ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 12 エピソード2 シューラ(Ⅵ) シューラとの別れ / シューラ~了
□188 ウズロヴァヤ駅構内
(F・O・した画面からざわめきが入り)客車が右手前から左やや中ほどまで続く。軍人たちが車両に我れ先にと乗り込んでいる。その中景に慌ててやってきたアリョーシャとシューラが、その中に走り込む。カメラ、ゆっくりと右へ動き、車両に寄る。
デッキのところに婦人の駅員(或いは徴用臨時軍属か)が乗り込みを監視している。
婦人駅員「急く! 急いで! 急いで!」
婦人駅員の右下から、あおりで。
アリョーシャが乗り込み、シューラが続こうとすると、婦人駅員が制止する。
婦人駅員「これは軍用列車よ!」
アリョーシャ(焦って)「僕の妻です!」
シューラ「違います!」
婦人駅員「ダメ! ダメ! 民間人はッツ!」
婦人駅員、シューラを押し戻す。
婦人駅員、周囲に再び「これは軍用列車!」と叫ぶ。
しかし、民間の婦人がデッキに荷物を投げ入れて乗り込もうとしたりしている。
押されて乗り込んだアリョーシャ、デッキから降りてきてしまう。
□189 車両の脇(中景から二人に寄る)
アリョーシャ(右手)、シューラ(左手。三つ編みの髪を右手に垂らしている。演出の配慮、よし!)を連れて少し車両から離れ、
アリョーシャ「もう! どうして嘘がつけないんだ!」
アリョーシャ、焦る。
シューラ「アリョーシャ、一人で乗って! 私のせいで、半日、無駄にしてるんだから。……心配しないでいいの! 私は自分で何とかするから! ね! いいの! アリョーシャ! いいのよ! アリョーシャ!……」
[やぶちゃん注:これはシューラが前の軍用列車に潜り込んだこと、則ち、アリョーシャがシューラに逢ってしまったこと全体を指しているのである。アリョーシャがそれに肯んずるはずは、毛頭、ない。]
アリョーシャ、突然、持っていた自分のコートを広げ、
アリョーシャ「これを着ろ!」
シューラ「なんで?」
アリョーシャ「ともかくッツ! これを着るんだッツ!!」
アリョーシャ、シューラに自分の大きな軍用コートを着せる。シューラ、黙ってなすがままにされているが、顔が一転して、満面に笑みがこぼれている。(着せる際の動きで二人は左右位置を代える)
アリョーシャ、自分の略式軍帽をとると、シューラにかぶせ、髪の毛をぴっちりと撫でつけてやる。
アリョーシャ、その俄か兵士姿になったシューラを引っ張ってさっき乗ろうとした車両から、左方向へと引きずるように引っ張ってゆく。アリョーシャは如何にも楽しそうだ! 少女のように! アリョーシャのコートだから、ダブダブな上、裾は足首辺りまである。シューラは全くよちよち歩きの体(てい)!
□190 別な車両の乗降口
人々が群がっている。
□191 その乗降口(左手から)
かなりの年を取った眼鏡を掛けた老婦人駅員がいる。
アリョーシャに押されて先にシューラが乗り込もうとすると、
老婦人駅員「トットと上がる! グズグズしない!!」
と促され、シューラは「へっ?」という顔をする。変装、バッチリ!
[やぶちゃん注:アリョーシャは年寄りで目の悪い彼女の所を選んだものと思われる。しかし……この老婦人、〈大阪のおばはん〉なんか目じゃないほど、キョウレツやで!]
□192 老婦人駅員の正面アップ
老婦人駅員、警棒を振り上げて、また、
老婦人駅員「トットと上がるのッツ! 早く! 早くッツ!」
と叫ぶ。
□193 乗降口(「191」の少し上のアングル)
ばれない用心と、詰っているデッキのそれを押し込むために、アリョーシャが老婦人駅員の前に回り込んでシューラを隠しながら、自分が少し先に登る。
カメラ、一度、あおりながら、デッキに乗り込んでゆくアリョーシャを撮る。
ところがシューラが途中のデッキ・ステップで動かなくなってしまう。
アリョーシャ、体(たい)返してしゃがみ、右手を出して、シューラに、
アリョーシャ(苛立って)「どうしたんだッツ?!」
シューラ(いかにも少女のように)「コートが引っ掛かったの!……」
アリョーシャ、そのコートを引っ張り、シューラを抱きかかえて、デッキに無事乗り込む。
□194 車両連結部
さっきの老婦人駅員も右手のデッキの左位置に立っている。連結部はただ下部の連結器だけの平面で、画面左右の車両の開いた扉もごく小さい。ここ、走り出したら、私でも躊躇する、車両の左右には何の栅や蔽いも一切ない、非常に怖い場所である。
そこに押し出されて立つ、アリョーシャ(前)とシューラ(後ろ。辛うじて顔だけが見える)カメラ、右に移動すると、汽笛。
□195 力強く動きだして蒸気を吹き出す機関車の複数の動輪(アップ)
先頭は右方向。
□196 機関車の先頭部(前哨燈と煙突)
右手前向き。煙突から噴き出る煙。加速!
□197 列車からの夕景
左から右へ流れる。手前に樹木、背後に落ちる陽、その上の空に散る千切れ雲。
□198 連結部(車両の右手からで奥の流れる景色は「197」と同じ左から右でスクリーン・プロセス)
連結部の左右の扉の外にさえ人が立っていたり、摑まっていたりする、超満員!
狭い連結部中央位置に右手(汽車の進行方向)を向いた軍帽のシューラと、そのすぐ前にアリョーシャが覗き見える。(カメラ、近づく)
連結部を何人かの人々が左右に行きした後(そこには実は民間人の婦人もいたりする)、二人の周囲が少し空いて、ちょっとゆったりとなり、互いに顔を交わして笑う。
ここは車両音が高まり、二人は何か楽しそう喋り合っているが、それはオフである。
会話の最中、シューラは軍帽をとって、アリョーシャに被せる。この時、シューラの右手がアリョーシャの左胸に置かれている(この間にカメラはさらに寄って行き、二人だけのフレームになる。また、帽子をかぶせたところから標題音楽(最初はフルート)が始まり、以下、高まってゆく)
左から右へ流れる白いスモーク(機関車の蒸気か煙のイメージかと思われる。ごく白い)がオーバー・ラップする。
[やぶちゃん注:シューラの手のそれは、この連結部という如何にも危険な場所であることを考えればごく自然な動作ではある。そうさ、私はふと、所謂、〈吊り橋実験効果〉を思い出した。知らない方はウィキの「吊り橋理論」を読まれたい。]
□199 白いスモーク
左から右へ。
□200 連結部の二人(夕景)
黙って見つめ合う二人だけのアップ。
アリョーシャ、ふと、淋しそうな顔をして、左(手前)に目を落とす。
シューラ、見つめているが、目をゆっくりと閉じる。しかし口元には笑みが浮かんでいる。
□201 シューラの顔(正面)のアップ
目を見開いて、アリョーシャ(オフ)を見上げる。
口元が少し開いて、何か言いたそうであるが、言わない。
□202 切り替えしてアリョーシャのアップ
目は半眼であるが、眠そうなそれとは違う。シューラを遠くを見るように、見つめていたが、突然、瞬きをして見開くと、口元に笑みを浮かべる。
□203 シューラのアップ「201」より接近して顔面と首のみ)
うるんだ瞳。ほんの少し開いた唇。
□204 アリョーシャのアップ(「202」に同じ)
しっかりとシューラを見つめる。口元に微かな笑み。何か、あるしっかりした何ものかを意識した表情である。(最後は次のシューラの横顔とかなりゆっくりしたオーバー・ラップとなる)
□205 シューラの右横顔
最初、風圧に乱れる髪と右目と鼻梁と上唇(うわくちびる)のみを映す。そこから少しだけティルト・ダウンして唇まで下がる。
□206 見上げるシューラの顔のアップ(右上方から)
乱れる散る髪の中の――天使のような笑顔――
□207 夕景(「197」をよりアップで)
夕陽の輝きを有意にターゲットとしたもの。(次のショットのため)
□208 シューラの横顔(右手から頭部全体)
彼女の眼のやや上の位置の向うの消失点に夕陽。その光はあたかもマリア像の後光のようである。
乱れる髪――
何かを思いつめたように真面目なシューラの横顔――
そこに――
右からアリョーシャの横顔がゆっくりとインしてくる――
夕陽は二人の間の彼方に燦然と輝き――
アリョーシャの顔にシューラの髪の毛が――
何か鳥の羽根のように纏わってゆく!
と――
同時に――
シューラとアリョーシャの口元に素敵な笑みが浮かぶ――
二人、カメラ手前下方にそれぞれ一度、顔を伏せるが、すぐに見つめ合って――
シューラ――
ゆっくりと――
アリョーシャの胸に――顔を埋める…………(次の「209」とオーバー・ラップ)
[やぶちゃん注:実に「194」ショットからこの「208」まで(その間は約1分50秒相当)、台詞は一切なく、「198」の途中からは、そこから始まった標題音楽だけがここまで(その間は約1分9秒相当。ここまでで八十四分の本作の八割弱の六十五分に当たる)映像の唯一のSEとなる。
私は、この夢幻的とも言える、しかし、それでいて確かなリアリズムの美しさと、アリョーシャとシューラの無言の心の交感のシークエンスを見るたびに、涙を禁じ得ない。この1分余りのそれは、映画史上、稀有の最も美しいラヴ・シーンであると信じて疑わない。]
□209 駅
抱き合っているアリョーシャとシューラのアップ。
シューラは眼を閉じている。
アリョーシャは眼を開いている。
二人のそれはあたかも若きイエス・キリストと若きマリアのようにさえ見える。
カメラ、急速に後退してフレームを開く。二人、向き合う。(ここで前からの標題音楽が終わる)
駅のホームである。
ここがシューラが降りねばならない駅なのである。
背後で人々が列車に慌てて乗り込んでいる。
シューラ「ここでお別れね、アリョーシャ。」
アリョーシャ「そうだね。……僕のこと……ずっと忘れないでね、シューラ……」
シューラ「忘れないわ。……アリョーシャ、怒らないでね、……」
アリョーシャ(弱弱しく)「なに?」
シューラ「わたし……嘘ついてたの……婚約者なんていないの。……叔母さんのところへ行くだけなの。……ほんと、馬鹿よね…………」
アリョーシャ「……どうして……そんな、嘘を……」
シューラ「……怖かったの……あなたが。……」
アリョーシャ「……今は……どう?」
シューラ、きっぱりと「いいえ!」と横に首を振る――
――と!
――もう汽車が動き出している!(画面奥へ)
機関音!
シューラ(気がついて慌てて)「動き出したわ! 走って! アリョーシャ!」
二人、振り返り、
シューラ「走って! アリョーシャ! 走って!」
□210 貨車の連結部から俯瞰
走るアリョーシャ、その奥を一緒に走るシューラ!
アリョーシャ、加速している列車のデッキに辛うじて飛びつく。乗車している女性駅員が助けてもらい、デッキに登る。
シューラ、走る!
アリョーシャ(デッキから身を乗り出して必死に)「シューラ!! 住所を言うから! 僕に手紙を書いてくれ!(機関音に交って甚だ聴こえにくくなる)……ゲオルギエフスクの!……サスノフスカ!……」
□212 デッキのアリョーシャ
右手でデッキ・アームを握り、身を目一杯に乗り出して、開いた左手を口に当て、
アリョーシャ「サスノフスカ村!……」
□211 走るシューラ(貨車からの俯瞰)
笑って左手を振って走り続けるシューラ!
アリョーシャ(オフで)「シューラ!! 僕の住所は!! ゲオルギエフスクの!!」
□212 デッキのアリョーシャ
右手でデッキ・アームを握り、身を目一杯に乗り出して、開いた左手を口に当て、
アリョーシャ「サスノフスカ村だよッツ!!……シューラ!!!……」(最後の「シューラ!!!」は次のカットにオフでかぶる)
□211 走るシューラ(車両と並行したホームの奥からのショットで左から右へパンしているが、少しだけ見えるホームの映像の感じを見ると、レール台車による移動撮影を兼用しているものと推定する)
人を掻き分けて走るシューラ!
□212 アリョーシャ
左耳のところで手を振って、
アリョーシャ「何て言った!?! 聴こえないよッツ!」
と絶望的に叫ぶ。
[やぶちゃん注:シューラが何かを叫んだ映像はない。]
□213 走るシューラ
すでにホームも端の方にきて、他に見送りの人もいない。
最後の力をふり絞って走るシューラ! 手を振るシューラ!
遂にホームの端へ――
立ち止まって手を振るシューラ――
□214 アリョーシャ
手を振るアリョーシャ。(標題音楽始まる)
□215 ホームの端(フル・ショット)
中景中央奥で立って手を振り続けるシューラの後ろ姿。
汽車の最後部がシューラにかかって、カット。
□216 去りゆく列車
最早、駅からは離れた。
しかし、今も小さく、手を振るアリョーシャが見える。
それも遠景に溶けていってしまう……
□217 駅のホームの端に立つシューラ
空は一面に曇っている。
シューラは、体はホームの乗降側へ向けているが、顔はこちら――アリョーシャの去った汽車の方――を向いている。
ホームの奥の方の見送りの人々は、みな、奥へと去ってゆく。
シューラ、そちらを振り向き、また、こちらに見直る。(ここで音楽、一瞬、休止を入れ、ヴァイオリンが、また、哀愁の標題テーマを奏で始める)
シューラ、淋しそうに見返って、とぼとぼとホームを戻りかける……
しかし、また振り返る、シューラ……
また……重たげに踵を返し……とぼとぼと去ってゆく…………(F・O・)
[やぶちゃん注:この「217」のシークエンスは、私の思い出の映画の〈別れのシーン〉のベスト・ワンである。私は、何でもないある日常の瞬間に、このシューラが独りホームの端に佇むシークエンスをたびたび、白日夢にように想起するほどに偏愛している。僕はこのホームに立ったことがあるような錯覚さえ感ずるのである……。]
□218 客車のデッキ(外から)
ドアが閉まっている。ガラス越しにアリョーシャ。ガラスには流れ去る(右から左へ)白樺の林が映り込んでいる。(標題音楽、かかる)
思いつめて目も空ろなアリョーシャ。カメラ、寄ってゆく。
伏し目から、力なく顔を上げると、白樺林をぼぅっと眺めている。
[やぶちゃん注:白樺林の映り込みは非常に綺麗で、アップでも破綻(合成によるブレ)がないのであるが、これはどうやって撮ったのだろう。セットでスクリーン・プロセスによって白樺林を投影、特異的にアリョーシャをその映写側で撮影し、それと別にセットで窓部分を綺麗に抜いてマスキングして撮った全体画像に、前のアリョーシャの画像を嵌め込んで綺麗に合成したものかとも思ったが、車体の揺れと窓ガラスの内側のアリョーシャの体の揺れが完全にシンクロしていること(これはこのカットのために作った客車デッキのセットの中で演技をし、そのセット全体が動かされていることを意味している)、また、アップの中でアリョーシャが頭部を硝子に押しつけ、帽子の先と髪がごく少し潰れる箇所があり、これはとても合成では不可能である。識者の御教授を乞う。
なお、時刻であるが、作品内でのエピソード経過時間からは、少なくとも、午後のかなり遅い時間でなくてはおかしい(このシークエンスのすこし後の空襲を受けるシーンは明らかに夜である)。車窓風景の撮影は流石に制約があるから、昼間の撮影のものばかりである(但し、明度を暗くさせてあるものもある)。しかし、この直後にはアリョーシャの夢想シークエンスが現れるので、ことさらに時制のリアリズムをあれこれいうのは無粋とも言われよう。]
□219 車窓の白樺林/アリョーシャの回想(◎表示)・幻想映像(【 】表示)の合成(回想・幻想映像は白樺林の映像にオーバー・ラップのカット繋ぎ)
白樺林(右から左に流れる)――オーバー・ラップ
◎回想1――ウズロヴァヤでの束の間の〈ピクニック〉での流れ出る水道から水を飲むシューラの映像
[やぶちゃん注:ここの「□126 水を飲むシューラのアップ」で『水の流れ落ちはかなりの水量である。口で受けようとして顏の下は水浸しとなり、さらに頑張ろうとして目の辺りにまで水滴が掛かり、シューラは顔を左右に振って目を大きく見開いて、悪戯っぽくアリョーシャを見上げる。少女の美しさ!』とした映像と相同である。]
◎回想2――同じ〈ピクニック〉シーンで流れ出る水道で汚れた両脚を洗うシューラの映像
[やぶちゃん注:ふくらはぎと足の甲から、右足を上げてティルト・アップして左膝から下を洗い、水道の向いにいるらしいアリョーシャに微笑む映像。これは前には存在しない。「文学シナリオ」にはあり、撮影はしたが、編集でカットされたものの流用である。前と同じここである。しかし、この回想の脚を洗うシューラは髪を三つ編みに結って右から前に垂らしている。これが当該シーンにあったとすると、「□128」で私が指摘した矛盾が前後齟齬してもっと激しくなることになる。但し、次も参照)]
◎回想3――同じ〈ピクニック〉シーンで(奥に例の斜めになった木の栅が見えるので間違いない)、結われていない長い髪を、体を回してぱっとさばくシューラの映像
[やぶちゃん注:これも前には存在しない。回想2と同じく、撮影はしたが、編集でカットされたものの流用である。流れを考えると、最初にプラトークを外した直後となる(回想2では編み終わっているからである)。概ね、背後からの映像であるが、最初の画像をよく見ると、髪は少し濡れているように見え、その後、左に捌くのは、濡れた髪を乾かす仕草にも見え、終わりの辺りでは、明らかに右手にタオルを持っているのが判る。さすれば、或いは、ここでは、実はシューラが髪を濡れたタオルで拭くというシーンが撮られており、或いはそれを三つ編みに仕上げるまでの映像もあったのかも知れない。とすれば、私がここで『痛い誤り』とした顚末も説明は可能である(しかし、私の撮り直しが必須をとした批判は当然、撤回はしない。そもそも、彼女は、まず、髪を結うよりも先に汚れた脚を洗いたくなるはずだと私は思う。順序立てて撮影はしないから、演じたジャンナ・プロホレンコには罪はない。そうした機微を考えなかった男のスタッフが勝手に早々と髪を結わせてしまい、後になって脚を洗うシーンを撮るという大失態をしでかし、編集では尺を切る関係上、監督は矛盾を承知でかくしてしまったものであろうと推定するものである)。]
◎回想4――シューラがアリョーシャを見つけて驚いて軍用列車から飛び降りようとして怖さから手で顏を蔽ったシーンの映像(推定)
[やぶちゃん注:前にはない。映像としてはここの「32」と「33」の間にあったであろうと私が推定する映像である。この「32」から「33」の繋ぎは、私には以前からちょっと不自然な感じ――何か欠けた演技・画像があるという感じ――があったのである。ここにこんな画像があったのだとすれば、私はすこぶる腑に落ちるのである。]
◎回想5――左を向いて伏し目がちな何か淋しそうなシューラが右手を向いてぱっと目を開き何か言いかけるように口を開きかける映像
[やぶちゃん注:これはかなり心の解(ほど)けたシューラが、でも、降りると拘った際の、ここの「□58」の「扉の前のシューラの顔のアップ」の部分である。]
◎回想6――「□217」の「駅のホームの端に立つシューラ」の「シューラ、淋しそうに見返って、とぼとぼとホームを戻りかける」が「しかし、また振り返る、シューラ」の映像
*ここで基底画像である白樺林の車窓風景画像は実は一旦、切れている。[やぶちゃん注:しかし、同じような白樺林の車窓風景画像を繋いでおり、オーバー・ラップが続くので、その切れ目はまず殆んどの観客には分らない。ただ、ここからは回想ではなく、アリョーシャの心内幻想シーンとなるので、切れ目が入っていることに私は違和感はない。]
【アリョーシャの心内幻想映像1】
――左から首を回して、見上げるシューラ。
シューラ『……アリョーシャ、婚約者はいないって言ったのは……私の告白だったの。……でも、あなたは何も応えてはくれなかった。……片思いだったのね。…………』
□220 車窓のアリョーシャのアップ
何か口でぶつぶつ言っているアリョーシャ。明らかに、危ない感じである。
□221 白樺林/シューラ幻想・幻想(オーバー・ラップ)
白樺林(右から左に流れる)――オーバー・ラップ
[やぶちゃん注:但し、終わりの方になると、線路近くが草地になり、池沼が現われてきて、樹種も白樺でなくなり、撮影自体が昼間であることがバレる。前の回想1から6で使ったそれをそのまま使い回した方が出来上がりはもっとよいものになったのに、と少し残念な気がしている。]
【アリョーシャの心内幻想映像2】
見つめるシューラのアップ。右目から涙がこぼれて――落ちる。
[やぶちゃん注:このような映像は前にはなく、この幻想映像のための新撮りではないかと推測する。]
◎回想7――回想6(「□217」の「駅のホームの端に立つシューラ」の「シューラ、淋しそうに見返って、とぼとぼとホームを戻りかける」が「しかし、また振り返る、シューラ」の映像)に同じ
□222 車窓
但し、さっきはいなかったが、ドア・ガラスのアリョーシャの左前には軍人が凭れている。
伏せ目のアリョーシャ、幻像のシューラに打たれ、突然、独り言を言う。
アリョーシャ「……待ってくれ!――僕は言い残したことがあるんだ!……」
――はっと現実に戻ったアリョーシャ、目の前のドアにはだかっている兵士に、
アリョーシャ「降りたいんです!」
兵士「何言ってる?!」
アリョーシャ「……すみません、降ろして!……」
アリョーシャ、目を泳がせて黙ってしまう。
[やぶちゃん注:走行している車両であるから、兵士は寝ぼけているとでも思ったのであろう。無視して、反応しないようである。]
■やぶちゃんの評釈
遂にシューラとの別れがきてしまった。
本作の最大のクライマックスであり、永遠に忘れ難い、心象と心傷の風景である。
しかし、この幻想シーンの【アリョーシャの心内幻想映像1】についてだけは、この年になって見て、今回初めて、少し違和感を感じた(後掲する通り、「文学シナリオ」にもちゃんとあるのだけれども)。まず、画像作りがちょっと雑な感じがするのだ。本作中のシューラの映像的魅力度からも、何だか、有意にレベルが低い感じがする。しかもその幻想シューラによって語られる「アリョーシャ、婚約者はいないって私が言ったのは」「私の告白だったの」に、「あなたは何も応えてはくれなかった」、ただの私の「片思いだったのね」(原語は「あなたは私を愛してないのね?」か)という台詞も――『言わずもがな、アリョーシャはシューラを愛してるじゃないか!』と言いたくなるのである。少なくとも、観客の誰もが皆、そんなことは百も承知だ。それを、消えたシューラを夢幻的に登場させておく屋上屋で反語的に言わせるのは、どうなんだろう? という思いである。思うのだが、この幻想シューラがどうも魅了を感じさせないのは、幻想だからではなく、その台詞の、遅れて来た解説的饒舌述懐の陳腐さにあり、私は高い確率で、
――演じたジャンナ・プロホレンコ自身が、この部分の演技や台詞に、強い違和感を感じたのではなかったか?
と思うのある。そんな中で、アリョーシャなしの別撮りとして撮られ、どう演じていいのかとまどった挙句、かくなってしまったのではなかろうか? 今の私はこの【アリョーシャの心内幻想映像1】はカットし、もっと短かった二人の一時の至福のカットを挟んだ方がよかったと思うのである。
なお、以下の「文学シナリオ」を読まれると、驚天動地! アリョーシャは以上の最後で、実際に走行中の汽車から飛び降りてしまうのである。シューラと別れたあの駅にシューラを求めて舞い戻ってしまうのである。しかし、シューラを探してみるものの、遂に彼女に逢えず、夜汽車に乗る、というのが原シナリオの流れなのである。
それはダメだ! このシューラとの別れは確かに本作の確かなクライマックスではある。しかし、それは最後の母とのたまゆらの邂逅と別れに収束してこそ美しい魂のスラーの流れを本作に与えてくれているのだ。
戻ってシューラを探すアリョーシャなど、決して見たくないし、その選択は、母に逢えなくなる可能性の増大の一点に於いて全否定されるべきものだ。丁度、誰かの糞芝居のように、「こゝろ」の「学生」の「私」が、「先生」の「奥さん」と結婚するぐらい、忌まわしい展開なのである。そこでは前線を放棄してシューラと駆け落ちするというおぞましい恥部の地平まで見えてきそうだ。それは純真なアリョーシャがリーザを激怒したように、こんな私でさえも許せないあり得ない選択なのである。そんな部分を撮っていたら、この作品はヒットさえしなかったことは言を俟たない。
当該部の「文学シナリオ」を以下に示す。
《引用開始》
駅。再び、乗車の空騒ぎとざわめき。
アレクセイは客車に押し分けて入る。シューラが後に続く。
女車掌が彼女を遮る。
――どこへ行くのです。軍用列車です。
――私と一緒です。
アレクセイはステップから叫び、シューラを引きつける。
――奥さんですか?
――そうです。
アレクセイは答える。
――いいえ。
同時にシューラが言う。
女車掌は乱暴に彼女を車から下ろす。
――彼女は私と一緒です。まず、話を聞いてから引き下ろしたらいいでしょう。
――ぐずぐずするな。
誰か、太った軍人がアレクセイを車の中に押し込んだ。彼の後ろから、大きなトランクを引きずった人間が入って来た。女の人が車に押し入ろうとしていたが、女車掌は彼女も許そうとしなかった。
シューラは懇願するような目付きで女車掌を見ていた。しかし、自分の容易ならざる仕事に打ち込んでいる彼女は、その瞳に気が付かなかった。
アレクセイは出口に勢いよく走って行き、ステップから飛び降りた。
――どうしたんです。口がきけないんですか。
彼は娘を非難する。
シューラはすまなさそうに微笑した。
――本当に馬鹿だわ。呆然としてしまったんです。アリョーシャ!
突然、彼女は激しく言った。
――一人で行って下さい。あなたはもう半日も無駄足を踏んだんです。私はこの近くですから、どうにかして行きますわ。乗って行きなさい、私の愛するアリョーシャ! 乗って行きなさい。
――待って、シューラ……。
アレクセイは何を思ったか、彼女を遮った。突然彼は笑った。
――偽装ナンバー3を知っていますか。
彼は陽気に質問した。
――ナンバー3ですって。知らないわ。
シューラは驚いて言った。
――今、教えて上げます!
アレクセイは巻いて肩に掛けていた外套を外し、それを広げてシューラに渡す。
――着なさい。
――何故です。
――早く着なさい。今度は軍帽です。被りなさい。
娘はアレクセイの外套を着ながらひどく不安そうに眺めた。彼女は足を裾に取られながら。アレクセイの後からほかの車両に走った。その車には大きなデッキが付いていた。
扉に行き着くうちに、二人はお互いを見失ってしまった。
車のステップのところで、アレクセイを眼で探しながら、彼女は振り向いた。
――止まらないで下さい。
車掌が彼女に言った。
――何ですって。
娘は驚いて、車掌を眺めた。
――止まらないで、車の中に入って下さい。
ようやく追いついたアレクセイは、シューラと車掌の間に挟まった。彼は車掌の手に切符をつかませて、車に潜り込んだ。彼はもうデッキにいたが、娘はまだステップのところで足踏みしていた。
――どうしたんです。
彼は彼女に手を差し伸べながら、いまいましそうに呼びかけた。
――外套を踏み付けられたんです。引き出せないわ。
彼女は恨めしそうに言った。
アレクセイは、娘のところに押し進んで行き、彼女の外套を引き出し、二人でデッキに乗った。
――良かったですわ! 私、軍人に見えるかしら。どうですか。
シューラは嬉しそうに言った。
アレクセイは微笑した。
――切符も聞かれなかったですね。
突然、乗客がざわめき、押し合った。
シューラは帽子を脱ぎ、アレクセイの頭に乗せた。この混雑では外套を脱ぐこと不可能だった。
――もうすぐ目的地に着くでしょう。
アレクセイは微笑した。
――目的地へ。
彼女は悲しそうに繰り返して、溜め息をついた。
彼も彼女の悲しそうな顔を見て、深刻な気持ちになった。
――何でもない!
彼は元気な声で言って、笑顔を見せようと努めた。
――万事がうまくゆくでしょう。彼のことを心配することはないです。彼は元気になるでしょう。
彼女は悲しそうに笑い、頭を横に振った。
――ねえ、アリョーシャ、私はまだ一度もあなたのような若者に会ったことがありませんわ。
[やぶちゃん注:この最後の部分は先のここの〈路傍のピクニック〉シーンで使用された。]
二人は、再び汽車に揺られて行く。汽車のデッキには、――今は勿論作られていないが、戦争中ですら稀であった代物である――乗客がぎっしりつまっている。車輪の軋り。風。押し合い。二人は寄り添い、話し合おうとするが、ざわめきが声を消してしまう。
二人は寄り添っていることで胸を躍らせている。手と手をつないでいる。シューラは、風を避けてアレクセイの肩に顔を埋める。二人は一緒である。そして、それ故に、乗客のざわめきも、押し合いも口論も耳に入らない……。
風によって煙の渦が二人の傍らを流れて行く。まるで雲が流れるようである。すべてが消滅し、存在することをやめる……眼を見つめる眼がある……彼女の唇、彼女のうなじ、風になびく彼女の髪の毛がある……。
二人のまなざしは語っている。何かを物語っている。それは歌っている。古くそして永遠に新しい唄、人々が最も素晴らしい唄と呼んだ唄を歌っている。
しかし、この唄のメロディも、遠く聞こえる汽笛とブレーキの軋りによって破られる。唄は散文的な生活によって消されてしまう。
……二人は地上に下り立っている。アレクセイの手には外套が抱えられている。二人は車両の後ろのプラットフォームに立っている。彼らは別れを惜しんでいる。
――これでおしまいですわね……。
――そうですね……。私を忘れないで下さい。シューラ。
――忘れるものですか。
そして二人は、互いの眼と眼で別れを告げる。
――アリョーシャ!
――何ですか。
――ねえ、怒らないで下さいね。あなたをだましていたんです。
――何ですか。だましたって。
――私にはいいなづけはいません。誰一人いません。おばさんのところへ行くところなのです。アリョーシャ、怒らないで下さい。私は本当に馬鹿ですわね。
彼女は彼を見上げた。
彼は彼女を見上げる。しかし彼は彼女が話している意味を、全く理解しない。
――しかし、どうして、あなたは……。
彼は尋ねる。
――あなたが怖かったんです。
彼女は頭を下げて言う。
――今はどうですか。
彼女は彼の顔を見つめ、頭を横に振る。
汽車と車両のぶつかり合う音が二人の沈黙を破る。二人は、はっとして、我に返る……。シューラは動き出した列車の後を走った。
――早く! 早く! 汽車が出るわ!
彼女は気を揉んで、人々で溢れたデッキに彼を割り込ませようと、歩きながら彼の背中を押した。
ある者は笑った。ある者は見送り人達に最後の不必要な言葉を叫んだ。ある者は手を振った。
中年の夫婦がシューラとアレクセイが別れるのを眺めていた。
アレクセイは振り向いて叫んだ。
――シューラ! シューラ! 手紙を下さい!……サスノフカへ![やぶちゃん注:「サスノフカ」はママ。但し、この地名の「フ」は実際の映像での発音を聴いて見ると、場合によっては聴き取れないほど小さく発音される時もあるので問題ない表記である。]
シューラも何か叫び、彼の言葉が聞き取れないことを身振りで示した。
――サスノフカ! 野戦郵便局……
それ以上は、列車の轟音で打ち消されてしまった。
……シューラは悲しそうに、去って行く列車を見送っていた。彼女はアレクセイが見えなくなっても、手を振っていた。
列車は走って行く。口論している夫婦者の間に立って、アレクセイは後方を眺めている。
もう駅は見えない。
――私は待ちました。
妻が夫に言う。
――待ったんだって! 問題は待つことではなく、為すことなんだ。
――私はこんなに興奮しています。
――中学生じゃあるまいし。〈興奮〉だなんて。
すれ違った列車の轟音が、この口論を消す。アレクセイは、急速に過ぎて行くその列車を眺めている。その列車はシューラのところへ去って行く。
車輪が快調にレールを叩いている。
頭上には小鳥が飛んでいる。小鳥は空に輪を描くと、急速に飛び去って行く。小鳥もシューラのいる方へと飛んで行く。
車輪はレールを叩き、列車は轟音をたてている。
そしてアレクセイの眼の前にシューラがいる。
……彼女は水道ですらっとした足を洗っている。
……彼女は彼のバターのついたパンをほおばっている。
……彼女は駅で彼に別れを告げ、見送っている。そして、彼に話しかける。
〈アリョーシャ、私が言ったでしょう。私には誰もいないんだって。それは、あなたに愛情を打ち明けたのです。それなのに何故、何も答えて下さらなかったの。アリョーシャ。〉
……アレクセイは振り向くと、人垣を分けて、出口へ急ぐ。彼はもうステップに立っている。
誰かが彼の軍服をつかんだ。彼は、その手を振り切り、バッグを投げ捨てると、自分も身を投げた。
女の人が叫んだ。
アレクセイは地面に叩きつけられ、土手に転がった。
乗客達が列車から眺めている。
彼はすぐ立ち上がり、バッグを手にすると、駅の方に駆けて行った。
中年の婦人はそれを眺めながら、悲しく微笑した。
――愛してるんだわ……。
彼女は溜め息をついて言った。散文的な彼女の夫は眺めていたが、短く批評するように言った。
――馬鹿馬鹿しいことだ。
……アレクセイが道を走って行く……。自動車に乗って行く。走っている自動車から飛び下りる……。再び線路を横切り、路を走って行く。
……彼は駅に着く。群衆の中を歩き回る。構内を歩き回る。出札口の所で眺める。しかし、シューラはどこにもいない。
――おばさん! 青いジャケットの娘を見ませんでしたか。
――いいえ、見ませんでした。
……自動車道路の整理所のところ。子供の手を引いたり、トランクやバッグを持った人々が大きなトラックの上に座っている。人々は落ち着かない。その中にアレクセイもいる。彼はシューラを探すが、彼女はいない。
――整理員さん、青いジャケッの娘を見ませんでしたか。
――さあ、分からんね。娘に気を掛けるには、私は老け過ぎているよ。
……日が暮れて行く。シューラが見つからないまま、アレクセイは駅に帰る。今になって初めて、自分の失ったものを自覚する。彼はざわめく群衆の中を、ゆっくりと歩いて行く。
《引用終了》
最後に。監督チュフライのインタビューによれば、シューラがアリョーシャを見送る列車のシークエンスでは、照明電気の供給の配線で大事故が起きている。一人が脳震盪を起こして病院に搬送されたという。この出来事はこの、実は難産で不当に扱われた本作の経緯とも深く関係する。詳しくは市販されいるDVDにあるそれを是非、見られたい。
……ああ……シューラ! シューラ! 僕のシューラ!!!…………僕たちの人生には必ず――シューラ――が――いる――と――私は思うのである…………
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