靈泉 すゞしろのや(伊良子清白)
靈 泉
河上よどむ岩が根の
水に浸りて山芹の
白き根にこそ氷りたれ
まだ雪ふらぬ岨の松
鳥の落羽と松の葉と
まじりてたまる河の隈
山の奧にもあたゝかき
玉の泉の湧きいづる
箭に傷きし山鳩も
ぬらさば癒えむ靈泉の
わくとも知らで山賤の
妹脊は冬を迎へけり
小さき泉のおとなれば
松の風にやまぎれけむ
やがてうまれんうましごの
幸をのみこそ祈りけれ
のぼる朝日を身にうけて
女の兒は山にうまれけり
產湯くまむとおりくれば
氷りて白き谷の水
まつの木陰におとありて
ほそきけぶりはあがりたり
くしき泉の巖村や
湯の香ぞ深き冬霞
髮を洗へば髮のいろ
面に灌げばおものはえ
玉の泉淨めたる
そのこは光はなちけり
山路のすゑにさまよひて
冬をさびしととくなかれ
泉と人のゑにしには
美しきこのうまれたり
[やぶちゃん注:ここより底本の明治三四(一九〇一)年パート。明治三四(一九〇一)年一月一日発行の『新潮』(第二年第一号)掲載。署名は「すゞしろのや」。この年で伊良子清白満二十四歳。一月、日本赤十字社病院を辞し、横浜海港検疫所検疫医員と横浜慈恵病院勤務を兼ねた生活が九月まで続いた。十月から十二月まで、北里伝染病研究所に於いて細菌学の講義を受講している。]
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