薔薇の毒 すゞしろのや(伊良子清白)
薔薇の毒
美の神々のみ手よりそ
こぼれおちたる白露の
凝りて成りたるをとめゆゑ
そのこのはだはきよくして
かりの疵さへあらざりき
一日うらゝに空はれて
やわらかにふく春の風
小草ふみわけをとめごは
うばら匂へる野の奧の
花の園生にきたりけり
千本の花の園生には
あかきのみこそさきにけれ
あかきうばらは野の風も
やへのかすみもおくつゆも
みなくれなゐにそめにけり
にほへる花の一枝を
をらんとすればあやにくの
刺はするどくをとめごの
たまの小指をきづつけて
血汐はきぬにしたゝりぬ
うまれてしより人の身の
血を見しことのあらざれば
またくうばらのくれないの
毒にそまりてあしざまに
指はいたむとおもひけり
年へてをとめうつぐしき
國のクヰーンとなりけるが
はじめておきし掟には
あかきうばらはとこしへに
うゝるなかれとかゝれけり
[やぶちゃん注:明治三四(一九〇一)年二月十二日発行の『東海文學』(第一巻第三号)掲載。署名は「すゞしろのや」。
「美の神々のみ手よりそ」の「そ」、「年へてをとめうつぐしき」の「ぐ」はママ。]

