明恵上人夢記 80
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一、十二月の夜、夢に又、馬、有り。嶮難を能く過ぎ、道を知りて、外(そと)より此の住房に來る。不具の人、此の馬好相の、かく道を知れるが故に、苦しみ有るべからずと思ふ。
[やぶちゃん注:これは直前の「79」を受けてこその「夢に又」であるから、承久二年十二月(同年旧暦十二月は既に六日でユリウス暦一二二一年一月一日、グレゴリオ暦換算で一月八日)のある夜の夢と採ってよい。なお、「此の馬好相」の「好相」は「此の馬」の左に小さく打たれてあると採った。底本では行が詰まっていて、次の「81」条の日付(「十二月三四日」の「三四」)の右に附されているようにも見えるが、日付にかく附すのはおかしいし、次の「81」の内容とも「好相」は合わないので、かく処理した。ここで注してしまうと、「好相」は「かうさう(こうそう)」或いは「がうさう(ごうそう)」と読み、「将来、良いことがあることを示す立派な姿」或いは「良い事のある前兆」又は「悟りが得られる兆し」を意味する。ここは――この馬がそのような瑞兆の相を具備している――という補注(訳では【 】で示した)であると私は採るのである。
「不具の人、此の馬の、かく道を知れるが故に、苦しみ有るべからずと思ふ」これは夢の中に「不具の人」が登場し、しかも以下のように思っているなどという意味に採ることは無理がある。明恵の今までの夢記述の筆記法ではそのような荒っぽい簡略や圧縮は殆んど見られない。であれば、この一文全体は謂わば、夢の中で明恵がその馬の来訪と様態を見ながら、観想した心内語と採るべきものと考える。それでこそ「79」夢に続いて正法(しょうぼう)が明恵に感得させた真理として腑に落ちるのである。而してその観想を思うなら、この「不具の人」とは狭義の身体の不自由な人ではあり得ず、まさに正法を未だ知ることが出来ずにいるはずの多くの衆生を指しているのであり、そうした衆生が――「此の馬の、かく道を知れる」のと同様に「苦しみ」を感ずることなしに、私とともに正法の世界へと導かれるのであるという正覚(しょうがく)を夢の中の明恵が感じていると読むべきものと私は思う。]
□やぶちゃん現代語訳
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承久二年十二月の或る夜、こんな夢を見た――
前月二十日に見のと同じく、夢の中に、またしても、馬がいる。
馬は、嶮(けわ)しく危い尾根を如何にも軽々と過(よ)ぎって――まさに正しき「道」を知って――この私のいる寺の外界より、この私の修行している住房へと、現にやって来ている、のである。
その時、私は瞬時に、
『そうだ! 正法(しょうぼう)を未だ知らぬ人々も――この馬【如何にも瑞兆を示す好相を示している馬なのであった】が、かくも道を知ってやって来たように――何らの苦しみを怖れることなく――何らの苦しみを少しも感ずることなどなく――ここにともに「在る」ことが出来るのだ!』
と確かに思ったのである。

