彼は手頸に珠數を懸けてゐました。私がそれは何のためだと尋ねたら、彼は親指で一つ二つと勘定する眞似をして見せました。彼は斯うして日に何遍も珠數(じゆず)の輪を勘定するらしかつたのです。たゞし其意味は私には解りません。圓い輪になつてゐるものを一粒づゝ數へて行けば、何處迄數へて行つても終局はありません。Kはどんな所で何んな心持がして、爪繰(つまぐ)る手を留(と)めたでせう。詰らない事ですが、私はよくそれを思ふのです。
(夏目漱石「こゝろ」より)
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