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2019/08/13

諸国因果物語 巻之三 猫人に祟をなせし事

 

     猫人に祟をなせし事

Mekotatatri

 備後福山にて、淸水何(か)右門といふ人あり。

[やぶちゃん注:「備後福山」福山藩は主に備後国(広島県東部)南部と備中国南西部周辺を領有し、現在の広島県福山市(グーグル・マップ・データ)に藩庁を置いた。]

 元祿元年のころの事なりしに、ひたと物の失(うす)る事あり。魚(うを)・鳥によらず、何にても、料理せんと思ひて、洗はせ、又は、買(かひ)などして、しばらく間あるをば、かいくれて見えず。

[やぶちゃん注:「元祿元年」は貞享五年九月三十日(グレゴリオ暦一六八八年十月二十三日に改元している。]

「下部(しもべ)などの内に、心よからぬ者ありて、かゝる手むさき事もあるや。」

と心を付て問聞(とひきゝ)、又、ある時は、物かげより、目代(めしろ)を置(おき)て窺(うかゞは)すれども、誰(たれ)とるとも、知らず、目、ふる間に、失(うす)る、といふ程に、あまりふしぎさに、此度は、

「蛸を料理せん。」

とて、洗はせ、何右門みづから、半弓(はんきう)を持て物かげより見居たるに、此蛸、かいくれて、失たり。

[やぶちゃん注:「目代(めしろ)」代理の者、或いは目付役・監督。

「半弓」通常の弓(大弓)のほぼ半分の長さ或いは大弓より短い弓。大弓は七尺三寸(約二メートル二十一センチメートル)を標準とし、六尺三寸(一メートル九十一センチメートル弱)以下を広義に半弓と呼ぶ。射程距離と威力は劣るが、座位で射ることができ、室内でも使用可能である。]

『扨も。心得ぬ事。』

と、おもひ、猶々、目をはなさず、しばらく其邊のやうすを窺ゐたれば、やゝありて緣の下より、最前の蛸の足を、少くはへて、猫壱疋、

「のさのさ。」

と出(いで)、また、魚板(まないた)の上にありける鰹(かつを)を見て、

「そろり。」

と、あがり、此鰹をくはゆる所を、半弓、引しぼりて、

「ひやう。」

と射られしが、今すこし、手のびして、魚板より飛おるゝ猫の後(うしろ)足にあたりぬ。それも、かすり手[やぶちゃん注:「かすりで」。擦っただけの傷手。]なりけるまゝ、何の事なく迯失(にげうせ)たり。

[やぶちゃん注:「手のびして」手元が狂って。「ゆまに書房」版は『根のひ』とする(この場合は「矢の根」で「鏃」が狙撃位置から延びてしまって左右上下に外れるの謂いとなるか)が、原本を見ると、次の一行の同位置にある「かすり手」の「手」と全く同じ崩し字であるので、採らない。]

「殘念の事。」

と、おもへど、是非もなければ、其分也しに[やぶちゃん注:「そのぶんなりしに」。ここはそれだけのこととして終わったのだが。]、其夜より、何右門が寢間に、あやしき女の忍びいりて、何右門をとらへ、さんざんに恨(うらむ)事あり。

「何やつなれば、かく迄、寢間ふかくしのび入て、我を惱(なやます)や。いで、物見せてくれん。」

と、枕にたてつる、刀、ひきよせん、起(おき)んと、身をもがき、心をはたらけども、いかに仕(し)つる事にか、五體、すくみて、はたらかず。

 口おしさは、かぎりなけれど、此障㝵(しやうげ)[やぶちゃん注:「障碍」(障害)に同じい。]にたぶらかされて、いたづらに臥(ふし)たる体(てい)にもてなしつゝ、いふ事を聞(きけ)ば、彼(かの)女、いふやう、

「おのれ、纔(わづか)なる食のために、我[やぶちゃん注:「わが」。]たのしぶ心ざしを破り、よくも、殺さんとしけるよな。我は同じ蓄(ちく)るひなれども、此里におゐて[やぶちゃん注:ママ。]、八百歲を經たれば、小神通(せうじんつう)を得て、変化自在(へんげじざい)なる身となりぬ。おのが貪欲(とんよく)の刀(やいば)にかけて奪(うあばは)んとせし命の惜(おし)さと、今、また、おのれを苦しめて取んとする命と、おもひくらべて見よ。いづれが、惜(おし)き。去ながら[やぶちゃん注:「さりなががら」。]、急にとりつめては、本意なければ、こよひより、通ひそめて、幾夜も幾夜も、惱(なやま)し苦しめ、なぶり殺しにすべき也。おもひしれ、おもひしれ。」

といふ声のしたより[やぶちゃん注:声のするそばから。]、五体しびれ、心くるしくなりて、半死半生のくるしみ、せつなさの餘り、

『今は。声をたてゝ、人をおこし、此世の名殘をもおしまばや。』

など思ふ事、千度(ちたび)なるを、又、おもひ返し、

『口おしや[やぶちゃん注:ママ。]、此わづかなる四足の見入に[やぶちゃん注:「みいるに」。「魅入るに」。]なやまされ、比興(ひきやう)なるふるまひを人にも見せ、世にもいひはやされては、何の面目(めえんぼく)ありてか、人に面[やぶちゃん注:「おもて」。]をむくべきや。流石(さすが)に我も、侍ぞかし。』

と、思ひなぐさみて、

「屹(きつ)。」

と身を持かため居たる程に、はや、明がたの鳥の声も、かすかに聞え、廿六夜の月も、光りほのかに、寢間の上なる切窓にさし入りける光りに、きのふ見し猫と覚えて、下より、ふと、飛あがり、窓より外へ行よ、とおもへば、五体のすくみも和らぎ、手足も自由になりけるにぞ。

[やぶちゃん注:「比興(ひきやう)」これは「非拠」或いは「非興」の意ともされ、「不都合なこと・不合理なこと」を意味する。]

『扨は。彼(かの)射そんじたる猫の所爲(しよい[やぶちゃん注:ママ。])なりけり。』

と、いよいよ無念さ勝るに付ても、

『此猫ほどの根性になやまされ、心よはく、人を駈催(かりもよほ)しては、後のそしりをいかゞせん。よしや、此上は、猫と我と運をくらべて、討(うた)ば、討(うつ)べし。』

と、堅く心に誓ひて、かりそめにも、人にいはず、妻子とてもなければ、知るべき人もなく、只、我のみ、さまざまと手を替、術(てだて)をつくして、夜毎に待(まつ)に、此障碍もかならず、夜ごとに來りて惱(なやま)す事、いつもの如くにして、いかにともすべきかたなく、初(はじめ)の程こそ、兎角、心をも盡しけれ、半年ばかりにもや成(なる)らんと思ふ比は、氣もおとろへ、力、よはりて、色わろく、瘦(やせ)つかれ、物もしかじかと食ず[やぶちゃん注:「くはず」。]、日にそひて、顏色もおとろへしかば、てまはりの者なども、心もとながり、種々(さまざま)と機嫌をうかゞひ、尋ねとへども、堅くいはず、只、うかうかと惱まされゐたりしが、与風(ふと)、思ひつきて、

『かゝる時こそ、不動の「慈救呪(じくのじゆ)」の驗(げん)はありぬべけれ。』

と、おもひ、日に二百返づゝ、おこたらず、操(くり)ける事、廿日ばかり也しに、其夜も例のごとく來りて、いつもの如く苦しめ、

「今宵、過なば、命を取べし。扨も、此ほど、さまざまに苦しむるに、心づよく我に敵對して、よくも降參せざるよな。」

と、いひのゝしりて、毎(こと)に[やぶちゃん注:意味は「殊に」。]宵より責(せめ)さいなみけるに、

『五体も、今は、中々に、くだけ、命も限りなるべし。』

と、おもふ程也しが、あまりに强くあたられ、我も身を捨て[やぶちゃん注:何衛門の地の文への一人称敷衍表現。]、爭ひけるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]にや、草臥(くたびれ)てすこしまどろみける、と覚ええて、しばらく何の事をも忘れたるやうにて、目ざめしかば、手をのばし、足を動かすに、思はず、自由になりぬ。

『こは、嬉し。』

と思ひ、

「そろり。」

と起(おき)て見まわし[やぶちゃん注:ママ。]たるに、彼(かの)ねこも、宵より手ひどくもみあひしに、草臥(くたびれ)てか、現(うつゝ)なく、ね入りたると見えて、ねこの形を顯して、添(そひ)ふしたり。

『すは、天のあたへぞ。』

と、かたはらに、ぬき置て[やぶちゃん注:「拔き置きて」。そっと気づかられぬよう、衾から抜け出して。]、絹羽織(きぬはをり)を打かけ、飛かゝりて、組ふせたれば、是に驚きて、目を覚し、又、頭(かしら)より、次第に、女となるを、强く押へられて、泣(なき)もだへける所を、枕刀(がたな)に懸(かけ)て、指殺(さしころ)し、下々を呼て、此死骸を燒(やき)すてさせしかども、猶、心もとなく、氣味あしくて、眞言寺の僧を請じ[やぶちゃん注:「しやうじ」。]、密符(みつふ)をかけ、祈禱などさせければ、二たび、此あやしみも絕(たへ[やぶちゃん注:ママ。])、其身も、半年ばかり養性(ようじやう)[やぶちゃん注:漢字も読みもママ。]して息災になりける。

[やぶちゃん注:『不動の「慈救呪(じくのじゆ)」』衆生を慈愛を以って救護するとされる不動明王の大・中・小(呪の長さが異なる)三呪文の一つである「中呪」。この呪文を誦えると災害を免れ、願いが叶うとされる。「ナウマクサマンダ(発音はノウマクサーマンダ) バザラダン センダンマカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン」がそれ。

「密符(みつふ)」真言密教の呪符。恐らくは真言でも梵字でもなく、特殊な呪字(漢字ではない)を書いたものであろう。]

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