ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 10 エピソード2 シューラ(Ⅳ) 再会
[やぶちゃん注:前の最後のシークエンスをダブらせておく。]
□122 ウズロヴァヤ駅構内1
(前の「121」の画像からオーバー・ラップで)右手に線路、中央に大きな水溜り。右から(既に映っている)アリョーシャが走って横切ると(カメラ、左にパン)、左に停車した貨物(機関車は接続していない五連車両)があり、それはあのアリョーシャが乗っていた貨物車の一部に酷似してはいる。
画面左手前に、銃剣附きの小銃を構えた兵士がおり、アリョーシャを咎め、
兵士「近寄るんじゃない!」
と制止する。
アリョーシャ、立ち止まって彼の方を振り向くと、
アリョーシャ「あの列車に乗っていたものです!」
と叫ぶ。
兵士「その列車は何処行きだった!?」
アリョーシャ「ゲオルギエフスクです!」
兵士は小銃を右肩に背負い、
兵士「その列車は、もう、一時間も前に、出たよ。」
と伝える。
アリョーシャ、水溜りに立ち尽くして、一瞬、固まる。
アリョーシャ、線路の先(奥)を眺めると、
――飯盒の水を
――水溜りに
「さっ!」と撒き、来た右方向に足取り重く戻って行く…………(音楽、止む)
――遠くで汽笛が鳴る
□123 ウズロヴァヤ駅構内1(以下、1ショット1カット)
あおりの逆光の全景。当時としては比較的珍しいであろう線路の上を渡してある、かなりの幅のあるしっかりした陸橋が画面の上部を、右上部から左中ほどまで区切っている。他にそこの中央から右手奥に下る二箇所のテラスを挟んだ昇降階段があり、降りた辺りには建物と樹木のシルエットが見え、陸橋のすぐ向こうの中央中景位置には給水塔か何か(頭部が見えない)のがっしりとした鉄骨で組まれた四足鉄塔が組まれてある。その左の遙か奥には茂みから突き出る電波塔が霞んで見える。
その電波塔の手前部分に前の「122」の構内部分から上ってきたアリョーシャの、空の飯盒を右手にぶら下げたシルエットが見え、そのずっと向うを機関車が左から右に過ぎる。
が、そこに手前左からバックで巨大な蒸気機関車がインして、遮られる。
目いっぱい入ったところで、陸橋の上の右端からスカートのシルエットの女が歩いてくるのが一瞬見えるのであるが、後退しきって右にインした蒸気機関車の煙突の煙でその姿は完全に見えなくなる。
絶望し、意気消沈し、すっかり疲れ切ったアリョーシャ。そのずっと向うをまた、機関車が今度は右から左に過ぎる。
アリョーシャ、手前の、さっきの後退した機関車が消えた線路上に辿り着く。
この時、右上部の煙が薄らぎ、陸橋の右上が澄んでくる。
そこに何かを持って、かなり両脚を広げて力強く立つ女のシルエット!
アリョーシャ、茫然と立ち尽くしたまま、線路の左右の彼方を眺める風。無論、頭上の人影に気づいていない。(ここまでは車両の軋り音や蒸気の機関音のみである)
シルエットの女、右手で大きく虚空に円を書くように振りながら(呼びかけに合わせて二度)、
シューラ「アリョーシャ!! アリョーシャ!!!」
アリョーシャ、振り仰ぐ!
アリョーシャ「シューラ!!」
アリョーシャ、中央の階段の方へと脱兎の如く走り出す。(と、同時に標題音楽!)
[やぶちゃん注:この陸橋上のシューラのシルエットが見えている時間は凡そ三秒間である。但し、小学生の私でもこれは、見えた。逆光で撮っているために空の強い明るさと、煙で区切られた右端のその小さな空間が、却って観客の目にとまるように計算しつくされてあるシークエンスなのである。私は再会のシークエンスの構図として、映画史に残る名カットと思っている。]
□124 陸橋の階段(上の方の第一テラスの右手から撮る)
しっかりとプラトークをしたシューラ、右手にアリョーシャと自分のコート、左手にアリョーシャの雑嚢を持って、小走りに降りてくる。
アリョーシャ、左からインして、二人向き合う。(ここで音楽、とまる)シューラの美しい笑顔!
アリョーシャ「シューラ! いたんだね!!」
シューラ「こ、これ……あなたのバック……」
と、雜嚢を差し出す。しかし、アリョーシャは逢えたことに感激して、それを受け取ることもせず……
アリョーシャ「驚いた!! また遇えるなんて!!」
□125 陸橋の階段(上の方の第一テラスの奥から撮る)
右手でシューラの左二の腕を優しく押さえながら、体を回させ、右端にアリョーシャ、中央にシューラ。背後に空と煙。下方にぼんやりとかなりの町並みが見える。
アリョーシャ「わたしのせいで乗り遅れたんだもの。」
[やぶちゃん注:シューラの「喉が渇いた」という懇請したことを指す。それは、でも、シューラが本当に言いたかったことを――それで誤魔化した――という点に於いてこそ実は真に「わたしのせい」という――心の〈咎(とが)〉――ででもあったのである。]
アリョーシャ「僕は、もう、逢えないかと!……」
シューラ「あなたを、待ってて、よかった!……」
シューラ、感極まった感じで目を落とすが、アリョーシャの右手の飯盒を見て、「さっ!」としゃがみ込み、飯盒を横向きにして空なのを見、アリョーシャを仰いで、
シューラ(歯を見せて微笑みながら)「わたし、喉が渇いたままよ。……」
アリョーシャ、しゃがんで、シューラにおでこをつけそうになるまで近づくが、シューラは二人のコートを抱えている。アリョーシャ、両手でシューラの両手をとって、
アリョーシャ(同じく歯を見せて笑いながら)「じゃあ! 水を探そう!!」
シューラ「私も……もう、逢えないかと……」
アリョーシャ、愛おしく、右手でシューラの頭をさする。
アリョーシャ、手を離し、シューラを見つめたまま、
アリョーシャ(笑って)「なんて素敵なんだ!」
と言って、やっと彼女の持った自分の雜嚢と二人分のコートも受け持とうとする。
アリョーシャ(笑って)「水を見つけに行こう!」
と二人、同時に立ち上り、コートを二人で間に抱え下げて、陸橋の階段を走り降りて行く。
□125 ウズロヴァヤ駅近く
空爆で破壊された民家の庭、或いは、駅舎附近の元公園といった感じの全景。奥に垣根(栅)があり(右奥には木々の茂みがあり、中央おくには塔状の建物、左奥にもまばらな木々が見える)、左手前に損壊した建物の残骸、中央に大きな水溜り、その向うに(栅の内側)蛇口から水の流れ出たままになっている水道がしっかりと残っている。
[やぶちゃん注:但し、これら全景は実は恐らくスタジオ内に作られた完全セットによる撮影と思われる。]
右手奥から、二人がやってきて、左手中景の柵の壊れ目から、こちら側に入る。
アリョーシャが先に入って、二人のコートを栅の根もとにぽんぽんと抛り投げる。
アリョーシャ、まず、飯盒に水を汲む。
しかし、シューラは、それを押しのけて、蛇口の下の、迸る水流に直かに口をつけて飲むのが見える。
□126 水を飲むシューラのアップ
水の流れ落ちはかなりの水量である。口で受けようとして顏の下は水浸しとなり、さらに頑張ろうとして目の辺りにまで水滴が掛かり、シューラは顔を左右に振って目を大きく見開いて、悪戯っぽくアリョーシャを見上げる。少女の美しさ!
[やぶちゃん注:水を飲む少女を撮った映画の中で、私はこのシーンを最も美しいそれに薦すことに躊躇しない。]
□127 アリョーシャのアップ(背後にボケた木の繁み)
アリョーシャ、それを見て笑う。
□128 水道近くで栅の内側の緩い斜面(「127」とオーバー・ラップで繋げる)
シューラ、白い(モノクロームなので白にしか見えない)プラトークを解いてはずして、長い美しい髪を「ぱっ」と振りさばく。
[やぶちゃん注:ここには実は大きなミスがある。シューラが髪を振りさばいた際、彼女髪は明らかに編まれていない長いままなのであるのに、次の次の「130」のシークエンスでは髪は三つ編みにされてあって、いつものように左肩から前に垂れているからである。これはかなり痛い誤りで(記録係のそれが主に重い)、明らかに撮り直すべきものである。]
□129 水道
それを見て笑みを浮かべていたアリョーシャ(ここでは帽子を既にとっている)が水道に向かう。水道の柱の頭に帽子を置くと、手を洗う。洗いながら、シューラが気になって、振り向き、彼女を眺めて、笑う。
□130 斜面のピクニック
二人のコートをピクニックのシート代わりとし、シューラ(左手)、かいがいしく、自分でアリョーシャの雜嚢を開けて、前に食べたものと同じ乾燥携帯品のベーコンを布から取り出し、その小さな布をテーブル・ナプキンとして、ベーコンを置き、雑嚢からナイフ(刃は折って柄に収納するタイプ)と黒パン(これは確かにライムギパンである)を出して置く。
ところが、「他に何かあるかしら?」といった軽い感じで、また、雑嚢の中を覗き、手に触れたものを反射的に取り出す。
それは、プラトーク(全体の色は暗い紺か黒か。しかし美しい模様の刺繡が成されてある。無論、僕たちは知っている。「ワーシャの物語(Ⅰ)」の冒頭で中継ぎ駅の俄か市場で母の土産としてかったそれである)。しかし、彼女はそれを知らない。シューラ、
――はっ!
として、右手から戻ってこようとするアリョーシャにそれを見たことが知れぬよう、慌てて雑嚢にそれを戻す。
アリョーシャ、右手前でインして、左手に座り、使ったタオルをシューラに渡す。
シューラ、穏やかでないのを懸命に抑え、普通を装って、タオルを綺麗に折りたたむ。
アリョーシャ、如何にも楽しそう。まるで、恋人同士の〈路傍のピクニック〉のようだ。
シューラ(タオルを折りたたみながら、少し淋しそうに)「……あなたは……家まで、あと少しね……」
アリョーシャ「君もね。」
シューラ、軽く一人で頷きながら、淋しげに、アリョーシャから目をそらしている。
アリョーシャ(ちょっと淋しげにでも、シューラを元気づけようと)「シューラ、大丈夫さ! 彼は元気だよ!」
□131 シューラのバスト・ショット
シューラ、淋しい顔をアリョーシャに向け、笑みを浮かべながら、
シューラ「……アリョーシャ……あなたみたいな人、私、初めてよ……」
[やぶちゃん注:このピクニック・シーンの場所自体はそれほどの斜面ではないのだが、左背後の木の柵が外側(左側)へ有意に傾いているために、画面が実際以上に傾(かし)いで見える。これはシューラの今の複雑な感情をこの傾斜で示していることは言を俟たない。大道具の配置の、絶妙な勝利である。]
□132 斜面(二人)
シューラ、黒パンを手ずから、ナイフで切っている。切りながら、
シューラ「アリョーシャ……このプラトーク……誰のため?……」
アリョーシャ、左手奥(シューラから見て右手)に左肘をついて、横向きになると、
アリョーシャ「母さんにさ。」
シューラ、
――ぴくん!
と小さく驚き、パンを切るのをやめて、アリョーシャの方に向き直り、
シューラ(如何にも嬉しそうに)「ほんと?!」
アリョーシャ「どうしたんだい?」
シューラ「じゃあ、石鹸も?」
アリョーシャ「石鹸?」
シューラ「嚢の中の石鹸よ!」
□133 シューラの左背後をなめてアリョーシャ
アリョーシャ、目が左に流れて、
――はっ!
と真剣な顔になって、思い出す!
――間
アリョーシャ「忘れてた!」
シューラ「何?」
アリョーシャ「すぐ行かなきゃ!!」
アリョーシャ、慌ただしく片付け始める。切迫して、息が切れる。
シューラ「何処へ!?」
アリョーシャ(大急ぎで片付けながら)「それを届けなきゃ! 約束したんだ! 『きっと届ける』って!! すぐそこのチェホフ通りなんだ!」(カット。但し、このシーンの最後から標題音楽がかかり始める)
■やぶちゃんの評釈
以上のシークエンスは本作の最も忘れ難い再会と僅かな安息の時空間である。シューラの処女性の美しさが映像的にもよく描かれており、戦争の最中であることを忘れさせもする。ここで彼らの背後にある木の栅は、二人のたまさかの平安を外界から遮断しているようにも一見、見える。
しかしその柵は、同時に、実は、先に述べたアングル上の有意な傾斜感覚を観客に意識させ、現実へと引き戻される二人の不安な勾配として、厳に存在していたのである。
そうして、シューラの真実の告白がなされそうな雰囲気を起動させるアイテムが、〈母へのプレゼントの「プラトーク」〉であり、同時にそれに連動してその大事な二人の心の交感の流れをブレイクさせてしまうのも、「プラトーク」によってシューラが同時に指摘してしまう「石鹸」であったのである。ここで――シューラはアリョーシャを占有できる確信を持ったにも拘わらず――である。
ここで、〈母〉への土産のプラトークが――シューラのアリョーシャへの素直な感情(最早、〈恋情〉と言って反論する方はおるまい)と、真実の告白(パイロットのフィアンセが重態であってその彼氏に逢いに行くという〈嘘〉の撤回)を妨げる結果を生み出してしまう――という図式は、精神分析学的には、母が母のみが占有することができるアリョーシャへの、シューラの思いを遮断させるという象徴性を感じさせなくもないが、そうしたインク臭い認識は本作を味わうためには寧ろ有害ではあろう。
以下、「文学シナリオ」の当該部を示す。前の「追跡」の部分の最後をダブらせておく。
《引用開始》
自動車は踏切で止まっている。アレクセイは自動車から飛び降り、別れを告げて手を振りながら、駅に駆けて行く。夜明けの薄明の中の路上に、列車の影が黒ずんでいる。機関車がいない。嬉しそうにやかんを振りながら、アレクセイは列車に走って行く。彼は水飲み場の傍らを通り過ぎる。水道の蛇口から水が流れ出ている。アレクセイは後戻りして、微笑しながらやかんに水を汲み、こぼさないようにしながら、列車のところに急ぐ。
列車から番兵が出てくる。小銃を構えている。
――あっちへ行け。
アレクセイは立ち止まり、ひょろひょろした番兵を眺める。
――私は、この列車に乗ってたんです。少尉が許可してくれました。
彼は説明する。
――どの少尉だ。
――列車の司令官です。ガヴリルキンも知っています
――ガヴリルキンだって?
――あなたに交替するまで番兵だった、太った男です。
――ああそうか、女のような兵士だな。
――そうですとも!
アレクセイは喜んだ。
――その列車ならば、一時間ぐらい前に出て行った。我々は別の方向に行くんだ。
アレクセイはこの列車が別のであることが、今初めて分かった。
アレクセイは黙って立っていた。そして、腹立ち紛れにやかんの水をごぼごぼとこぼし、ゆっくりと駅の建物の方に歩いて行った。彼は頭を垂れて歩いて行った。この夜の興奮と疲労とで、彼は全く参ってしまった。
突然、彼は驚いて立ち止まった。彼の真直ぐ前に、シューラが手に彼のバッグと外套を持って立っているではないか。
――シューラ! あなたはどうしてここに!
彼は驚いたように言った。
――そうです。ほら、あなたの忘れ物ですわ……。
彼女は急いで彼に品物を渡した。
――シューラ! 何て素晴らしい人なんだ!
――私のために乗り遅れたんですわ。
――馬鹿な! あなたに会えないんじゃないかと思いました。
――私、待ちましたわ。
アレクセイの瞳は喜びに輝いた。
シューラは眼をそらし、やかんを見た。彼女は急いでしゃがみ、やかんの中をのぞき込んだ。やかんは空っぽだった。
――本当に水を飲みたい!
彼女はアレクセイを見上げて言った。
――まだ飲まなかったんですか。
――あなたがいないので心配でした。
――シューラ、あなたは! 行きましょう!
彼は彼女の手を取り、水飲み場に連れて行った。ここは前の時と同様、誰もいなかった。 彼は蛇口にやかんを当てたが、彼女は待ち切れなかった。やかんをのけると、蛇口から直接貪るように冷たい水を飲んだ。彼は傍らに立って幸福そうに微笑していた。
やがて、彼女は新鮮な感触を楽しみながら、蛇口の下で足を洗った。彼は彼女を眺め、彼女のすらっとした足を眺め、そして彼女の嬉しそうな顔を眺めて、微笑した。
[やぶちゃん注:このシューラが脚を洗うシーンは確かに撮っていた。編集でカットしたのである。実際にアリョーシャがシューラと別れた後の回想(想像的要素が含まれる)シーンのカット・バックにそれが出るからである。それをここで見たかったと思う反面、それは性的な象徴的過剰性を引き起こし、彼と接している事実としての時空間の中でのシューラの持つ処女的な聖性がやや削がれてしまったかも知れないとも思う。総合的に考えて、私は、ここにそれはなくてよかったと思う。本作では実際のシューラは、一貫して常に必要以上と思われるほどに体を覆っており、肉体の印象をストイックと表現してよいほどに抑制して撮られているからである。]
やがて二人は、そこで朝食の座についていた。彼女は自分でパンをきちんと切り、バターを塗り、それをアレクセイに投げた。彼女は、彼が自分を見つめていることを知った。このために彼女の動きは軽やかになり、調子が良くなった。
このあと、彼女は彼の手を取って、駅に連れて行った。
――私はみんな知っています。二時間あとにゲオルギエフスク行きの旅客列車があります。
彼女は歩きながら話した。
――二時間ですって。
アレクセイは時計を見た。
――ねえ、町でも散歩しよう。私は良く知っています。
シューラは賛成した。
――それとも映画はどうだろうか。
――まあ! 本当に! 私は随分、映画を見ていないんです。
シューラは喜んだ。
二人は急いで町の方に歩いて行く。
駅のはずれがすぐに大きな公園である。
二人は公園を歩いて行く。公園の中は静かで人影もない。高い気の梢から黄ばんだ葉が落ちてくる。
――本当に美しいですね。
アレクセイは話しかける。
――そうですね。でも、ちょっとわびしい感じですわ。秋ね!
[やぶちゃん注:ロシアの秋は日本と変わらず、九月から十一月である。先の戦況報告の放送ではしかし、作品内時制は七月下旬に設定されてあるから、撮影時で時期設定が変更されたことが判る。専ら、ロケ・スケジュールの関係からであろう。]
シューラは答える。
――でも、私は淋しくないんです。
――私も。
――腰を下ろしましょう。
――そうね。しばらくここにいて、それからまた歩きましょう。
二人は、ベンチの一つに座る。
静寂。二人を取り巻くものは林だけであり、ただ遠く公園の奥深くに、黒ずくめの老夫婦がゆっくりと散歩しているのが見える。
――シューラ、あなたがここに待っていたとは、なんてすばらしいことなんだ。
アレクセイは話す。
――そうね……。
彼女は微笑した。それから考え込んだ。彼女の顔付きが淋しそうになった。
――すぐ家に行くのですね。私ももうすぐですわ。
彼女は話した。
――そうですね。あなたはもう着いたも同然です。
――あなたのところはクビンスクから近くですか。
――隣です! お母さんは何も知らない。
――きっと喜びますわ!
――どこにいるのかな? 時間を無駄にしたのが残念です。でも、仕方がない。家にまだ一昼夜はいられる。屋根を直して、また帰るのです。
――戦場へですか。
――そうです。
――ねえ、アリョーシャ。
――何です。
――映画には行かないでいましょう。もっとここに座っていましょう。いいでしょう。
――いいです。確かに、映画館の中は暑苦しい。
暫く二人は黙った。
――シューラ、あなたと一緒に旅が出来て良かった。
――そうね。でも、アリョーシャ。
――何です。
アレクセイは娘の方にずっと近づいた。
彼女は彼を避けようとしなかった。ただ彼女の指が、ベンチの上に置かれたアレクセイのバッグの紐を素早くまさぐっていた。
――アリョーシャ、このネッカチーフは誰への贈り物?
突然、彼女は質問した。
――どのネッカチーフ?
――バッグの中のですわ。
アレクセイは微笑した。
――お母さんに贈るのです。
――本当なんですか。石鹸もそうですの?
娘は楽しそうに笑った。
――どんな石鹸ですか?
――二個ありますわ。
アレクセイは驚いて立ち上がった。
――畜生! 全く忘れていた。
彼は、自分の額を叩いた。
――シューラ、それは頼まれた品物なんです。ある若者に依頼された。戦場に出かける兵士です。去ってしまわないで良かった。渡さなければならないのです。
アレクセイは次第に不安になって来た。
――どこに持って行くのですか。
――ここです。すぐ近くなのです。チェーホフ街なんです。行きましょう、シューラ。
シューラは溜め息をついた。
――さあ、一緒に。十分くらいで片づきます。それからまたここヘ戻って来ましょう。いいでしょう。シューラ。
――いいですわ。
彼女は静かに返事をした。
《引用終了》
出来上がった映像の方が、遙かに、優れて、よい。
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