種子 伊良子清白
種 子
初冬の
晴れたる緣に
夕顏の種子(たね)を干し
厚き紙に包み
机の抽斗(ひきだし)に深く藏めぬ
落葉して
冬の眠に入る
木々と共に
夕顏の種子は
生きてあり
春
大地柔らぎて
夕顏の播かるる日
一粒の種子は
夢よりさめて
靜かに
眼(まなこ)開かん
また
稚子の齒ににたる
うす白(じろ)き
夕顏の種子を
掌(たなぞこ)にのせ
動かせば
つぶやく音して
寄りあひぬ
また
深山幽谷に
落ちる木の實が
岩の上で
ころがるやうに
わたしのてのひらに
夕顏のたねは
あそんでゐる
[やぶちゃん注:昭和一六(一九四一)年一月一日発行の『女性時代』(第十二年第一号)。署名は「伊良子清白」。伊良子清白、当年満六十四。同年十二月八日、太平洋戦争勃発。]
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