小泉八雲 神國日本 戶川明三譯 附やぶちゃん注(78) 遺風(Ⅴ)/「遺風」~了
掣肘を受ける事に就いては、普通の人は三種の壓迫の下にある、彼の長上の意志がその例として擧げられる、上からの壓迫。彼の仲間や同等階級のものの共通の意志が代表する周圍からの壓迫。彼の下級者の一般感情が代表する下からの壓迫がそれである。そして此の最後の强制とても、必らずしもその恐ろしさが少いのではないのである。
第一種の壓迫――權威によつて代表されたもの――に對する個人の抵抗は、とても考ヘ及ぶ事すらも出來ない、何となれば長上者は一藩、一階級、或る種類の極めて多樣な要素から成る一の力を代表して居るからである、そして現在の世態では、誰れも唯だ一人では、一の團結に向つて爭ふ事は出來ないのである。たとへば不正に抵抗するには、彼は豐富な援助を得なければなりないのであるが、その場合彼の抵抗は個人の行動をあらはしては居ないのである。
第二種の壓迫――仲間の强制――に抵抗する事は、破滅、卽ち社會的團體の一部を作る權利の喪失である。
下層階級の共通の感情にその形を表はして居る第三種の壓迫に對する抵抗は、其の事情に從つて、小は一瞬時の苦惱から、大は突然の死までの、殆どあらゆる結果に出會ふのである。
如何なる社會の形の內にも、これ等三種の壓迫は、或る程度までその働きを爲して居る、併し日本の社會に於ては、世襲的の傾向と、傳統的感情のために、その力は恐ろしいものになつ居る。
[やぶちゃん注:以下、一行空け。]
かくして、あらゆる方面で、個人は集合的の意見の壓制に當面する、一團體の單位としての他、個人が安全に行動する事は不可能である。第一種の壓制は、命令に對する無限の服從を强要して、彼から道德上の自由を奪ふのである、第二種の壓制は、彼自身の利益となるやうな最上の方法で、最上の能力を用ふる權利を彼に拒む事がある(卽ち、自由競爭の權利を彼に拒むのである)。第三種の壓迫は、他人の行動を指導する際に、傳統に從ひ、新工夫を避け、彼より下層階級のものが、悅んで受け容れる樣子のないものは、縱令[やぶちゃん注:「たとひ」。]如何に利益にならうとも、何等の變化をも施さぬ事を彼に强制する。
これ等は、普通の事情の下で、堅固不動を作るに力あり、保守をすすめるに與つて[やぶちゃん注:「あづかつて」]力ある社會狀態である、そしてそれ等は死者の意志を代表して居るのである。それ等は好戰の國家には缺くべからざるものであり、その國家の力を作るものである、それ等は强大な軍隊の創造と維持とに便宜を與へる。併しそれ等は未來の國際的競爭に於て、――到底比肩し得ない程に應化力[やぶちゃん注:「おうくわりよく」。適応力に同じい。]に富み、しかも精神の力の遙かに高い諸〻の社會を敵としての、產業的生存競爭に於て、成功を見んとするには、好都合の狀態ではないのである。
[やぶちゃん注:以上を以って第十八章目の「遺風」は終わっている。]
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