冨士椿 すゞしろのや(伊良子清白)
冨 士 椿
(旅にて)
一ゆりゆれて南に
くづるゝ山や足柄の
果にあたりて箱根山
春の霞に歷史あり
はたけはたけの燒岩の
蛇紋の渦や麥五寸
それよ嶮はしき坂路に
つかれて下る廣野原
椿まづしき赤鳥居
鳩は噴火の夢をよぶ
葉がくれ落つる花の名に
强て名づくる富士つばき
市女小笠のま深にて
海道百里の花さかり
恩賜の琵琶を抱き行く
落人あらばふさはしき
[やぶちゃん注:明治三四(一九〇一)年四月十五日発行の『東海文學』(第一巻第四号)掲載。署名は「すゞしろのや」。底本全集著作年表では伊良子清白が「すゞしろのや」と署名する最後の作品である(次の「朝みだれ」は単に「すゞ」)。]