か も め 伊良子清白
か も め
●、●、●、●、●、…………
力のない、單獨な、ポイントの浮泳、
裏向ひのお孃さんは、朝から琴を彈じてゐる。
こてこて塗てゐるが、
極く初心な 無垢な 田舍娘だ。
放心したやうな琴の響が
二階の窓から落花する。
年は暮れる、
海は靜かだ、空は晴れてゐる。
ポツン、ポツン、ポツン……
生白い琴の音の彈道が
馥郁と雨(ふ)る……
私(わたし)は撫でた。
新春の姿をした鷗が、私の膝の下を飛ぶのを。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年二月二十五日『廣野』(書誌不詳)に次の「海上雲遠」とともに掲載。署名は「伊良子清白」。「塗て」はママ。「ぬつて」であろう。伊良子清白、満五十九。前の昭和十年には詩篇の発表はない。その昭和十年七月二十三日、父政治が享年八十で逝去している。この昭和十一年にはこの年に創刊された歌誌『志支浪(しきなみ)』の特別同人となっている。個人的には、この一篇、好きだ。]