山も見えぬに 伊良子清白
山も見えぬに
一
山も見えぬに
釣する人は
妻子(つまこ)まつ身の
かなしかろ
二
十里二十里
日の沖中で
賴む雲行(くもゆき)
潮のいろ
三
小(こ)べりすふ浪
さびしいか浪も
底は百尋(ひろ)
絲(いと)が泣く
[やぶちゃん注:昭和三(一九二八)年七月一日発行の『詩神』(第四巻第七号)に掲載。署名は「伊良子清白」。本詩篇は漢数字を除いて総ルビであるが、五月蠅いので、私が必要と思った部分のみのパラルビとした。伊良子清白、五十一歳。同号には「雁」(後の昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」に手を加えて収録。その際に「雁、雁」に改題)と「參宮船」(同作品集に収録。その際に題名を「參宮ぶね」に改題)の三篇の詩が載り、底本全集年譜のデータでは、実に大正一四(一九一五)年十一月の「海村二首」以来、実に三年二ヶ月振りの新詩篇発表である。底本全集年譜によれば、『五月十九日、東京会館での夜雨・清白誕辰五十年祝賀会に出席した。夜雨とともに酔茗宅に宿泊、三人が集う最後の機会となった。このころから翌年にかけて、ひそかに民謡俗謡を数多く詩作した』とある。]