野菊 (清白(伊良子清白)によるウーラントの訳詩) / 伊良子清白詩篇全電子化注~完遂
野 菊
さゝなきしては
さゝなきしては鶯の
空音つくるぞきこえける
あざむくなかれ鶯よ
まことの歌をうたへかし
しげみの奧は暗くとも
いかに空音はたくむとも
春の鶯聲あげて
何戀ならぬ歌やある
秋風白く
秋風白くあかあかと
夕日傾く波の上
悲むなかれ海士の子よ
かれの沈むはうみならず
なれらの胸に日は入りて
なれらの胸を日は昇る
晝は炎をあげよかし
夜は靜かに眠れかし
少女の死を悼みて
何を悲む百合の花
なにをはぢらふ花さうび
なにを怖るゝ蓮のはな
夏の夕をただ一人
少女は行きぬうらぶれて
打かたぶける百合の花
紅なせる花さうび
色靑ざめし蓮の花
戰(ふる)ひつ泣きつ悲しみつ
夏の夕を語るなり
墓場をいでゝ
墓場をいでて少女子は
盆(ぼに)の踊にまじりけり
白き衣を身にまとひ
萎(しを)れし花を手にもちて
踊の群は散りにけり
月靑白く秋の夜を
死にし少女ぞ踊るなる
むかしのうたをうたひつつ
月靑白く秋の夜を
萎れし花ぞ靡(なび)くなる
萎れし花も落ち散りて
少女は死ににけり (Uhland のうたのこゝろを)
[やぶちゃん注:明治三六(一九〇三)年十二月十五日発行の『文庫』(第二十四巻第五号)に掲載されたものを完全復元した。署名は「清白」。「少女の死を悼みて」・「墓場をいでて」は後の昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」で二篇をそれぞれ独立させて載せている。なお、「盆(ぼに)」は誤りではなく、平安時代、「ぼん」の「ん」の字の使用が一般的に普及していない頃、「に」と表記したもので、盆或いはその折りの供物を指す語として普通に使われているものである。添え辞の「Uhland のうたのこゝろを」というのは、翻案というのではなく、ドイツ語の力を謙遜しての伊良子清白の謂いと採りたい。ドイツ語は解せないので、原詩は指示出来ない。
清白、満二十六歳、この年は彼にとって波乱の年であった。「春の歌」の私の注を見られたい。
これを以って二〇〇三年岩波書店刊「伊良子清白全集」第一巻の詩篇パートのオリジナル電子化注を完遂した。]
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