燈火の花 伊良子清白
燈火の花
夕間暮いぶせき晝の
はてに咲く燈火(ともしび)の花
一つ立ち二つ雙(なら)び
千々にまた遠く連り
香も細く波漂はせ
闇の海根(うみね)をこそ絕ゆれ
沈みつゝ浮きつゝはるに
その花の花瓣(はなびら)ゆらぐ
夜(よる)の神(かみ)快樂(けらく)の家(いへ)に
摘みためぬ色美(いろよ)き花を
いぶきしぬ圓(まど)かに闇を
花の露外(と)にしたゝるか
また咲きぬ淚の家に
低首(うなだ)れて色褪せし花
ほのぼのと花片(はなびら)けぶる
その花のわなゝく每(ごと)に
蒼ざめし死の息(いき)通ひ
すさみ行く望(のぞみ)の光
惡の家(いへ)花(はな)穢(え)に咲きぬ
黑鈍(くろにび)のめぐりを纏(まと)ひ
蝕(むしば)みにひそめる花は
執(しふ)の色あくどくにほひ
蛇の髮(かみ)漂ふ莖(くき)を
力(ちから)にて廣(ひろ)ごり浮きぬ
かくて闇(やみ)波(なみ)いと高し
なべて花(はな)底(そこ)ひにかくる
濕(しめ)らへる曉(あかつき)の風
冷やかに香りを誘ふ
花消えて人(ひと)醒めはてぬ
求めつゝ垣根を繞(めぐ)る
[やぶちゃん注:明治四〇(一九〇七)年四月一日発行の『女子文壇』(第三巻第五号)に掲載。署名は「伊良子清白」。本篇は特異的に総ルビ(これは高い飼率で当該雑誌の編集方針であろう)であるが、五月蠅いので、私が恣意的にパラルビとした。]