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2019/07/29

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 11 エピソード2 シューラ(Ⅴ) 石鹸 或いは 怒れるアリョーシャ

 

□134 ウズロヴァヤ駅近くの市街の道

石畳の車道と整備された歩道もある。

緩やかに右にカーブし、下っている。

歩道にはしかし、対戦車用のバリケードが二基、画面中央の歩道と車道にかかって一基、置かれてある。

左の歩道を向う歩いて行く民間の婦人が二人ほど見え、奥の坂の下の方の車道では、子どもが三人、遊んでいる。

その奥の右からアリョーシャとシューラが走ってきて、左の歩道を歩いている一人の婦人を呼びとめてチェホフ街を尋ねている様子だが、その人は判らないようだ。次に手前の婦人に駆け寄り、また、尋ねる。婦人は振り返ってこちら側の右手の方をまず指さし、次いで横に振る。二人、礼をし、こちらへ走り抜ける。最初、シューラがアリョーシャを越す。彼女も元気一杯だ。(「133」末からかかっている標題音楽以外には二人の跫音のみ。台詞はない)

 

□135 街路1

飛散防止用の「×」テープを窓ガラスに張った古いレンガの建物(右手前から奥へ)とタイル張りの歩道。

奥からアリョーシャとシューラが並んで歩道を走ってくる。走りながら(ここから、カメラ、一緒に右方向に移動)

シューラ「そのパヴロフって、あなたのお友達なの?」

アリョーシャ「いや。途中で、偶然、託されたんだ。 前線に補充される部隊の人だ。」

角を曲がったところで、二人、街路表示を見上げる(表示板は見えない)。

アリョーシャ「この辺りだ!」

アリョーシャ「確かに、駅に近いわ!」

向う側の歩道へ走る。すれ違って婦人と少女がこちらに抜ける。

 

□136 街路2

左手奥に建物、手手前二に歩道と車道(石畳で路面電車のレールが埋め込まれてある)。しかし、その建物のこちら側は、空爆で完全に灰燼となって、今も燻って煙が立ち上っている。

奥の歩道を二人が走ってくる。

カメラ、後ろにトラック・バック。

手前の車道内に木製のバリケードがあり、それを舐めながら移動。

焼け跡のこちら側の建物の壁には「⇒」型の表示があり、その中には「БОМБОУБЕЖИЩЕ」と書かれている。これは「防空壕」の意である。

走る二人。カメラを追い越して、カメラは後姿を追い、交差する街路に出る。街路の右手はバリケードで封鎖されている。その端の正面が目的地のはず

――だが

――そこは

――空爆で瓦礫の山と化していた……

 

□137 その瓦礫の前に立ち竦む二人

右半ばから左手にかけて材木が傾いてある。

アリョーシャ「おばあさん!」

 

□138 灰燼の中を杖で使えそうなものを探している老婦人

老婦人、振り返って(身なりはそう悪くない)、

アリョーシャ(オフで)「おばあさん、7番地はどこですか?」

老婦人「ここよ。」

と杖で目の前を指し、再び背を向けるが、直きに振り返って、二人のところへやってくる。(カメラ、後退して二人(背中。バスト・ショット)が左手からイン)二人と老婦人の間には倒れた木材が腰位置で塞いでいる。

老婦人「誰に会いに来たの?」

アリョーシャ「パヴロフさんです。」

老婦人(笑顔で)「生きてる! 生きてるわよ! リーザとおじいさんの、どっちに?」

アリョーシャ「エリザベータ・ペトローヴナさんです。」

老婦人「彼女はセミョーノフスカヤ通りにいて、おじいさんは避難所よ。」

アリョーシャ「近いですか?」

老婦人「孫に案内させるわ! ミーチャ!」

カメラ、前進して二人を左にアウトし、老婦人とその右下の半地下のようなところを映す。

ミーチャ「おばあちゃん! これ、見てよ! ほら!」

少年ミーチャ、その半地下の中から、もう一人の子と一緒に出てくる。手に丸い置き時計を持っている。カメラ、後退して二人をまたインし、ミーチャはその前に立つ。

老婦人(ミーチャに)「ミーチャ、この人たちをエリザベータ・ペトローブナのところへ案内しておあげ! 前線からいらしたのよ!」

ミーチャ、時計が動くかどうかを試して、

――ジジジジジジ!

ベルが鳴り響く。それにかぶるように、

シューラ(ミーチャに)「彼、汽車の発車時間に遅れてしまうかも知れないの! お願い! 急いで!」

ミーチャ「行(ゆ)こ!」

ミーチャ、材木を潜って走り出て左にアウトし、二人(微笑んでいる)も後を追ってアウト、老婆は笑って頷いて(二人が礼をしているのを受けたものであろう)、見送る。

[やぶちゃん注:まずはベルの音は「汽車の発車時間」に応ずるアイテムとして機能しているが、本シークエンスでは以下、要所で非常に重要な役割を担う小道具である。]

 

□139 階段の踊り場

一人の少年が中央の手摺りのところでシャボン玉を吹いている。ストローの先の膨らんだシャボン玉をゆっくりと上げて、中に舞い落とす。

 

□140 その下の二階の踊り場から建物の入り口の映像(1カット)

シャボン玉が落ちてくる。

入口から少年ミーシャ、アリョーシャ、シューラの順に走り入って、階段を走り登る。右手に上に回り込む階段であるが、カメラは少し左に移動する。最後のシューラが、落ちてくるシャボン玉(三つ目)を見つけて、その踊り場のところで微笑みながら、両手でそれを受ける。

□141 階段の踊り場(「139」と同じ)

少年、手摺りから下を覗いて、

少年「そこの人! 僕のシャボン玉に触るな!」

と叫ぶ。

 

□142 二階踊り場

手前、シューラは何もかも忘れたように、なおも、落ちてくるシャボン玉を両手で受け取ろうとしている。

三階に上がる階段の途中のアリョーシャ、シャボン玉の少年を振り仰いで、

アリョーシャ「おい、坊や! パブロヴァさんちはどこだい?」

と尋ねる。(アリョーシャの振り仰いでいる感じから、シャボン玉の少年は四階の踊り場におり、以下のシーンから、その上の五階がリーザのいる部屋と推定される)

[やぶちゃん注:シューラの純真無垢な天使のようなその仕草は、私、偏愛の名シークエンスである。]

 

□143 階段の踊り場

シャボン玉の少年、今、一階上を指さし、

少年「も一つ上がったところだよ。」

 

□144 二階踊り場

立ち止まっていた、ミーシャ少年(三階踊り場手摺り)、アリョーシャ(二階から三階への階段の上方)、二階踊り場のシューラが一斉に登り始める。

また、シャボン玉が、降る。

 

□145 シャボン玉少年のいる踊り場(構図は前と同じ)

シャボン玉の少年の背後を、ミーシャ少年、アリョーシャ、シューラが走り抜ける。

シャボン玉の少年、それを笑って見送るが、すぐにミーチャ少年が、降りてきて、シャボン玉の少年と一緒に、アリョーシャとシューラを見上げる。

 

□146 リーザ(エリザヴェータ)の部屋の前(部屋番号「5」)

右手の壁に子どものチョークの稚拙な落書き(後で、一度、去った際に全体が見えるが、あるいはアリョーシャが被っているような三角形の略式兵帽を被った兵士か)。

呼び鈴を鳴らすアリョーシャ。シューラ、踊り場の手摺り位置で控えている。(次のシーンの台詞がオフで終わりにかぶり)、アリョーシャとシューラがそちらを向くところでカット。

 

□147 下の踊り場

見上げていたシャボン玉の少年が(ミーシャ少年はその左にいてシャボン玉少年を見ている)、

シャボン玉少年「ノックしないとだめだよ、ベル、鳴らないんだ。」

と注意してくれる。(この台詞の頭は前の「146」の最後にオフで入っている)

[やぶちゃん注:何気ない展開と編集だが、とても、いい。アリョーシャの緊張感のリズムや、順調な展開を上手く壊す効果がある。そう――しかし――これから壊れるのは――そればかりではないのだ。]

 

□148 リーザの部屋の前

アリョーシャ、軽く、しかし多数、扉を連打する。

出てこない。

アリョーシャ、再び、連打する。

扉が開く。

アリョーシャ「私たちはエリザヴェータ・ペトローヴナさんに面会に参りました。」

リーザ「私よ。――どうぞ。」

 

□149 リーザの部屋の中

内側から入口を撮る。アリョーシャ、レディ・ファーストでシューラを先に入れる。扉を閉じると、

リーザ「……もしかして……」

[やぶちゃん注:アリョーシャの若さと軍服から推測してである。]

アリョーシャ「あ! はい! 私は前線からやって参りました! 贈り物をお届けに!」

リーザ、コートをコート掛けに掛けるように手で誘い、アリョーシャは自分で、シューラのはリーザが受けて、掛け、その際にアリョーシャを見ながら、

リーザ「……贈り物、って……パヴロフから?……」

アリョーシャ「はい!」

リーザ、一瞬、固まって、目を落し、やや慌てた様子で、

リーザ「……さあ、どうぞ!……奥へ……」

と招く。

カメラ、後退して、左手の居間に、リーザ、シューラ、アリョーシャの順で向かう。

 

□150 居間(兼ダイニング・キッチン風)

入った右手壁位置から。奥にカーテンで半分隠れた部屋がある。その中間にはピアノも置かれている。

手前の食卓の一つの椅子に掛かっていた男ものの上着(背広か)を素早く取り上げると、

リーザ「……ちょっと待っててね。……戻りますから、すぐにね……」

と言って、奥の部屋へと入って行く。

 

□151 居間

立って待っている二人(左手前から)。アリョーシャ(右)とシューラ(ひだり)。

シューラは、既に部屋に入った時から、何か違和感を感じていた様子で、表情が硬かった(女同士の第六感というやつである)。

ここでもアリョーシャの横から、如何にも曇った顔つきを送っているのである。

アリョーシャもそれに気づいて、その感じを咎め、「こら!」という感じで、左手で宙を払って、無言で注意する。

……しかし……二人の前の……その居間を眺める……と……

 

□152 居間の食卓

綺麗な食器が二人分が並んでセットされている。綺麗なティー・ポットに大きな黒パン、戦時の貧しい庶民の食卓では、凡そ、ない。

[やぶちゃん注:いや、ここの部屋の中そのものが、みな、贅沢なものばかりではないか! 石鹸だって高級品を使っているさ、アリョーシャ!]

奥から忍びやかに語る声が、そこにオフで、かぶる。

リーザ「……パヴロフの使いという人が訪ねて来たのよ。……どうしましょう?……」

 

□151 立っているアリョーシャとシューラ

アリョーシャ、思わず、向きを変える。

 

□152 居間のカウチと椅子(アリョーシャが向きを変えたと思うところ)

開いた本を置いたカウチ(今まで誰かが、そこに寝そべっていたようなニュアンス)。カウチの下には乱暴に履き潰したスリッパ(男物としか思えない)。灰皿にパイプと男物の大きな腕時計。(今一つあるものはよく判らない。男物の昔風の皮革製のブリーフ・ケースのようにも見える)

男「そいつにほんとうのことを話せよ!」

リーザ「そんなこと、無理よ!」

 

□153 立っているアリョーシャとシューラ

アリョーシャは奥を向いて眼も空ろ、果ては下唇をかみしめたりする。

シューラも暗い顔で奥を見つつ、体が左右にかすかに振れていて、心の動揺が見てとれる。というより、既にしてアリョーシャの真っ直ぐな心根を知っている彼女は、アリョーシャを襲っている衝撃を考えると、心配で落ちついていられないのだ、ととるのがより正しいであろう。

男「どのみち、奴にゃ、知れちまうことなんだ!」(オフの声少し大きくなる)

リーザ「今は、いや!」

男「勝手にしろ!」

 

□154 居間(「150」と同じアングル)

リーザ、奥の部屋から出てくる。

シューラは完全に伏し目になって完全に肩を落としている。

[やぶちゃん注:アリョーシャの怒りの強烈さが判っているからである。逢って間もないけれども、今や、シューラは完全にアリョーシャと共感状態にある。アリョーシャの痛みはシューラの痛みなのである。

リーザは如何にも如才ない。落着き払って、

リーザ「……ごめんなさいね、……あんまり突然のことだったので。……前線からいらしたの?」

アリョーシャ「そうです! 前線から!」

アリョーシャ、雑嚢を食卓の上へ無造作に、

――どん!

と置く。

 

□155 居間

リーザの左から前方位置から、リーザの頭胸部を舐めて、アリョーシャを撮る。アリョーシャは、今までに見せたことのない鋭い目つきで、

アリョーシャ「私はあなたの御主人に頼まれました。――これを渡してくれ――と!」

乱暴に雑嚢から石鹸二個を取り出し、食卓に

――ドン!

と乱暴に置き、鋭く奥の部屋を一瞥して顔を戻す。

リーザ「……これは……何?……」

アリョーシャ「石鹸、ですよ!」

 

□155 居間(最初位置から)

リーザ「あぁ、石鹸ね(如何にも「なあんだ」という感じで微苦笑して)……ありがとう。……お茶でも、いかが?」

シューラ、アリョーシャの背後ですっかり沈んでいる。

アリョーシャ(毅然として冷厳に。怒りを抑えに抑えて)「いいえ! 結構です! 私達は、もう去るべきです!」

リーザ「なぜ?」

アリョーシャ「私にはもう時間がないからですよ!」

居間を去る二人。

 

□156 入口

コート掛けから奥のカットで。

シューラ、先にコートを取って、右にアウト。

アリョーシャ、帽子をかぶってコートを取って出ようとするところで、リーザ、右手前で右手でアリョーシャの左腕をとって、止め、

リーザ「話して。…………あの人……どうしてます?……」

アリョーシャ(冷厳に)「彼は元気にしています! 彼はあなたのことを、とっても気に掛けています!!」

リーザ、淋しそうに頷き、目を落とし、

リーザ「……ありがとう。…………」

アリョーシャ、右にアウトし、それを淋しげな目で見送るリーザ。

 

□157 リーザの家の前

下りの階段の手摺りの外から撮る。

シューラが出、アリョーシャも出たところで、ドアの支柱を摑んで、

リーザ「ここで見たことは…………彼には話さないで。…………」

と懇願する。

シューラ、階段を一段降りたところで、壁に凭れ、伏し目となる。

 

□158 アリョーシャの右顎を舐めて支柱に手を掛けたリーザ

リーザ「……でも……話すべきかしら…………そんな眼で見ないで…………あなたは……これを理解できるほどには……歳をとってないのよ…………」

アリョーシャ、むっとして無言で階段を駆け下りる。後を追うシューラ。

見送るリーザ。茫然と固まっている。

[やぶちゃん注:このリーザの台詞は純真な若者にとってはメルトダウンものに忌まわしい予言なのである。遠い若き日の私だったら、この女を確実に殴っていた。それが性愛の本質的通性なら、他者を愛することは不道徳というテロリストの導火線に他ならない。いや。ここではまさにアリョーシャの炉心をまさに爆発させてしまうのである。]

 

□159 すぐ下の四階踊り場

二人の少年が待っている。今度は、案内してくれたミーシャ少年がシャボン玉を下に向かって吹いている。その右のシャボン玉少年は、さっきの焼け跡からミーシャが探し出した時計を弄っている。

その背後をアリョーシャ、シューラが降りて行く。

 

□160 リーザの家の前(「158」と同アングル)

リーザ、前のまま固まって目を落としていたが、ゆっくりとドアを閉じる。

そこに、オフで、シャボン玉少年が弄っていた時計の

――ジジジジジジ

と鳴る音がする。

[やぶちゃん注:この時計の音は最早、時間の切迫のみの表象ではない。「ジジジジジジ!」と燃えてゆくアリョーシャの魂というダイナマイトへの導火線の燃える音である。]

 

□161 階段を駆け下りる二人

左下にアリョーシャが消え、シューラが廻り込んだところに、上からシャボン玉が二つ落ちてくる。

淋しい顔をしたシューラが、右手で大きなそれを受ける。

シャボン玉、消える――

 

□162 階段を駆け下りる二人

前の映像から見ると、二階と三階の間。

突然、アリョーシャが立ち止り、シューラも止まらざるを得ない。

アリョーシャ、

――ちらっ!

とシューラを見帰り、即座に、

――上を見上げる!

アリョーシャ、コートを手摺りに掛けると、猛然とダッシュして戻ってゆく。

シューラ、振り返って数段登るが、そこで立ち止まって上を見上げる。

[やぶちゃん注:ここはライティングが素晴らしい。則ち、右側の階段の壁にシューラの影が映し出されるのである。これは建物の構造からは自然光りではあり得ない。明らかに階段の下方から照明を当てて、演出している。しかしこれは私は美事な演出処理と思う。]

 

□163 踊り場

馬車馬のように廻ってゆくアリョーシャ。

 

□164 少年二人のいる踊り場

背後を走り登ってゆくアリョーシャを、見上げる少年二人。

(オフで)激しくドアを叩く音。

少年二人、呆気にとられている。

 

□165 見上げるシューラ(「162」の最後の位置)

[やぶちゃん注:先の照明処理が利いて、立ち尽くして上を仰ぐシューラ、と黒い立ち尽くす壁のシューラのそれが、強い心理的効果(アリョーシャの怒りの持つネガティヴな憤怒)を演出しているのだ。

 

□166 リーザの家の居間(食卓の奥から)

居間の開いたドアのところに立ち尽くしているリーザ。

食卓には、開いた包紙の上の二つの石鹸。

そこにアリョーシャが激しい息遣いで飛び込んくる!

アリョーシャ、雑嚢を開いて左手に持ち、背後のリーザをにらみつけた状態で、食卓の上の二つの石鹸を右手で摑んで叩きつけるように投げ入れ、そして、

――ハッ!

と振り返って、最後に、食卓の上の包み紙も投げ入れる!

雑嚢の口を縛ると、アリョーシャは無言で出て行ってしまう。

リーザ、固まったまま、絶望的な眼をして、無言で見送る。F・O・。

 

□166 両開きのドアと体操器具の置かれた部屋(内側)

学校の体育館のようである。右に段違い平行棒、左上に吊り輪の一部が見え、その下に鞍馬が置かれてある。その左端にはベッドの一部が見え、子どもが臥せっているのも見える。

ミーシャ少年(例の大事なアイテムである時計を持っている)が、アリョーシャとシューラを連れて入ってくる。恐らく、アリョーシャがミーシャに頼んで連れてきてもらったのである。無論、ここはミーシャ少年の祖母が言った、パヴロフ氏のいる緊急「避難所」なのである。器具から見て、高等専門学校の体育館か。

 

□167 避難所(体育館)

赤ん坊も含めて民間人が何人もいる。奥にはベットが見え、ヘッド・ソファを上げて人が横になっているのも見える。周囲の壁には肋木が設置されており、本来は専門の体育実技を教える学校の体育館であることが判然とする(壁には肋木がびっちりと配されてある。但し、ちょっと小さ目である)。左手に炊き出しの鍋が机の上に置かれてあり、その横に立つ老婦人(少女を前に支えている)がアリョーシャに向かって、

老婦人(不安げに)「何の御用でしょう?」

[やぶちゃん注:突然に入ってのが、若い現役兵士だったから、軍事徴発や退去命令などかと戸惑ったのであろう。]

アリョーシャ(丁寧に優しく)「パヴロフさんを探しています。」

ミーシャ少年(大きな声で)「ヴァシリー・イェゴロビッチだよ!」

すると、まさに中央の奥のそのベッドに横になっている人物が、自ら声を挙げる。

パヴロフ([やぶちゃん注:石鹸を預かったセルゲイの実父である。])「そりゃあ、儂(わし)じゃ! あぁ! セルゲイが寄こしたお人か?!」

 

□168 パヴロフのベッド(後ろから)

パヴロフ、興奮して起き上がろうとするのを、側にいる看護をしているらしい少女が押しとどめる。

アリョーシャ、ベットへ駆け寄り、

アリョーシャ「息子さんは無事です! プレゼントがあります!」

アリョーシャ、雑嚢を探り、石鹸を二つ取り出す。

 

□169 パヴロフのベッド(右前から)

先の看護の少女がそれを受け取り、如何にも嬉しそうに両手で掲げる!

パヴロフ「息子は、生きているのか?!」

少女が「石鹸よ!」と言いつつ、パヴロフに渡す。

パヴロフ、震える手でそれを両の手に持ち、

パヴロフ「……これが……その証拠か?!……この石鹸が!」

 

□170 アリョーシャとシューラ

パヴロフのベッド左手前からあおりの二人のバスト・ショット(前にシューラ、後ろにアリョーシャ)。

 

□171 ベッドののパブロフ

パヴロフ「ありがとう! まさしく、息子からの、贈り物だ!」

看護の少女「おじいちゃん、寝てなきゃ、だめよ!」

パヴロフ「……まさか……負傷したのでは?」

 

□172 アリョーシャとシューラ

「170」よりフレームが後退し、沢山の人々が映り込んでいる。

アリョーシャ「いいえ。彼は大丈夫です。」

パヴロフ「そうかい! さ! さあ! 座ってくれたまえ!……誰か、誰か、さあ! 椅子を!……」

アリョーシャとシューラ、ちょっと戸惑うが、何も言えない。

パヴロフ「さあ! 息子のことを話してくれ!」

アリョーシャ、シューラをちらと見て、「これは断れないよ」とアイ・サインする。(二人のバスト・ショットまでフレーム・インして)

かなり、頼りなげな表情で(誰もそれには気づかない)、二人、仕方ないと言う風に椅子に座る。アリョーシャはちょっと溜息もつく。

アリョーシャ「……彼は――戦っています。……皆と、同じように。」

シューラ、心配そうに見上げる。つらい作り話をアリョーシャがついていることが、彼女にだけ、よく判るから――そうしてまた、そういう嘘を、アリョーシャは一番、嫌悪していることをシューラは一番、知っているから。

「とっても!(シューラをちらと見ると、シューラはしかし、微笑んで「こっくり」と頷くのだ!) 優秀な兵隊です!」

シューラ、パヴロフに素直な(を演じた)笑顔を向ける。

 

□173 ベッドのパブロフ

アリョーシャ「……戦友は皆、彼の勇気を褒め讃えているんです!」

 

□174 みんなの間にいるミーシャ少年

アリョーシャ(オフで)「勇敢な人です!」

時計を持って遠い空を見ている感じ。

[やぶちゃん注:セルゲイは嘗つてこのミーシャを可愛がってくれたのかも知れない。それを思い出していると私は読んでおく。それ以外の疑義を少年に感ずる人もあろうが、そうした方は私と天を同じうする輩ではないとだけ言っておこう。しかしミーシャは直前で意味はよくは判らぬながらも、雄々しく怒るアリョーシャの姿を現に見ているのだ。少年はこのアリョーシャが――セルゲイに感じたのと同じように――好きに決まってる。でなくて、どうしてわざわざここにアリョーシャとシューラを連れてくるであろう!]

 

□175 アリョーシャとシューラ

アリョーシャ「隊長はいつも言っています!」

 

□176 パブロフ

聴き入るパブロフ。周りの人々も、総て、何の疑念もなくアリョーシャの言葉に耳を傾けている。

アリョーシャ(オフで)「パブロフのような者が、もっと欲しいと!」

 

□177 アリョーシャとシューラ

アリョーシャ「彼は勇敢な兵士であり、真の戦友です!」

 

□178 パブロフ

二つの石鹸を愛おしそうに両手で繋げながら、

パブロフ「そうだった……子供たちも含めて、誰もが皆、セルゲイが好きだった……」(ここで例のミーチャ少年が時計を鳴らしてしまって、これが一種の「切り」の効果を出す)

 

□179 ミーシャ

「まずい!」って感じでいる。

[やぶちゃん注:この時計の音は輻輳的である。一つは時計であることで、アリョーシャの汽車の出発時間の切迫の比喩では確かにあるのだが、しかし、同時にアリョーシャの中に働いている如何にうちひしがれた人々を喜ばすためとは言え、真っ赤な嘘をついていることへの自責の念に纏わる警鐘としてでもあのだと私は読む。]

 

□180 アリョーシャとシューラ

アリョーシャ「……さあ! お暇しなければなりません。」

 

□181 アリョーシャとシューラ(少し引いて周囲もフレームに入る)

奥の婦人「お茶はいかが?」

アリョーシャ(みんなに)「ありがとう御座います! でも、もう時間が押し迫っていますから。私たちは行かねばなりません。」

シューラ「本当にごめんなさい。でも彼は行かねばならないのです。」

パヴロフ「判っています。私たちは戦争のただ中にいます。セルゲイに私が喜んでいたと伝えて下され。総ての正しさは、みな、私たちとともにある、と。……しかし、私が避難所暮らしをしているということは言わない下され。一時のことだからね、彼が心配しないようにです。……」

 

□183 アリョーシャとシューラ(パブロフから見上げたバスト・ショット)

右前にシューラ、左にアリョーシャ。

 

□184 パヴロフの顔のアップ

パブロフ「それと……彼に……リーザについては……こう、言って下され……」

 

□185 パヴロフの看護をしている少女の顔のアップ

まだ幼いけれど、この少女はリーザの不貞を知っているようだ。右手を口に押し当てて、伏し目になっている。

 

□186 パヴロフの顔のアップ

パヴロフ「……『彼女は、お前に愛を捧げながら……仕事をしつつ……お前を、待っている』……と……」

 

□187 アリョーシャとシューラ(パブロフから見上げたバスト・ショット)

アリョーシャ「確かに伝えます。」

F・O・。

 

■やぶちゃんの評釈

 「文学シナリオ」の当該部を示す。前の部分をダブらせる。

   《引用開始》

 彼女は彼を避けようとしなかった。ただ彼女の指が、ベンチの上に置かれたアレクセイのバッグの紐を素早くまさぐっていた。

 ――アリョーシャ、このネッカチーフは誰への贈り物?

 突然、彼女は質問した。

 ――どのネッカチーフ?

 ――バッグの中のですわ。

 アレクセイは微笑した。

 ――お母さんに贈るのです。

 ――本当なんですか。石鹸もそうですの?

 娘は楽しそうに笑った。

 ――どんな石鹸ですか?

 ――二個ありますわ。

 アレクセイは驚いて立ち上がった。

 ――畜生! 全く忘れていた。

 彼は、自分の額を叩いた。

 ――シューラ、それは頼まれた品物なんです。ある若者に依頼された。戦場に出かける兵士です。去ってしまわないで良かった。渡さなければならないのです。

 アレクセイは次第に不安になって来た。

 ――どこに持って行くのですか。

 ――ここです。すぐ近くなのです。チェーホフ街なんです。行きましょう、シューラ。

 シューラは溜め息をついた。

 ――さあ、一緒に。十分くらいで片づきます。それからまたここヘ戻って来ましょう。いいでしょう。シューラ。

 ――いいですわ。

 彼女は静かに返事をした。

 

 アレクセイとシューラは、足早に街路を行く。シューラは道すがら尋ねる。

 ――このパヴロフというのは、あなたの戦友ですか。

 ――いいえ、私は彼と一面識もありません。[やぶちゃん注:そこで出会う前までは、である。]偶然に出会ったのです。彼が部隊と一緒に前線に行くところだったのです。

 シューラは彼を優しく見つめる。

 二人は角を曲がる。

 壁に打ち付けた標識に〈チェーホフ街〉と記されている。

 ――もうすぐですね。

 シューラが言う。

 アレクセイは、〈二一番地〉と書いてある家を見ている。

 ――あそこが七番地でしよう。行ってみましょう。

 二人はチェーホフ街をたどって行く。一軒、二軒、三軒と通り過ぎて行く、彼等の顔が暗くなる。そこから向うはもう廃墟である。

 アレクセイとシューラは立ちどまり、途方にくれて顔を見交わす。煉瓦、砕石、くずれた壁、よじれた鋼材の山を、背の曲った、やつれた老婆が歩きまわって、焚き付けの木切れを集めている。

 ――お婆さん!

 アレクセイは彼女に呼びかける。

 老婆は頭を持ち上げる。

 ――すみませんが、七番地はどこですか。

 ――ほら、あそこですよ。

 老婆はさり気なく、廃墟を木片で指し示す。若者と娘がとまどっているのを見て、いそいで二人のところに来る。近づいて視力の弱った目で二人の顔を見つめる。

 ――誰を尋ねて来たのですか。

 ――パヴロフさんの家です。

 アレクセイが答える。

 ――生きています………。エリザベータも老人も生きています。エリザベータ・ペトロヴヴナはセメノフスク街で暮しています。セメノフスク街の三八番地です。老人は工場にいるでしょう。

 老婆は微笑して言った。

 ――セメノフスク街か、そんなに遠くないな。大丈夫です。行きましょう。

 時計を見てアレクセイは言った。

 ――行きましょう。

 シューラも同意した。

 ――五区ですよ。

 老婆は二人の後ろから声をかけた。

 正面の標札に〈セメノフスク街、三八番〉と書いてある。

 アレクセイとシューラは急いで入口に近づく。

 階段を上って行く。

 突然、上からシャボン玉が飛んでくる。シューラは子供のようにはしゃいだ。二人は上を見上げ、踊り場にいる八才くらいの手にストローと壷を持った子供を見つけた。

 ――坊や! パヴロフさんは、ここに住んでいますか。

 シューラが聞いた。

 ――パヴロフさんだって。

 子供は聞き返した。

 ――エリザベータ・ペトロ-ヴナさんだよ。

 アレクセイが言った。

 ――エリザベータ・ペトローヴナさんだって。それならあそこに住んでいる。

 子供は手で最上段を指さした。

 アレクセイとシューラは階段を登り、ベルを押した。

 ――ノックしなければだめだよ。

 下から子供が言った。

 アレクセイはノックした。

 扉の向う側で足音が聞こえた。東洋風の部屋着を着た婦人が、彼等に扉をあけた。三十位の女だった。

 ――エリザベータ・ペトローヴナさん、居ますか。

 アレクセイは言った。

 ――どうぞ、私です。

 彼女は微笑しながら丁寧に答えた。

 ――あなたは、もしや……。

 彼女は、問いたげにアレクセイを眺めた。

 ――私は戦場から来ました。あなたに渡す物を頼まれました。

 ――そう。恐らくそれはパヴロフからでしょう。

 婦人の微笑のなかに興奮が読み取れた。

 ――そうです。

 ――どうぞ入って下さい。少しお寄りになって下さい。

 二人は婦入に従って部屋に入る。

 ――すみません、私、今……。

 婦人はそう言い、隣りの部屋に行き、椅子のもたれにかかっていた保護色の夏季制服を全く思いがけないというように取り去って行く。

 アレクセイとシューラは、周囲を見回わす。部屋は様式的ではないが、良い家具が備え付けられていた。机には、パン、砂糖、ソーセージがのっている。戦時中にしては、ここの生活は豊かすぎるように見えた。

 隣室から、静かだが、興奮した会話が聞こえてくる。

 ――何が問題なんだ。どうせ知れることなんだろう。

 太い男の声が憤慨する。

 ――お願いだから。

 アレクセイとシューラは部屋から出る。

 婦人は二人を見送る。玄関の所で、婦入は扉を閉めながら、静かにアレクセイに尋ねる。

 ――彼はどうしていますか。

 ――パヴロフのことですか。別に異常はありません。元気です。あなたのことを心配していました。

 ――有難うございます……。

 婦人は静かに言う。しかし、シューラが行き過ぎると、やにわにアレクセイの手をつかむ。

 ――見たことを彼に言わないで下さい。

 アレクセイは彼女をきっと見つめる。

 ――でも……。

 彼女は眼を伏せる。

 ――その方がいいのです。そんな風に私を見ないで下さい。どんなに苦しいことか。

 彼女はアレクセイの感情を探るように彼を見つめる。

 彼女に答えず、彼は出て行く。

 婦人はとまどっていたが、やがて二人の後から扉を閉めた。

 シューラとアレクセイは階段を下りる。シャボン玉を吹いていた子供の傍らを通り過ぎて止まり、大きなシャボン玉の後を眼で追う。アレクセイは時計を見る。

 ――アリョーシャ、急ぎましょう。遅れますわ。

 シューラは言う。

 しかし、彼は突然、握りこぶしで手摺りを叩くと、上に向かって駆け出す。

 子供は驚いた。

 五、六段、駆け上がったアレクセイは、扉ヘ近づき、ノックする。応答がない。彼は一層強くノックする。扉が開き、スリッパを履き、ズボン釣りをした背の低い男と興奮したパヴロフ[やぶちゃん注:パヴロフの息子のパヴロフ・セルゲイの婦人エリザベータ・ペトロヴナ・パヴロフのことある。]が立っている。アレクセイは大きく呼吸をした。彼は男を押しのけ、ずんずん部屋の中に入り、机から不幸な贈り物を取り上げると、婦人に悪意のまなざしを投げかけて、開いている扉を通って出て行く。静寂の中に大きな音をたてるのは彼の長靴だけである。

 シューラの手を取ると、アレクセイは言う。

 ――工場ヘ行こう。

 ――どうしたんですの、アリョ-シャ!

 娘は驚く。

 ――行きましょう!

 アレクセイが押し付けるように言い、二人は階段を飛び下りて行く。

 騒音のやかましい工場の中。最近、爆撃を受けたばかりである。まだ、崩れた壁や天井を修理しており、工場の破壊を免れた部所も仕事を中止している。

 そして、騒音にもかかわらず、そこには静かな場所を進んで、数入の労働者が眠っている。アレクセイは大音響や火花や騒音に度肝を抜かれた。二人は労働者達の視線が集って来るのにどぎまぎする。

 綿の胴着のコムソモールの娘が二人を工作機械の間を通って案内している。[やぶちゃん注:「コムソモール」Комсомол(カムサモール)は「共産主義青年同盟」の略称。ソ連で十四歳から二十八歳までの男女を対象に、共産主義の理念による社会教育的活動を目的として一九一八年に創設された青年団体。一九九一年に解散したが、ソ連崩壊後は「ロシア連邦共産党」の「ロシア連邦共産主義青年同盟」に改組され、事実上、継承されている。]

 ――パヴロフさんはどこですか。

 彼女は会う人ごとに質問する。

 ――パヴロフさんを見なかったですか。

 ――いや。

 彼等は工場の端に行く。

 -班長は居ませんか。

 娘は尋ねる。

 ――彼は恐らく交替して休憩しているでしょう。 女は小さい声で頼み込む。

 シューラとアレクセイは黙って顔を見合わせる。

 何もなかったような微笑を浮かべて、婦人が二人のところに来る。

 ――すみません。許して下さいね。突然だったものですから。すると、戦場からおいでになったのですか。

 ――戦場からです。あなたの御主人から、この品物を渡してくれるように頼まれました。

 アレクセイは大きい声で返事をした。そしてバッグから二個の石鹸を取り出し、机の上に置いた。婦人の顔には驚きと微笑があった。

 ――何ですの。

 ――石鹸です。

 ――えっ、石鹸ですって。有り難う。全く有り難いわ。お茶を飲みますか。

 ――いいえ、もう失礼させていただきます。

 ――何故ですの。

 ――時間がないんです。

 アレクセイは言う。

 婦人は眼を伏せる。

 娘は答える。

 三人は隣りの工場へ行く。ここでは、床にじかに作られた小さい囲いの中で、騒音にも拘わらず、労働者達が雑魚寝している。

 ――思った通りです! 彼はここです!

 眠っている人を見ながら、娘は話す。

 ――六日も家に帰っていないのです。急ぎの注文品を戦場へ送るのです……。そしたら、また急ぎの住文です。

 彼女は微笑した。

 娘は、眠っている一人に近づき、身体を屈める。

 ――パヴロフさん! パヴロフさん! 起きなさい!

 パヴロフはやっと眼をさまし、座りなおす。彼は眠むたそうに、アレクセイとシューラを眺める。彼はアレクセイと同年輩のように見受けられる。そして、この二人の兵士と労働者は、どこか似ているところがある。

 ――パヴロフさん! 戦場からあなたのところヘ来た人です。

 娘が言う。

 ――私のところへですって! どういうことです。

 彼は驚いた。

 ――いいえ、この人ではないんです。班長さんなんですわ。

 シューラが話す。

 ――いいえ、私が班長です。一体、どうしたんですか。

 ハヴロフは不満そうに言った。

 ――私達が探がしているのは、戦場に息子さんが行っているバヴロフさんです。

 アレクセイは話す。

 ――そういうパヴロフなら三人いますが、どういうことですか。

 ――私は彼に戦場から贈り物をことづかったのです。渡したいのです。

 ――息子の名はなんというんですか。

 ――たしか、セルゲイといったようです。

 ――セルゲイ。こんな風な、小さくて眼の大きい。

 班長はよろこんだ。

 ――そうです。

 ――それならば、ワシリイ・エゴロヴィッチの息子です。生きているんですか。

 ――生きています。

 ――ところでワシリイ・エゴロヴッチはいません。病気です。

 ――残念だ……彼に贈り物を渡すことが出来ますか。誰か彼のところへ行く人はありませんか。

 アレクセイはがっかりしたが、娘の周りにかたまっている人々を眺める。

 ――あなたが行ったら! それは自分ですることですよ!

 一人が、言う。

 ――どんなによろこぶことか。あなたが自分で行きなさい。

 みんなの者が言う。

 ――私もそうしたいのですが。

 ――彼は汽車に遅れますわ。

 シューラが話に割って入る。

 しかし二人を取り巻く労働者連はおさまらない。

 ――出来るでしょう? ちょっとでいいんですから、それで一人の人が喜ぶのです。

 油脂の胴着を着た、太った女が言う。

 ――遠いのですか。

 ――いいえ! 教育研究所の中です。爆撃を受けてそこへ移ったのです。乗物で行きなさい。ミーチャに案内させます。

 そうして、女は背の低いために箱を踏み台にして工作機械についていた若者のところに駆けて行った。彼女は彼を箱から引き下ろし、アレクセイのところに連れて来た。

 ――彼が案内します。私が彼の代わりに機械を見ます。いいですね。班長さん。

 班長は同意した。

 シューラは不安そうにアレクセイを見た。彼は両手を開いた。

 ――シューラ、行こう。

 

 二人を案内した若者は、非常に丁寧であった。電車に乗る時も、シューラとアレクセイに先に譲った。やがて人々が彼を押しのけた。電車が動いても、まだ停留所に立っていた。しかし彼は十五歳以下なのだ。このことが事を決した。若者は電車を追い、それに追いつくとすぐに飛び乗った。

 シューラとアレクセイは、それを電車の後部から見ていた。彼はガラスごしに油に汚れた善良そうな顔で微笑を送っていた。

 シューラとアレクセイは、破壊された都市を眺めた。

 ――見なさい。あそこに劇場があったのです。私は十回くらい見に行きました。学校にもあきあきしましたが、劇場ももう沢山です。あそこに白い建物が見えるでしょう。あの後ろに、金属工業専門学校があります。私はそこに入りたかったのですが、考え直しました。建設専門学校に行くつもりです。あるいは変わるかも知れません。まだ決めていないのです。

 ガラスの向こうから、若者が何か二人に叫んでいる。微笑しながら、降りる時だというサインを送った。

 シューラとアレクセイは、入り口に向かって人を押し分けて行った。

 

 若い労働者を伴って、二人は研究所の階段を上がって行く。ホールの中で青衣の太った女の人が彼らを止めた。

 ――静かに! どこへ行くのですか。

 彼女は小声で聞いた。

 ――私達は仮病室に行くのです。この人は戦場から来たのです。

 ――そこには、ボイラー室を通って行かねばなりません。ここは講義中ですから。

 女の人は言った。事実、廊下ごしにそこまで、講師の柔らかい声が聞こえて来た。

 ――でも暫く待ちなさい。三分もすればベルが鳴るでしょう。

 少年は答えを求めるようにアレクセイを見た。

 ――待ちましょう。

 アレクセイは同意した。少年もうなづいた。

 三人は音を忍ばせて、爪先立ちに廊下を歩いた。

 廊下が直角に曲がっているところに黒板の端が見えた。三人はさらに近づいて、講師を見た。彼は暗い衣服の小さい白髪の老人であった。秋なのに防寒長靴を履いていた。聴衆者はじかに床に座っていた。しかしそのために、講義は何の影響も被っていなかった。

 ――物理学の生徒ですが、彼等の研究所が爆撃されたので、こうしてここで研究しているのです。

 アレクセイは唇に指を当てた。

 ベルが鳴った。

 学生達は立ち上がり、講師の周りに集まった。

 アレクセイとシューラは、若者の後からその傍らを通り、大きい扉のところに行き、それを開けた。

 ここは研究所の体育室であった。そこにはいろいろの器具が揃えてあった。肋木、天井から下がったつり輪、三脚台、横棒等である。

 駅の構内同様に、床にも壁際のベッドにも、人々が座ったり横になったりしている。

 ある人は寝台の上に、本とノートを広げて勉強していた。

 ある人は腰掛けに乗せた石油ストーブで食事を作っていた。乳房を吸う赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。

 そして、それぞれが自分の仕事に熱中しているにも拘わらず、この共同生活へのアレクセイの到来は、注意を引かないわけにはいかなかった。アレクセイは入口に立ち止まった。暫くすると、部屋全体が期待と驚きの眼で彼を眺めた。それは戦場から帰って来た兵士であった。彼は、誰かの息子かも知れないし、誰かに喜びか、悲しみをもって来た使者かも知れなかった。

 ――誰のところですか?

 一番近くに立っていた婦人が尋ねた。

 ――わたしはパヴロフさんに、ワシリイ・エゴロヴィッチさんに用があるのです。

 ――それは私です。セルゲイのところからですか。

 奥の方から老人の声が聞こえた。

 アレクセイとシューラは、寝台から起き上ろうとしている老人を見た。女の子が彼のところに駆け寄った。

 ――おじいさん、何をするの。起きてはだめですわ。

 ――セルゲイのところからですか。彼に何かあったのですか。

 女の子の言うことにも耳をかさず、老人は繰り返した。

 アレクセイは彼の寝台のところに急いで行った。

 ――興奮しないで下さい。万事うまく行っているのです。私はセルゲイ頼まれました。あなたへの贈り物をあずかって来たのです。

 アレクセイがバッグから贈り物引き出すと、周囲に立っていた入々は、みんなうっとりと嘆息した。

 ――石鹸です! ごらんなさい! 二個ですよ。

 女の子はうれしそうに叫んだ。

 しかし老人には、何の事か分からなかったようだ。

 ――彼は生きていますか。

 彼はアレクセイを見ながら尋ねた。

 ――勿論、生きていますわ。

 女の子はそう言って、それを証明するように、彼の手に石鹸を握らせた。

 ――生きていますか……。

 手の中の石鹸を確かめながら、老人は繰り返した。

 それから、それを唇に当てた。

 ――生きているんですね……。有難う御座います。これが彼からの贈り物なんですね……。

彼は安心し切ったように、繰り返して言った。

 ――-おじいさん、横になりなさい。身体にいけないわ。

 女の子は言った。

 ――彼は負傷したんではないんでしょうね。

 老人は尋ねた。

 ――いいえ、全く元気です。

 ――どうぞ、お掛けなさい。彼のことを話して下さい。

 アレクセイは当惑してシューラを見た。

 彼は何と言っていいのか、分からなかった。

 シューラも彼に助太刀することはできなかった。

 ――ええ、彼は、概して良く戦っています。優秀だと言ってもいいでしよう。戦友達は、彼の勇気を尊敬しております。彼は勇敢です。司令官は卒直にこう言っております。『彼を模範に戦闘せよ。そうすれば堅忍不抜の兵士となり、戦友を裏切らないだろう。』我々の師団の誰もが彼を愛しています……。

 アレクセイは話した。

 ――そうですか。そうですか。彼は小さい時からみんなに愛されました。

 老人は繰り返した。彼は訪れた幸運を分かち合うように、周りを見回した。

 ――アンナ・アンドレーヴナ……聞きましたか。息子のことを。

 彼は感激して、何度も首を振った。

 隣人は眼に涙を溜めて、彼にうなずいた。

 ――掛けて下さい。お茶をお飲み下さい。

 どこからか茶沸かしを持って来て、女の子が勧めた。

 ――お疲れでしょう。

 ――いいえ、有り難う御座います。私たちは出掛けます。

 ――彼は汽車に乗り遅れてしまいますわ! どうぞ悪しからず。彼はどうしても汽車に乗らなければなりません。

 ――分かります。軍のことです。

 老人は疲れたように言った。彼は再び起き上がった。

 ――セルゲイに伝えて下さい。私が満足していると。私が元気に生きていることも。

 彼は手で周りを指した。

 ――このこと話さないで下さい。一時的なことです。彼を安心させて下さい。それから、もう一つ、リーザ、彼の妻は働いています。彼によろしく言っています。彼を待っています。

 アレクセイは最後の言葉のところで老人がいかにも苦しそうに口を開き、女の子が唇を強く噛むのを見た。

 ――伝えましょう。

 アレクセイは言った。

 

 駅に隣接した公園。アレクセイとシューラは、再び公園の人影のない並木路を歩いている。見憶えのあるベンチのところで歩みを止める。

 アリョーシャ……。

 こう言って娘は、突然彼の胸に頭を埋めて、すすり泣き始める。

 アレクセイは黙ったまま彼女の頭を見つめる。

   《引用終了》

シナリオの展開は、特に父パブロフに逢うまでが、かなり冗長である。切り詰めたのもよく、稀有の象徴的なシャボン玉のシークエンスが最終的に現場で生まれたのであろうことも快哉を叫ぶ。また、この記載から、初めの路傍のピクニックのロケーションは空爆された「公園」の設定でよいことが判る。なお、最後の公園のシークエンスは完成作にはなく、次は即、乗車シーン(アリョーシャとシューラの別れ)となる。なお、個人的な見解だが、ここの階段のロケーションは翌年にアンドレタル・コフスキイが作った「ローラーとヴァイオリン」(КАТОК И СКРИПКА)に影響を与えているものと私は思っている。

 

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