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2019/06/01

春の月 すゞしろのや(伊良子清白)・河井酔茗・木船和郷・横瀬夜雨・塚原伏龍による合作

 

春 の 月

 

[やぶちゃん注:本篇は河井酔茗(既注通り、パブリック・ドメイン)・木船和郷(「さいたづま」参照。生没年の確認は出来なかった(「さいたづま」の冒頭添書きから伊良子清白とはほぼ同年代と推定される。可能性は低いと思われるが、彼が万一、パブリック・ドメインになっていなかった場合はこの詩篇を削除する。没年を御存じの方はお教え願えると幸いである)・横瀬夜雨・塚原伏龍(後の島木赤彦(明治九(一八七六)年~大正一五(一九二六)年:パブリック・ドメイン。伊良子清白より一つ年上。発表されたこの時、長野尋常師範学校を卒業し、翌四月より北安曇郡池田会染尋常高等小学校の訓導となった)五名との合作。合作の内容は不詳だが、五篇から成るので、それぞれどれかを主担当し、内容を全員で協議して手を入れたものか。よく判らぬ。「一」の「しつかなる」「たとりくる」「やすくそ」「かゝけては」「急く」(音数律から見て「せく」ではなく「いそく」(いそぐ)であろう)「誰か」(音数律から見て「たか」(誰(た)が)である)、「二」の「君か」「わか」「かつく」、「三」の「わか上」、「四」の「花かけ」「わか心」「むかしなからの」の「なかむれば」、「五」の「君か」「死なはや」「おほろ舟」(「朧舟」であろう)「こきてや」の清音は総てママ。明治三一(一八九八)年三月二十日発行の『文庫』掲載。署名は「すゞしろのや」。

 

   

 

松しつかなるいそ山へ、

汐のけふりの沖こめて、

いさりする火や村肝の、

心消え消えたとりくる。

 

聲こそなけれ世の岸に、

よせぬ隙なき浪の上を、

やすくそ渡る眞帆片帆、

誰か夢のせて島かげに。

 

長き裳裾のもつるゝを、

片手に高くかゝけては、

急くとばかり思へども、

胸押へてはたゆたひて。

眞砂の上によこたはる、

主なき舟のふなべりに、

現なき身をよせかけて、

何處をかける思ひそも。

 

あれあれ遠くなほ遠く、

朧のそらをかすめきて、

あを呼ぶ聲と聞ゆるは、

月にや松のさゝやける。

 

   

 

眺めよろしきこの浦に、

慰むかたやありなむと、

たらちのをやのま心を、

いなみ難くて宿れども。

 

君か在するあづま路の、

都のかたのこひしくて、

よひよひ每にてる月の、

くもり勝なるわか思ひ。

 

せめて海苔採る蜑の子の、

かつく少女に代りなば、

刈藻と髮はみだれても、

亂れさりしをこゝろ迄。

 

夫なる君にいとはれて、

去られしことも忘れねど、

こひの絆をたちかねて、

迷ひのみちに迷ひつゝ。

 

   

 

重ぬる夢のやすからで、

若きいのちの幸もなく、

かはく隙なきわが袖を、

しつかにはらふ春の風。

 

なさけも薄き世の人の、

語るもにくしわか上を、

君にはなれて吾こゝろ、

何れの岸につなぐべき。

 

かすみも匂ひ花も咲へ、

かの高どのゝ夕まぐれ、

仰きし影に行くくもも、

樂かりしかふたりして。

[やぶちゃん注:「咲へ」の読みは不詳。「わらへ」では音数律が如何にも悪いから違うので「ゑへ」だろうか。しかし、語としての発音はよくないし、無理がある気がする。識者の御教授を乞う。]

 

月よむかしの月ならば、

亂れてほそき玉の緖の、

今は絕えなむと斗りを、

せめて人に語れかし。

 

   

 

望みに生くる人の世に、

幸うすかりし少女子の、

ゆくて短き世のきしに、

過こし空をみかへれば。

 

月もすみだの夕じほに、

ひと夜うかべし二葉舟、

ふれし斗りの棹ならば、

さしても事はなかりしを。

 

おなじ流れのおなじ岸、

ともに廻りし花かけに、

人の情けのなどてかく、

身にしみそめしわか心。

 

花こそ咲かねいそ山の、

かすみにこもる月の色、

むかしなからの大空を、

くもる眼になかむれば。

 

   

 

君かあたりになびき寢て、

みだれしかみを姿見に、

うつしゝ頃の忘られで、

いまも淚のこふるゝに。

 

寢覺がちなる此夜らに、

たまたまさめて有明の、

淋しき影を泣かむより、

死なはやとこそ思はるれ。

 

葦間につなぐおほろ舟、

こきてや出む春の夜を、

はてなき海に流れても、

月は浪路に靜かなれば。

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