本楡の木高きを
この小字の名にもせり
右せば里に出づるべく
左りは山と敎へたる
標の石の倒れしを
小舍の主は忘れたり
冬は來にけり倒れたる
石を忘るゝ冬は來て
今年も村にゆとりなく
橋はかゝらで暮るゝらん
[やぶちゃん注:明治三三(一九〇〇)年十二月十五日発行の『東海文學』(第一巻第二号)掲載。署名は「すゞしろのや」。]