魚屋の金八さんは 伊良子清白
魚屋の金八さんは
魚屋(なや)の金八さんは
入札場(ふだば)の鍾馗
いつも高札
一とにらみ
魚屋(なや)の金八さんは
三年に片頰
船で神鳴り
稻光り
魚屋(なや)の金八さんは
敲けば鳴らう
意地じや負けまい
情(なさけ)で折れる
魚屋(なや)の金八さんの
商賣(あきなひ)は
伊勢は一圓
雜喉場(ざこば)の浪華(なには)
鯛の千疋
いつもうごかす
[やぶちゃん注:昭和七(一九三二)年十一月三十日刊の『新日本民謠年刊』(第一)に掲載されているが、底本全集の「作品年表」では初出はそれ以前の『新日本民謠』かとする。署名は「伊良子清白」。
「魚屋(なや)」「さかなや」であるが、その音の略ではなく、原義は「納屋」で、室町時代に海産物を保存するために海岸に設けられた納屋に基づくものである。
「入札場(ふだば)」漁港の競り場。
「鍾馗」中国の民間信仰の魔除けの神。俗説では、唐の玄宗が病中に鍾馗が悪鬼を退治する夢を見、鍾馗の図を呉道子に描かせたことから始まるという。本来は大みそかに鍾馗の図を貼って悪霊を祓ったが、その後、端午の行事に吸収され、本邦にもそれで伝わった。容貌魁偉にして黒髭で、右手に剣を握る。
「三年に片頰」「みとせにかたほ」と訓じておく。「三年に片頰」で「滅多に笑わない」の意。慣用句「男は三年(さんねん)に片頰(かたほお)」で「男は何時も笑っていると威厳が損なわれるから、滅多に笑わぬ方がよい」という意味で用いる。
「雜喉場(ざこば)」広義には小魚(雑魚)を始めとする大衆魚を扱う魚市場を言い、「雑魚場」などとも表記されるが(但し、「雑魚」は当て字で、「喉」は魚を数える数詞という。ただ、「うじゃうじゃといる小さな物」という意味の「じゃこ」が語源であって「雑喉」も当て字とする説もある)、ここは狭義のそれで昭和六(一九三一)年まで大阪府大阪市西区の旧靱(うつぼ)地区の西部(この中央附近。グーグル・マップ・データ)にあった「雑喉場魚市場」を指す。慶安・承応(一六四八年~一六五五年)の頃にかけてここに開かれた古い魚市場で、遠近から魚介類が集積し、天満(てんま)の青物市場とともにその名をうたわれた(以上は所持する一九八四年講談社学術文庫刊の牧村史陽編「大阪ことば事典」に拠った)。]