春の月 すゞしろのや(伊良子清白)・河井酔茗・木船和郷・横瀬夜雨・塚原伏龍による合作
春 の 月
[やぶちゃん注:本篇は河井酔茗(既注通り、パブリック・ドメイン)・木船和郷(「さいたづま」参照。生没年の確認は出来なかった(「さいたづま」の冒頭添書きから伊良子清白とはほぼ同年代と推定される。可能性は低いと思われるが、彼が万一、パブリック・ドメインになっていなかった場合はこの詩篇を削除する。没年を御存じの方はお教え願えると幸いである)・横瀬夜雨・塚原伏龍(後の島木赤彦(明治九(一八七六)年~大正一五(一九二六)年:パブリック・ドメイン。伊良子清白より一つ年上。発表されたこの時、長野尋常師範学校を卒業し、翌四月より北安曇郡池田会染尋常高等小学校の訓導となった)五名との合作。合作の内容は不詳だが、五篇から成るので、それぞれどれかを主担当し、内容を全員で協議して手を入れたものか。よく判らぬ。「一」の「しつかなる」「たとりくる」「やすくそ」「かゝけては」「急く」(音数律から見て「せく」ではなく「いそく」(いそぐ)であろう)「誰か」(音数律から見て「たか」(誰(た)が)である)、「二」の「君か」「わか」「かつく」、「三」の「わか上」、「四」の「花かけ」「わか心」「むかしなからの」の「なかむれば」、「五」の「君か」「死なはや」「おほろ舟」(「朧舟」であろう)「こきてや」の清音は総てママ。明治三一(一八九八)年三月二十日発行の『文庫』掲載。署名は「すゞしろのや」。]
一
松しつかなるいそ山へ、
汐のけふりの沖こめて、
いさりする火や村肝の、
心消え消えたとりくる。
聲こそなけれ世の岸に、
よせぬ隙なき浪の上を、
やすくそ渡る眞帆片帆、
誰か夢のせて島かげに。
長き裳裾のもつるゝを、
片手に高くかゝけては、
急くとばかり思へども、
胸押へてはたゆたひて。
眞砂の上によこたはる、
主なき舟のふなべりに、
現なき身をよせかけて、
何處をかける思ひそも。
あれあれ遠くなほ遠く、
朧のそらをかすめきて、
あを呼ぶ聲と聞ゆるは、
月にや松のさゝやける。
二
眺めよろしきこの浦に、
慰むかたやありなむと、
たらちのをやのま心を、
いなみ難くて宿れども。
君か在するあづま路の、
都のかたのこひしくて、
よひよひ每にてる月の、
くもり勝なるわか思ひ。
せめて海苔採る蜑の子の、
かつく少女に代りなば、
刈藻と髮はみだれても、
亂れさりしをこゝろ迄。
夫なる君にいとはれて、
去られしことも忘れねど、
こひの絆をたちかねて、
迷ひのみちに迷ひつゝ。
三
重ぬる夢のやすからで、
若きいのちの幸もなく、
かはく隙なきわが袖を、
しつかにはらふ春の風。
なさけも薄き世の人の、
語るもにくしわか上を、
君にはなれて吾こゝろ、
何れの岸につなぐべき。
かすみも匂ひ花も咲へ、
かの高どのゝ夕まぐれ、
仰きし影に行くくもも、
樂かりしかふたりして。
[やぶちゃん注:「咲へ」の読みは不詳。「わらへ」では音数律が如何にも悪いから違うので「ゑへ」だろうか。しかし、語としての発音はよくないし、無理がある気がする。識者の御教授を乞う。]
月よむかしの月ならば、
亂れてほそき玉の緖の、
今は絕えなむと斗りを、
せめて人に語れかし。
四
望みに生くる人の世に、
幸うすかりし少女子の、
ゆくて短き世のきしに、
過こし空をみかへれば。
月もすみだの夕じほに、
ひと夜うかべし二葉舟、
ふれし斗りの棹ならば、
さしても事はなかりしを。
おなじ流れのおなじ岸、
ともに廻りし花かけに、
人の情けのなどてかく、
身にしみそめしわか心。
花こそ咲かねいそ山の、
かすみにこもる月の色、
むかしなからの大空を、
くもる眼になかむれば。
五
君かあたりになびき寢て、
みだれしかみを姿見に、
うつしゝ頃の忘られで、
いまも淚のこふるゝに。
寢覺がちなる此夜らに、
たまたまさめて有明の、
淋しき影を泣かむより、
死なはやとこそ思はるれ。
葦間につなぐおほろ舟、
こきてや出む春の夜を、
はてなき海に流れても、
月は浪路に靜かなれば。