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2019/07/24

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 5 エピソード1 ワーシャの物語(Ⅰ)

 

[やぶちゃん注:前回「4 休暇の始まり」(二〇一三年十二月一日)から五年半もの永い時間を空けてしまった。その間、変わったことが――一つだけある。とある方から私が私個人のために電子化した本作の「文学シナリオ」(雑誌『映画芸術』昭和三五(一九六〇)年十一月号(第八巻第十一号)・共立通信社出版部発行に田中ひろし氏訳で掲載されたもの。故人となった先輩教師の原本をコピーしたものであったが、四十数年経って劣化が激しくなったため、自分のために私家版として電子化したもの)を見たいと望まれたので差し上げたところ、昨年二〇一八年年初、本作の字幕を、ロシア語の出来る方の協力を得てオリジナルに作り直した映像を私家版(非売品・非公開)として全くの個人の趣味として新規に製作され、私に贈って下さった。今まで、ロシア語の出来ない私は概ね、日本語と英語字幕を参考にしながら、時に、ロシア語字幕を見て、所持するロシア語辞典で、元の台詞に近いものと思われるものを起こしてきたのだが、それには異様に時間が掛かり、実はその一点に於いて、先へ進むのが億劫になっていた事実があった。今回以降は大幅にその新訳を参考にさせて戴きながら、再開することとした。――私が私自身のために完成せねばならない《物語》である……誰のためでもない……私の亡き三女アリスのために――再び始める――(なお、再起動に際して、以前の4回分総てについて、再考証を加え、注も増やしてある。]

 

□10 駅の前1

中継ぎ駅らしきものの前の雑踏。戦災(空爆)を受けたのか、背後の壁の向こうには未だ燻って黒煙が立ち昇っている。

アリョーシャ、右下からイン、振り返って、雑踏の奥へ。

そこは謂わば、市場のようになっている(文学シナリオ冒頭参照)。庶民が使えるものとも思われない、何かの電気器具やら、壺やら、大きなサモワールやら、皿やら、なけなしのいろいろな物を売っている。左腕の先がない老いた元傷病兵らしき男が何かを売買していたりする。

アリョーシャが、少女を連れた婦人からプラトーク(スカーフ)を買っている。F・O・(これは有意な真っ黒な画面が入ってしまって編集が拙い)。

 

■やぶちゃんの評釈

 ここでアリョーシャが買うプラトーク(Платок)はシナリオにもそれと語られ、映画でもずっと後でアリョーシャによってそう語られるのであるが、母への御土産として買ったのである。しかし、この小道具は後の展開の中で非常に重要な役割を持っている。それはそこで、また語ることとしよう。

 さても、実はこの僅か二十秒ほどのシークエンス(3ショット)は「文学シナリオ」では実は異様に長い。

   《引用開始》

 駅前の小さな市場。すぐ近くに、焼け残った駅の建物が見える。汽車の汽笛が聞こえる。それは、貧しい戦時中の市場である。ここでは、疲れた女達が自分の夫の持物を売っている。ここでは、年老いた男達が見せびらかすように、配給のパンを手のひらに乗せて持って行く。ここでは、すばしっこい傷病兵がタバコを売り、ずるそうな目付きの不良老人が幸運を引き出すカード箱を持っている。

 このような雑多な群衆の中を、明るい顔付きのアレクセイが歩いて行く。彼は人々が手に持っている品を興味深そうに眺めて歩く。

 ――どうです。若い人! 〈スカラホート(急走者)〉の短靴はどうですか。まだ新しい品ですよ。買いなさい。

 老女が彼に言った。

 ――私にはネッカチーフがいい。

 ――どうして。

 ――お母さんに贈るのです。

 ――どうです。いい婦人帽があります。年とった婦人によく似合いますよ。

 そうして老女は自分の品物を広げ、丈夫なフェルトの婦人帽を見せる。

 ――見なさい、若い人……。私はこれを戦争前に買ったんです。非常にモダンなファッションです。よく見なさい!

 彼女は、帽子をアレクセイに押し付ける。

 ――何ですって! こんなものは持って歩けない。私はネッカチーフが欲しいのです。

 アレクセイは苛立たしげに話しながら、すぐ近くに六才位の女の子を連れて立っている女を見ている。彼女の手には、豆形模様の粗末なネッカチーフと、明らかに子供のものと見える小さいスカートが握られている。

 ――買って下さい。

 彼女はアレクセイの視線をとらえると、恥ずかしそうに言う。

 アレクセイは近づいて、ネッカチーフを買おうとする。

 ――幾らですか。

 ――三百ルーブル。

 ――え!

 ――ではどのくらい頂けます?

 女は静かに聞く。やせた女の子が、疲れたような敵意ある目でアレクセイを見つめている。

 アレクセイはポケットから金を出し、それを計算してここでは何もできないと分かると、向うに歩いて行った。

 ――なんだ! 十ルーブルで物を買いたいだなんて、まったく抜け目ない男だ。

 彼のあとから、誰か商人が叫んだ。誰かが笑った。そして、誰かが笑っている者に、厳しく言っていた。

 ――何をいななくんだ。兵隊にどこから金が入る!

 五、六歩行ったところで、誰かの手がアレクセイの肩に掛かった。

 ――兵隊さん、兵隊さん!

 ――アレクセイは振り返った。

 ――剃刀を買いなさい!

 綿入れを着たすばしっこそうな小男の手に開かれた剃刀が光っていた。

 兵士は、剃刀を見た。

 ――ほんとに娘っ子がみんなお前さんにほれるよ。

 ――幾らですか。

 アレクセイは、からかい半分の興味を感じた。

 ――八つ。

 ――何ですって……!

 ――八百……!

 ――高い……!

 アレクセイは笑いながら頭を横に振った。

 ――弱々しいな。それで〈ファシストの脅威〉か。ライターはどうです。安くしとくよ。

 小男が薬包で作った小っちゃなライターを見せる。

 ――見なさい。ちっちゃな機械ではない。火炎放射器だ!

 小男は、指で一度二度ライター擦ったが火がつかない。彼は繰り返しライターを擦る。

 ――こんなことは何でもない。そのかわり火を消さないと火事になるよ!

 アレクセイは笑いながらポケットを手で探り、ニッケル・メッキしたピストルを出す。撃鉄を引く。小男は脇へ下がり、叫び声を上げる。しかし、ピストルの上部の締板が飛び上がり、火がつく。これはピストル型のライターである。

 アレクセイは笑っている。小男の目が物欲しそう燃えている。

 ――売ってくれ!!!

 ――幾らで買ってくれます?

 笑いながらアレクセイが聞く。

 ――一つ半!

 ――馬鹿な、百五十だよ。

 アレクセイは静かにライターをポケットに入れる。

 小男は彼の手をつかまえる。

 ――二百!……どうだね! 未来の少尉殿。

 アレクセイは黙って手を振りほどき、歩いて行く。

 ――うん。もう二十五! 大尉。私はかけ引きは嫌いだ……!

 アレクセイは笑っている。

 ――将軍の貫禄があるよ。約束してもよい。

 彼はさらに歩いて行く。

 ――そんならいいよ! けちんぼの兵隊さん!

 小男は少しびっこをひきながら向こうに歩いて行き、群衆の中に消えた。しかしそれも一つの手だった。アレクセイを三歩も止めることができないと分かると、再び現れた。

 小男は異常に深刻な顔つきで、筒状になった銭をアレクセイに押し付けた。

 ――さあ約束した。ライターをくれ。

 ――何を興奮してるんです。

 アレクセイは微笑した。

 ――われわれの戦場へ来なさい。そこではただです。ちょっと攻撃へ行くだけです。

 ――司令官さん、そんなことは出来ない……。扁平足で不合格なんだ。よおし、もう二十五ルーブル、ビールを飲もうと思ったのに。まったく、あんたは俺をだました。ライターをくれ! くれ!

 彼ははげしくアレクセイに詰め寄り、彼の胸倉を塚んで、力ずくで〈ピストル〉を取り上げると、群衆の中に走って行った。

 ――だまされた、だまされた。

 と繰り返しながら。

 このことは、アレクセイが理解できぬほど素早く起った出来事だった。一人残った彼は金を数えた。みんなで二百ルーブルあった。彼はほほえみながら手をふり、ポケットから自分の金を取り出し、それに二百ルーブルを加えた。そして、ネッカチーフを売っていた女のところへ走って行って、

 ――ほら、取って下さい。

 彼は金を差し出し、満足そうに目を輝かせて、買ったネッカチーフをバッグに入れる。

 駅の方から汽笛が聞えてくる。

 女の人に別れを告げると、急いで駅の構内に走って行く。

 ――若い人! 見てください……!

 女の人が誰かに呼びかける。

 ――またいつかね……!

 ――小さい兵隊さん!

 ――おばさん、またね……。

 アレクセイは駅に走って行く。彼はトランクやバッグをもった人々を追い越して行く。みんな急いで行く。

   *

これは正直、確かに、なくてよかった。

 

□11 駅の前2

松葉杖を右手に持った(二本であるが、ここでは一本は右腕脇の下にあって殆んど見えない)長いコートを着た壮年の兵士が立っている。画面手前の彼の側に彼の鞄が置かれてある。その鞄のために兵士の足元は見えない。

画面奥からアリョーシャがやってきて、彼を見、彼の足元を見つめて一瞬、何かに打たれた表情をする。

兵士は鞄の持ち手に左手を下ろそうとする。

それに合わせて、素早くアリョーシャの目が鞄に向けられて、兵士の手が持ち手に触れると同時に、アリョーシャも持ち手に触れる。二人の手が一瞬触れ合い(このシーンではアリョーシャは伸ばした手の人差し指だけを伸ばしており、容易にその指がその兵士の手に触れ合うのが観客判る)、同時に、

アリョーシャ(笑顔で)「持ちましょう!」

と言い、鞄をアリョーシャが取り上げて、右肩に背負う――と――その瞬間だけ兵士の足元が見える。左足がない(但し、兵士がロング・コートを着ていること、片足だけが見えたと思った途端に手前を人々が荷物を持って右から次々と中間距離の位置にインして、最も手前位置には、逆に左からの歩行者が錯綜し、カメラが左に移動すると、待っている家族らしい一段が左から中間位置にインすること等から、実際にはこのショットでは兵士の下半身が殆んど映らず、両松葉杖で左に移動する兵士の下半身は殆んどが遮られていて、確かに彼の左足がないのだというのは実は判然とはしない。ここでは、わざとそうした複雑なモブ・シーン構成を行って、意図的に、彼の片足がないことを漸層的に演出して撮影していることが判る、というより、これは監督やカメラマンの、この傷(心身ともに)を負った兵士に対する優しい眼差しの起動でもあるのである)

左へ向かって移動する(カメラも同期)二人。アリョーシャは以降、概ね、兵士の顔を見ながら笑顔を絶やさない(決して兵士の下半身に目を向けない)。

なお、ここのカメラの左移動の際、駅舎の一部が彼らの背後に見え、その切妻部分には「KAMEPA ZPAHEHИЯ」、その後ろに上下二行で「PYЧHOИ KЛAДИ」という文字が読めるが、この「KAMEPA ZPAHEHИЯ」は「荷物預かり所」、「PYЧHOИ KЛAДИ」は「手荷物」の意味であり、観客にはここでロケーションが駅前であることが判然とするようになっている。

 

□12 駅構内の通路からホームへ

右奥からくる二人。

アリョーシャ「どこまで行かれんですか?」

兵士「ボリソフ――」

アリョーシャ「僕もそこで乗り換えです! ご帰郷ですか?」

兵士「傷病除隊だ。」

アリョーシャ「僕は帰郷なんです、運が良くって。」

ここで二人、ホームに着き、アリョーシャ、鞄を下す。

アリョーシャ「途中までお供します。」

兵士「あぁ……」

兵士「ありがとう、あぁ、ありがとう。」

アリョーシャ「お宅までお送りしますよ!」

兵士「駅まで迎えが来るんだ――」

アリョーシャ「奥さん?」

兵士「……そう、妻だ。……」

兵士(後方左を振り返って)「鞄を見てて呉れ。電報を打ってくる。」

兵士、今来た通路のホーム側にある「ПOЧTA TEЛEГPAФ」(左柱にあり、「郵便局」と「電信局」の意)の「BXOД」(上部にある。「入口」の意)へと向かって入って行く(カメラはパンしながら後を追ってやや正面左手で止まる。ここでカットが入るが、次のシーンの頭は、直ぐに左から通行人がインして、ワイプのような効果を出しており、カメラ位置も入口正面と殆んど変わらない。これは上手い編集である)。

[やぶちゃん注:「ボリソフ」現在のベラルーシのミンスク州ボリソフ(Барысаў)地区にある都市。ここ(グーグル・マップ・データ)。]

 

□13 ホームの電信局の前

正面のホーム側に、アリョーシャ、兵士の鞄の上に腰を降ろし、待つ。

アリョーシャ、ふと、雑嚢を開けると、さっき買ったプラトークを出して眺め、微笑む。(その最後の部分にオフで汽車の汽笛の音がかぶり)

 

□14 ホーム(乗客をなめて一点透視で)

奥から近づいてくる機関車、人々は乗る準備に動く。(前からの汽笛の音に機関音)

左から右へ乗るために移動するホームの人々。(モブのざわめき)

最初のカメラ位置で到着する機関車と、ホーム上を急ぐ人々。(機関音とざわめきがダブる)

 

■やぶちゃんの評釈

 「13」の2ショット目は人々の背後にホームの線路の向う側が見えており、配置上では全体が反転していないとおかしいのだが、恐らくこれは、汽車が来るそれと、人々の進行するそれのベクトルを全く同じ向きにすることによって、この後のシークエンスでアリョーシャが襲われることになる焦燥感を読者に強調するための確信犯と思われれる。

 

□15 ホーム

左からインする機関車と、下方に吹き出す蒸気。中央に立ち上っているアリョーシャ。汽車が着いてしまったのに、兵士が戻って来ないことに焦った表情で、後ろの電信局の方を振り返る。彼の鞄を取り、茫然と汽車の方を見る。

汽車から降りる乗客。ひどく、ごった返している。

身を翻すアリョーシャ(頭部のみのアップからカメラが引いて電信局から乗り遅れまいとして走り出す群衆へパン)、手前にちょっと立ち止まったアリョーシャ、汽車を見返り、電信局の入り口へ体を戻すと、人を吐き出している、そこに向かって、がむしゃらに突進する。

 

□16 電信局の内部(郵便局があってその奥にそれがあるという設定か)

人気は少ない。窓口の列を左奥に向かってなめて、画面右手一番手前の窓口に、あの兵士が松葉杖を一本置き、口の辺りに右手の拳を当てて、ピクリとも動かずにいる。その顔の直ぐ下方の窓口に台上には、電信紙らしきものが見える。

奥の扉を突き開くように入ってくるアリョーシャ。兵士の背後に立って口を尖らすように、息せき切って叫ぶ。

アリョーシャ「どうしたんですかッツ?! 列車が来てますよッツ!」

兵士(静かに、アリョーシャを見るでもなく、カメラ正面に軽く顏を振った感じで)「どうしたって?……」

アリョーシャ「『どうした』って?! みんな、もう乗り込んでるんですよッツ!」

兵士「……俺は置いて……置いて行ってくれ……」

アリョーシャ、茫然とする。気持ちを落ち着けて、兵士の背に優しく左手を添えて、

アリョーシャ「……どうかしたんですか?……」

兵士(右手を口から離して開き、アリョーシャを振り返って、強く叫ぶ)「お前はどうして欲しいって言うんだッツ! 俺に構うなッツ! ほっといてくれッツ!!」

この激しい声に、兵士の影になっていてここまで全くその存在が見えなかった、中景の窓口に座っていたらしい若い婦人が立ち上がって二人の方(兵士の方)へ視線を向け、見詰め始めるのが見えるようになる。

兵士、鬱々とした表情のまま、松葉杖に手を置いて向き戻る。

アリョーシャ(如何にも少年らしい素直な不満の雰囲気を以って、悲しげに)「……人に鞄を頼んでおいて……いいですよ、僕は行きます……」

兵士(鞄を持ち上げかけたアリョーシャの右の二の腕を右手で握って、穏やかに)「悪かった、怒るな……辛いんだよ…………」

兵士(握ったアリョーシャの腕を穏やかに握り握りしつつ、電信紙に目を落して)「電文を書いた……(振り返ってアリョーシャを見詰めて)『カエラナイ』って…………」

アリョーシャ「どうして……」

兵士「仕方がないんだ……(アリョーシャからカメラ下方向に目を落として)彼女は美人で、俺は嫉妬深い……(アリョーシャを見詰めて)戦争の前も上手くいってなかったのさ……」

ここでカットが入り、先の中景の窓口の女性の、窓口の外からのやや上を切ったバスト・ショットとなり、それに、

(オフで)兵士「俺はそれ、このありさまなんだ! 俺には判ってる。」

が被る。女性は黙ってそれを聴いている。悲愴な眼を下に落とす。[やぶちゃん注:この「俺はそれ、このありさまなんだ!」という台詞は或いは「俺は片輪だ。」という現行では差別用語である謂いである可能性があるらしいが(入手した私家版字幕)、ロシア語字幕で見てもそうした単語を見出せなかったので、諸重訳から、かく訳しておいた。]

前の二人の位置に戻るが、フレームはより近寄っていて電信紙などは見えず、

兵士「……彼女は俺の面倒を見てくれる……しかし……それはもう、『生活』じゃあ、ないんだ……(ここでアリョーシャを見る)だろ?」

アリョーシャ「……僕には……分りません……」

兵士「……あぁ……(一人合点し、眼を落として)……馬鹿な話さ…………」

兵士、松葉杖を執り、中景の彼女のいる窓口へと向かう(窓口は幾つもあるが、今はもう電信係は彼女独りだけなのであろう)。その後ろから、

アリョーシャ「……あの……」

兵士(振り返る)「どうした?」

アリョーシャ「……これから、どうするんですか?」

兵士「……ロシアは、広いさ……」

兵士、窓口に向き、電信紙を差し出す。

フレーム、左半強を兵士の背と右顔側面とし、右に電信係の女性。

電信係の女性「弱虫! 弱虫!! 金輪際! 電報なんて打ちません!!……そんな電報、卑怯よ! 卑劣よ、卑劣過ぎるわ!!!」(彼女はそのまま座って泣き崩れる)

俯瞰アップで右半分強を兵士の正面でピント、左奥にアリョーシャがぼけて配され、兵士は黙ったまま、項垂れてしまう。そこに発車の汽笛がオフで入り、アリョーシャが左に顔を向け、口を軽く開いて『ああ、行ってしまった』という感じの表情をする。そこに、列車の動いてゆく影が映り込む。

切り返して、左手前にアリョーシャ、中景に兵士、右奥に右手で頭を押さえて泣いている電信係の女性を配し、その向うの壁の上方に、ホーム側の窓の丸くなったシルエットが映り、列車客車の天井の突起(通気乞孔か)の列の影が、ゆっくりと動いてゆく。

また、前に切り返し、フレームが接近し、兵士が右手を挙げて、持った電信紙をゆっくりと握りつぶす(音有り)。それを今度はかなりピントが合った状態で、それを左背後で、下し見るアリョーシャから、フレームはその電信紙を握り潰した兵士の手に下がってゆく。握り潰したその手は指を開いて、新しい電信紙をまさぐる。遠ざかり行く列車の音。F・O・。

■やぶちゃんの評釈

 以下、相当する「文学シナリオ」を示す。

   《引用開始》

 アレクセイは駅に走って行く。彼はトランクやバッグをもった人々を追い越して行く。みんな急いで行く。

 アレクセイの前を、危なげに松葉杖にすがりながら一本足の傷兵がとぼとぼ歩いて行く。松葉杖がトランクを持って歩くのを邪魔する。彼は止まって、トランクを地面に置き、額から汗をぬぐう。

 彼に追いつくと、アレクセイは笑顔で申し出る。

 ――お手伝いさせて下さい。

 彼は傷兵のトランクを持ち上げる。その人は、妨げることなく彼の申し出を受け入れる。

 ――どこヘ行くのですか。

 アレクセイは歩きながら聞く。

 ――ボリソフへ。

 ――家へ帰るのですか。

 ――そうです。復員したのです……。

 ――私も休暇で家に帰るのです。それは運が良かった。

 アレクセイは、単刀直入に朗らかに話した。

 傷兵は注意深く彼を眺めた。

 ――運がいいって。

 ――そうです。まったく不思議なくらい巧く行くのです。我々はボリソフまで同行するということです。……

 二人はプラットホームに入った。こっちは人々で溢れていた。

 突然、彼はアレクセイに言った。

 ――ちょっと、ここで待って下さい。電報を打たねばなりません。電報を打って来ます。

 そして松葉杖を鳴らしながら、駅の建物に入って行った。

 アレクセイは彼の後ろ姿を見送り、トランクを降ろして待っていた。彼の傍らを、興奮した旅客が右往左往していた。彼は彼らを観察した。

 ……プラットホームの動揺は激しくなった。みんなが、プラットホームの端を見つめていた。そこから汽車が現れた。アレクセイも心配になってきた。彼はそわそわ落ち着きなく、傷兵が消えて行った駅の建物の扉と汽車を代わる代わる眺めた。

 ……乗車が始まった。旅客始まった客車に殺到した。これ以上待つことは出来なかった。トランクを取り上げると、アレクセイは傷兵を探しに行くことに決めた。彼は群れをなした旅客をかき分けて行った。人々は彼を扉から遠のけた。彼に罵詈雑言を浴びせた。しかし彼は、ホールの中の人々を押し分けて行った。ベンチや床の上に腰掛けた人々の傍らを通って、出札口の人々の塊を押し退けて。とうとう〈郵便・電報〉と書いた板がつるされた扉にたどり着いた。

 アレクセイは扉を開けた。

 電報室の空々しい部屋の中に、長い机があり、その端のベンチに傷兵が座っていた。彼は深刻な顔付きで思いに沈んでいた。彼退ける前の机には、頼信紙が置かれていた。何枚かクチャクチャに丸められた用紙が散らばっていた。

 ――どうしたんですか。あなた! 汽車は到着しました。みんな乗車しています。どうするんですか!

 傷兵はゆっくりと頭を持ち上げた。アレクセイは彼の目を見た。その目は、空しく、何とも言えぬ悩みに溢れていた。

 ――どうしてですか。

 傷兵は静かに聞いた。

 ――行かねばならないのです……。私はあそこであなたのトランクを預かっていたのです。そして、あなたは……。

 傷兵はずっと静かに聞いていた。

 ――行って下さい。私は乗りません。

 やっと口を開いて彼は言った。そうして、頭を垂れると、堅く握った拳を頭に乗せた。

 アレクセイは行くことも出来ず、じりじりしていた。

 ――あなたはどうするんですか。

 彼は傷兵の肩に手をかけ、心配して聞いた。

 傷兵はきっと顔を向けて叫んだ。

 ――何の必要があるんです!……何で私に言い掛かりをつけるんです。早く行って下さい。

 彼はそっぽを向いた。

 小窓に通信士の顔が現れた。

 アレクセイは腹を立ててぶつぶつ言った。

 ――早く〈行け〉だって……。私はトランクを持ってあそこにいたんです。しかし、あなたは……。よろしい、私は行こう。

 しかし傷兵は突然振り向いて彼の手をつかまえ、激しく言った。

 ――許して下さい。親切な人! 私は辛いのです。ここで妻に帰らないと電報を打つのです。彼女に会わないように、彼女が私を待たないように。

 ――何故ですか。

 ――そうしなければならないのです。

 窓の外で合図の鐘が鳴り、汽笛が響いた。壁に沿って、列車の影が動き出した。

 ――彼女は美しく、我が儘です。戦争が始まるまでも、私たちの間はうまくいかなかったのです。しかも、今、私は……。

 彼は松葉杖を顎で示した。アレクセイは何か言おうと思った。

 ――黙って! 私はすべて分かっている。彼女は善良です。将来も私と生活するでしょう。しかしそれは、もう生活というようなものではないでしょう。分かりますか。一度にケリを付けた方がいい! 一回の精神的打撃で。そうすれば彼女も幸せになるだろう。私も駄目にならないだろう。分かりましたか。

 アレクセイは沈黙した。

 ――ロシアは広大です。どこへ行っても、仕事を発見し、生活できるでしょう。

 傷兵は横を向きながら話した。

 ――私は分からない。

 アレクセイは言った。そうして考えた。彼の顔を影が揺れて行く。走り過ぎて行く列車の姿が窓に映っていた。

 傷兵は長い間座っていたが、最後に結論を出すように話した。

 ――これがすべてです………こうするのが一番よいのです。

 彼はうなづくと、机から頼信紙を取り、受付口に歩いて行った。がらんとした部屋の静寂にコツコツコツと三度、彼の松葉杖が鳴った。

 彼は小窓に頼信紙を差し出した。

 ――お願いします。

 不器量な若い女の通信手は、興奮しながら頼信紙を取ると、それを手に持ったまま、突然、よく聞き取れぬ声で言った。

 ――私はこの電報を打ちません。

 ――何だって。

 意味が飲み込めない傷兵は、静かに聞き返した。

 通信手は立ち上がった。

 ――私はこの電報を打ちません!……あなたは、全く嘘つきです。それは卑劣です。卑劣です。そう考えるなんて卑劣です。 彼女の目には涙があふれていた。

 ――あなたをみんなが待っています。みんな苦しんでいます。それなのに、あなたは……。それは卑劣です。こんな! こんな! こんな! さあ! 何とでも私にして下さい。

 最後の言葉を繰り返しながら、彼女は頼信紙をちりぢりに引きちぎった。

 彼女は黙りこくった。

 傷兵はこの攻撃に仰天し、動揺して顔をしかめ、頭を伏せた。

 ――そうです!

 アレクセイの嬉しそうな叫び声が、静寂を破って甲高く響いた。彼は通信手に手を伸ばした。

 ――頼信紙を下さい……書き換えます。会えるように!……。

   《引用終了》

本作の最初の忘れ難いクライマックスは、ほぼシナリオ通りに再現されていることが、これで判るのである。

 

 

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