神田玄泉「日東魚譜」 海馬 (タツノオトシゴ)
リウグウノウマ
タツノオコトシロ
[やぶちゃん注:画像は底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここ(標題のみ前頁にある)からトリミングし、補正を加えた。以上、本文上部の頭書。「ロ」は画像の通り、ママ。]
サクナギ シヤクナギ
カイバ
[やぶちゃん注:以上、下部図版の右と左のキャプション。]
海馬【拾遺】
釋名水馬【抱朴子】佐久奈
岐【和名】名義未詳又呼
海馬也藏器曰海馬
出南海形如馬長五
六寸鰕類也【拾遺】宗奭
曰首如馬其身如鰕
其背傴僂有竹節紋
二三寸雌者黃雄者
青色氣味甘平無毒
主治難産帶之於身
甚驗臨時燒末飲服
幷手握之卽易産【拾遺】
南州異物志云海馬
有大小如守宮其色
黃褐婦人難產割裂
而出者手持此蟲卽
如羊之易産也時珍
曰暖水臟壯陽道消
瘕塊治疔瘡腫毒【綱目】
○やぶちゃんの書き下し文
海馬【「拾遺」】
釋名水馬【「抱朴子」】。佐久奈岐(〔さ〕くなぎ)【和名。】。名義、未だ詳らかならず。又、海馬と呼ぶなり。藏器曰く、「海馬、南海に出づ。形、馬のごとく、長さ五、六寸。鰕の類なり」【「拾遺」】〔と〕。宗奭〔(そうせき)〕曰く、「首は馬のごとく、其の身、鰕のごとく、其の背、傴-僂〔(まが)〕りて竹節〔の〕紋、有り。二、三寸。雌なる者(〔も〕の)、黃、雄なる者(〔も〕の)、青色」〔と〕。
氣味甘、平。無毒。
主治難産に之れを身に帶ぶれば、甚だ驗あり。時に臨みて、燒末〔にして〕飲服す。幷びに手に之れを握れば、卽ち、産、易し」【「拾遺」】。「南州異物志」に云はく、「海馬、大小有り。守宮〔(やもり)〕のごとく、其の色、黃褐。婦人、產、割裂して出で難き者の手に此の蟲を持〔たせ〕ば、卽ち、羊の易きがごとし〔→く〕産〔み〕しなり」〔と〕。時珍曰はく、「水臟を暖め、陽道を壯し、瘕塊〔(かくわい)〕を消し、疔瘡腫毒を治す」【「綱目」】〔と〕。
[やぶちゃん注:ブログで枠文字表記が出来なくなったので、太字で示した。トゲウオ目ヨウジウオ亜目ヨウジウオ科タツノオトシゴ亜科タツノオトシゴ属 Hippocampus。本邦産は、
タツノオトシゴ Hippocampus coronatus(北海道南部以南の日本近海・朝鮮半島南部に分布する代表種。全長八センチメートル内外。形態・色彩とも個体変異に富むが、胴の部分は側扁し、尾は長く物に巻きつけるようになっている。頭部は胴部にほぼ直角に曲り、馬の頭部を思わせる形状を成す。後頭部にある頂冠は高い。♂の腹部に育児嚢があり、♀はこの中に産卵し、卵は育児嚢の中で孵化し、親と同じような形にまで成長して後、外へ出る。この時の♂の出産の様子はすこぶる苦痛を思わせる様態を成す。海藻の多い沿岸や内湾に棲息する。私も富山の雨晴海岸で銛突き中に見かけことがある)
ハナタツ Hippocampus sindonis(南日本・朝鮮半島南部)
イバラタツ Hippocampus histrix(伊豆半島以南。インド太平洋熱帯域に広く分布)
サンゴタツ Hippocampus japonicus(北海道南部から九州・中国及びベトナム沿岸)
タカクラタツ Hippocampus takakurai(南日本。インド太平洋に広く分布)
オオウミウマ Hippocampus keloggi(伊豆半島以南。インド太平洋熱帯域に広く分布し、全長三十センチメートルにも達する大型種)
クロウミウマ Hippocampus kuda(南日本。オオウミウマと同じくインド太平洋熱帯域に広く分布し、全長もやはり三十センチメートルに達する大型種)
の七種とされるが、近年、
ピグミーシーホース Hippocampus bargabanti(pygmy seahorse。本来の分布は西太平洋熱帯域とされ、二センチメートルほどしかない小型種)
が小笠原や沖縄で確認されて、通称「ジャパニーズピグミーシーホース」なる未確認種もあるらしい。しかし、英文ウィキの「Hippocampus bargibanti」では、当該種の分布域として日本南部を明記するので、これも既にして本邦産種としてよい(但し、個人的には「ピグミー」に纏わってしまった差別的認識から考えた時、和名は別なものを正式に附けた方がよいと私は思う)。
「拾遺」唐の陳蔵器撰になる本草書「本草拾遺」(七三九年成立)。原本は散佚。但し、本記載は総て明の李時珍の「本草綱目」からの抄出孫引き。
「抱朴子」晋の道士葛洪(かっこう)著。百六編とされるが、現存しているもは全七十二編。三一七年成立。葛洪は「道教は本、儒教は末」という儒・道二教併用の思想の基づいて,内編では仙人の実在・仙薬製造法・道士の修道法・道教の教理などを論じて道教の教義を組織化したものとされ、外編は翻って儒教の立場からの世事・人事に関する評論となっている。
「佐久奈岐(〔さ〕くなぎ)【和名。】」この和名は不審。思うに、これはやはり奇体な形状を成すシャコ(節足動物門甲殻亜門軟甲綱トゲエビ亜綱口脚目シャコ上科シャコ科シャコ属シャコ Oratosquilla oratoria)の古称異名の一つである「しやくなげ」と混同したものではあるまいか? 既に『神田玄泉「日東魚譜」 鰕姑(シャコ)』で示した通り、人見必大の「本朝食鑑」では「石楠花鰕(しゃくなげえび)」でしゃこを項立ており、『色、石楠花のごとし。故に海西、俗に石楠花鰕(しやくなげえび)と名づく。是れも亦、石楠の略号であろうか』と述べている。実は神田はその「鰕姑」の本文で「志夜姑(シヤコ)〔和名。〕。鰕姑の誤稱なり」と断じていることから、これを恣意的にここに当ててしまっている可能性があるように思われる。だからこそ「名義、未だ詳らかならず」と言わざるを得なくなったのではなかったか? 因みに、現小学館「日本国語大辞典」では「さくなぎ」は鳥の鴫(チドリ目チドリ亜目シギ科 Scolopacidae)の一種に当てられた古名か、とする。実は私は「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鷸(しぎ)」でこれをシギ科ダイシャクシギ(大杓鷸)属 Numenius のダイシャクシギ類に比定している。そこの注で私は以下のように述べた。
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「大杓」はダイシャクシギ Numenius arquata(サイト「馬見丘陵公園の野鳥」の同種のページを参照)、「小き者」「加祢久伊〔(かねくい)〕」はコシャクシギNumenius minutus である(「加祢久伊〔(かねくい)〕」の異名の意は不詳)。サイト「馬見丘陵公園の野鳥」の同種のページを参照されたいが、そこに、『奈良時代から種類を区別せず』、シギ類は一括して『「シギ」の名で知られていたが、平安時代からシャクシギ類を総じて「サクナギ」、室町時代から「シャクナギ」と呼ぶ。江戸時代前期になって他のシャクシギと区別して「コシャク」「コシャクシギ」と呼ばれた。異名』に『「カネクイ」』があるとある。因みに、サイト「馬見丘陵公園の野鳥」によれば、ダイシャクシギ属には、しっかり、チュウシャクシギNumenius phaeopus という種もおり(同サイトの同種のページはここ)、他にホウロクシギ(焙烙鷸)Numenius madagascariensis という種もいるとある。しかも同サイトのホウロクシギのページによれば、『ダイシャクシギと似ているので』、『古くから一緒にして「ダイシャクシギ」と呼ばれていたと思われ、江戸時代後期に区別して「ホウロクシギ」と呼ばれるようになった』とあるから、ここに挙げておく必要がある。なお、この種の和名は『腹部の灰黄褐色の色彩が焙烙(素焼きの土鍋)に似る』ことによる、とある。
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「宗奭〔(そうせき)〕」北宋の医官で本草(薬物)学者の寇(こう)宗奭。「本草演義」の著者として知られ、ここもそこからの引用か。
「傴-僂〔(まが)〕りて」「傴僂」(音「クル」)は、背をかがめること。差別用語としての「せむし」の意もあるが、ここは本来の意味でよいであろう。
竹節〔の〕紋、有り。二、三寸。雌なる者(〔も〕の)、黃、雄なる者(〔も〕の)、青色」〔と〕。
氣味甘、平。無毒。
「南州異物志」三国時代の呉の萬震の撰になる南方地誌。
「守宮〔(やもり)〕」爬虫綱有鱗目トカゲ亜目ヤモリ下目ヤモリ科 Gekkonidae のヤモリ類。
「羊の易きがごとし〔→く〕」羊の出産は中国ではそのように認識されていたらしい。
「水臟」五行の水気に属する臓器の謂いであろう。「腎」や「膀胱」か。
「陽道」陽気。
「瘕塊〔(かくわい)〕」腹部内に生ずる腫瘤。
「疔瘡腫毒」蜂窩織炎等を伴った劇症性の皮膚の腫瘍。面疔(めんちょう)等。]