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2019/08/08

大和本草卷之十三 魚之下 棘鬣魚(タヒ) (マダイを始めとする「~ダイ」と呼ぶ多様な種群)

 

  魚之下【海魚○河海通在ノ魚ハ鱸鯔鰻鱺等也】

[やぶちゃん注:標題下は割注。]

【外】

棘鬣魚(タヒ) 本邦ノ俗用鯛字日本紀神代下赤女ヲ載

 ス即赤鯛也本草不載之閩書曰棘鬣魚似鯽而

 大其鬣如棘紅紫色嶺表錄異名吉鬣泉州謂之

 髻鬣又名竒鬣或曰過臘莆人謂之赤鬃興化志

 曰赤鬃似棘鬣而大則二魚也○棘鬣赤鬃是鯛

 也為海魚之上品本邦諸州此魚多三月至五月

 最多味最美大温無毒補中益氣性峻補實膓胃

 養五藏使人肥盛陽道婦人乳汁少者不通者可

 食然傷寒熱病積聚飲食停滯有瘡癤凡有熱人

 不可食小者性和平微温為脯為塩藏不害于人

 大者其腸及子為醢補肝治内障虛人眼疾小兒

 雀目○順和名抄云崔禹錫食經云鯛都條反和

 名大比味甘冷無毒貌似鯽而紅鰭者也今按稱性

 冷者非也○鯛ニ雌雄アリ雄ハ色淡黑背ニカトアリ雌ハ

 色紅ナリ形ウルハシク性味最ヨシ雄ニマサレリ

 ○延喜式ニ平魚ト云是タヒラナリ婦女ハヒラト云朝

 鮮ニテハ鯛ヲ道味魚ト云又掉尾ト云或曰三車

 一覽平魚ヲノセタリ其形鯛ノ如シ○今案ニ鯛ノ類

 多シ○方頭魚閩書ニ出アマダイトモ云東土ニテ奥津

 鯛ト云閩書似棘鬣而小頭方味美シトイヘリ鼻ノ

 上他魚ヨリ高シ目モ髙ク付ケリ色ハ鯛ノ如ニシテ長

[やぶちゃん注:「高」「髙」の混在はママ。]

 シ鯛ヨリ性カロシ無毒病人ニ宜肉ヤハラカ也故ニ

 塩淹ニ宜シ○金絲魚黃筋アリ是亦方頭魚ノ類

 也無毒味ヨシ性カロシ○烏頰魚閩書曰似竒鬣而

 形稍黒當於大寒時取之性不好或曰其膓有大

 毒不可食頭短ク口小ナリ形ハ鯛ニ似タリ此類亦多

 シ○黃檣魚閩書ニ出タリ又漳州府志曰畧似竒鬣

 身小而薄其尾淡黃性カロシ無毒○ヒヱ鯛淡灰色

 味ヲトレリ性亦不好○海鯽閩書ニ出タリ順和名海

 鯽魚知沼鯛ニ似テ靑黒色好ンテ人糞ヲ食故ニ人賎之

 黑鯛ヒヱ鯛モ其形ハ海鯽ニ似テ別ナリ此類性味共

 ニ鯛ニヲトレリ非佳品○ヒサノ魚鯛ニ似テヒラ

 ク色黑シ又一種ヒサノ魚黑色ノヒサノ魚ニハ異

 ナリ鮒ノ形ニ似テタテ筋アリ其筋ノ色濃淡相

 マシレリ口細ク背ニ光色アリ味ヨシ性未詳○

 ノムシ鯛ノ類ナリ頭鵝ノ如シ大ナルアリ色紫紅ウロ

 コハ鯉ノ如シ味淡シ○寳藏鯛常ニ鯛ヨリ身薄ク味

 淡クシテヨシ色淡白不紅尾ニ近キ處黑㸃多シ牙ハ

 口中ニカクレテ口ヨリ見ヱス尾ニ岐ナク直ニ切タルカ如シ

 常ノ鯛ニ異レリ○黑魚長一尺餘或六寸遍身黑色

 目亦黑其形如鯛黑鯛ニハ非ス味ヨシ味亦鯛ニ似タ

 リ無毒此外猶鯛ノ類多シ不能盡記凡鯛ノ類ノ

 中方頭金絲黃檣ハ性可也其餘非良品

○やぶちゃんの書き下し文

  魚の下【海魚○河海通在の魚は鱸・鯔・鰻鱺〔(うなぎ)〕等なり。】

【外】

棘鬣魚(たひ) 本邦の俗、「鯛」の字を用ふ。「日本紀」〔の〕「神代下」、『赤女(〔あか〕め)』を載す。即ち、「赤鯛」なり。「本草」に之れを載せず。「閩書」に曰はく、『棘鬣魚、鯽に似て大に、其の鬣(ひれ)、棘のごとく、紅紫色』〔と〕。「嶺表錄異」に、『吉鬣〔(きつれふ[やぶちゃん注:現代仮名遣「きつりょう」。])〕と名づく。泉州、之れを髻鬣〔(けいれふ)〕と謂ひ、又、竒鬣〔(きれふ)〕と名づく。或いは、過臘〔(くわらふ)〕と曰ふ。莆人〔(ほひと)〕、之れを赤鬃〔(せきそう)〕と謂ふ』〔と〕。「興化志」に、『赤鬃、棘鬣に似て大なり』と曰ふ。則ち、二魚なり。

○「棘鬣」「赤鬃」、是れ、鯛なり。海魚の上品と為す。本邦の諸州、此の魚、多し。三月より五月に至り、最も多し。味、最美。

大温、毒、無し。中を補し、氣を益す。性〔(しやう)〕、峻補〔(しゆんほ)にして〕、膓胃を實〔(じつ)にし〕、五藏を養ふ。人をして肥ゑ[やぶちゃん注:ママ。]させしめ、陽道を盛んにす。婦人、乳汁少なき者・通ぜざる者、食ふべし。

然〔れども〕、傷寒・熱病・積聚〔(しやくじゆ)〕・飲食停滯、瘡癤〔(さうせつ)〕有る〔等〕、凡そ、熱有る人、食ふべからず。

小なる者、性、和、平、微温。脯〔(ほじし)〕と為し、塩藏と為す。人を害せず。

大なる者、其の腸〔(わた)〕及び子、醢〔(しほから)〕と為す。肝を補し、内障〔の〕虛人・眼疾・小兒の雀目〔(とりめ)〕を治す。

○順が「和名抄」に云はく、『崔禹錫「食經」に云はく、「鯛、都條反」。和名「大比」。味、甘、冷、毒、無し。貌、鯽〔(ふな)〕に似て、紅〔き〕鰭なる者なり』〔と〕。今、按ずるに、性、冷と稱するは、非なり。

○鯛に雌雄あり、雄は色淡黑、背に、かど、あり。雌は、色、紅なり。形、うるはしく、性・味、最もよし。雄にまされり。

○「延喜式」に「平魚」と云ふ。是れ、「たひら」なり。婦女は「ひら」と云ふ。朝鮮にては、鯛を「道味魚」と云ひ、又「掉尾」と云ふ。或いは曰はく、「三車一覽」、「平魚」をのせたり。其の形、鯛のごとし。

○今、案ずるに、鯛の類、多し。

○方頭魚(くずな) 「閩書」に出づ。「あまだい」とも云ふ。東土にて「奥津鯛」と云ふ。「閩書」に『棘鬣に似て、小頭〔にして〕方〔たり〕。味、美〔よ)〕し』といへり。鼻の上、他魚より、高し。目も髙く付けり。色は鯛のごとくにして、長し。鯛より、性、かろし。毒、無し。病人に宜し。肉、やはらかなり。故に塩淹〔(しほづけ)〕に宜し。

○金絲魚(いとよりだひ) 黃筋あり。是れ亦、方頭魚〔(くずな)〕の類なり。毒、無し。味、よし。性、かろし。

○烏頰魚(すみやき/くろだひ[やぶちゃん注:前が右ルビ、後が左ルビ。]) 「閩書」に曰はく、『竒鬣に似て、形、稍〔(やや)〕、黒し。大寒〔(だいかん)〕の時に當り、之れを取る。性、好からず』〔と〕。或いは曰はく、其の膓、大毒有り、食ふべからず。頭、短く、口、小なり。形は鯛に似たり。此類、亦、多し。

○黃檣魚(はなふえだひ) 「閩書」に出たり。又、「漳州府志」に曰はく、『畧〔(ほぼ)〕竒鬣に似、身、小にして薄し。其の尾、淡黃。性、かろし。毒、無し』〔と〕。

○ひゑ鯛 淡灰色。味、をとれり[やぶちゃん注:ママ。]。性、亦、好からず。

○海鯽(ちぬ) 「閩書」に出たり。順が「和名」に、『海鯽魚 知沼』〔と〕。鯛に似て靑黒色、好んで人糞を食ふ。故に、人、之れを賎〔しむ〕。「黑鯛」・「ひゑ鯛」も其の形は「海鯽」に似て、別なり。此の類、性・味共に、鯛にをとれり。佳品に非ず。

○「ひさの魚」 鯛に似て、ひらく、色、黑し。又、一種「ひさの魚」、黑色の「ひさの魚」には異なり、鮒の形に似て、たて筋、あり。其の筋の色、濃淡、相ひまじれり。口細く、背に光色あり。味、よし。性、未だ詳らかならず。

○「のむし」 鯛の類なり。頭、鵝〔(がてう)〕のごとし。大なるあり。色、紫紅。うろこは鯉のごとし。味、淡し。

○「寳藏鯛」 常に鯛より身薄く、味、淡くして、よし。色、淡白、紅ならず。尾に近き處、黑㸃、多し。牙は口中にかくれて、口より見ゑず[やぶちゃん注:ママ。]。尾に岐(また)、なく、直ちに切れたるがごとし。常の鯛に異れり。

○「黑魚」 長さ一尺餘り、或いは六寸。遍身、黑色。目も亦、黑し。其の形、鯛のごとくにして、「黑鯛」には非ず。味、よし。味、亦、鯛に似たり。毒、無し。

 此の外、猶ほ、鯛の類、多し。記すこと、盡〔(つ)〕く能はず。凡そ、鯛の類の中〔(うち)〕、方頭(くずな)・金絲(いとより)・黃檣(はなふれ)は、性、可なり。其の餘は良品に非ず。

[やぶちゃん注:普通に「鯛」「タイ」と言えば、日本人は全員が、条鰭綱スズキ目タイ科マダイ亜科マダイ属マダイ Pagrus major を浮かべるが、御存知の通り、マダイに似ているタイ科 Sparidae の種群のみならず、全く縁のない別種にも本邦では「~ダイ」と附してきたし、現代でも標準和名に「~ダイ」を含む種は多く、マダイを連想させて購買意欲をそそるための偽名異名としてさえ用いられている。例えば、ウィキの「鯛」には、『日本では』「タイ」と言えば(五月蠅くなるのでここではティラピアを除いて学名挿入はしない)、『一般的に高級魚として認知されているが、日本人以外の民族で、この魚を「魚の王」とみなしている例はほぼ皆無である。タイ科にはマダイの他に、クロダイ、キダイ、チダイ、ヒレコダイ、タイワンダイ、アカレンコなどが含まれる。さらに広義には、タイ科以外の魚でも、扁平・大型・赤っぽい体色・白身などの特徴を持つ魚には』「~ダイ」『と和名がついていることが多く、この場合、タイ科とは分類上』、『遠い魚もいる』。『アマダイ、キントキダイ、イシダイなどはタイ科と同じスズキ亜目だが、エボシダイなどはスズキ目の別亜目、キンメダイ、アコウダイ、マトウダイなどは目のレベルでちがう魚である。このように和名にタイと名のついた魚は』実に二百種以上もあるのである。『極端な場合には』、『淡水魚のティラピア』(スズキ目ベラ亜目カワスズメ(シクリッド)科 Cichlidae ナイルティラピア(Nile tilapia)Oreochromis niloticus)『を、その学名ティラピア・ニロチカから「チカ鯛」などと命名したり、「イズミダイ」と称して』現に今、販売されている(その安さに飛びつく人は多いほど安いが、昨年、とある出ざるを得ない安会費の会合で金を出せば相応の刺身を出す店で出されたものを一切れ口に入れただけで、私は完全に勘弁だった)。『こうしたものは「あやかりタイ」などと揶揄される』とある。比較的市販されたり、水族館で見かけるそうした広義の、比較的、食品的にも魚類学的にも許し得る(私は棘鰭上目キンメダイ目キンメダイ亜目キンメダイ科キンメダイ属キンメダイ Beryx splendensを広義の「鯛」としては見做さないし、ティラピアは絶対に許さない!)「~タイ」は、例えば、サイト「キッチン Tips」の「鯛 種類は一般的に24種類。めでたい!ありがたい!と喜びの表現に」を見られんことをお薦めする。さても、従って益軒の叙述も既にしてタイ科 Sparidae からは逸脱しているので注意して読まれたい。因みに、真正のタイ科 Sparidae だけでも全世界で三十六属約百二十五種が属している。

「棘鬣魚(たひ)」「棘」(とげ)の「鬣」(たてがみ)を持った魚とは言い得て妙である。マダイの背鰭は前に十二本の棘条が並び、その後に軟条が十本続く。前部の棘条は鋭く、毒はないが、刺さるとかなり痛む。

『本邦の俗、「鯛」の字を用ふ』。「鯛」は漢語としては音「テウ(チョウ)」で、原義は魚の骨が端が柔らかいことを指す漢字で、次に本邦の狭義にそれと同じく「タイ科 Sparidae」に属する種群を指す。

『「日本紀」〔の〕「神代下」、『赤女(〔あか〕め)』を載す』「日本書紀」では巻第二の三つのパート(別書)、「海彦山彦」伝承の部分で、神に問われて、失くした釣針を示す魚として登場する。

   *

海神乃集大小之魚、逼問之。僉曰。不識。唯赤女【赤女。鯛魚名也。】比有口疾而不來。固召之探其口者。果得失鉤。

   *

是後火火出見尊數有歎息。豐玉姫問曰。天孫豈欲還故鄕歟。對曰。然。豐玉姫卽白父神曰。在此貴客、意望欲還上國。海神於是總集海魚、覓問其鉤。有一魚。對曰。赤女久有口疾。或云。赤鯛。疑是之吞乎。故卽召赤女。見其口者。鉤猶在口。

   *

海神、召赤女・口女問之。時、口女自口出鉤以奉焉。赤女卽赤鯛也。口女卽鯔魚也。

   *

の部分である。

「赤鯛」赤い色をした「鯛」のような魚であるが、これはマダイや、誰が見ても「鯛」と認証するキダイ(タイ科キダイ亜科キダイ属キダイ Dentex tumifrons)・チダイ(タイ科マダイ亜科チダイ属チダイ Evynnis japonica)などとなる。

『「本草」に之れを載せず』「本草綱目」を主引用として記す寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「鯛」(流石に巻首に配する)の記載も、困って益軒同様、崔禹錫の「食經」と「閩書」の「南産志」や「日本書紀」を引いている。そちらで既に詳細な注を私は附しているので参照されたい。頭だからすぐ判る。

「閩書」前注で示した通り、その第二巻の「南産志」に載る。「閩書」は明の何喬遠(かきょうえん)撰になる、現在の福建省地方の地誌・物産誌で、全百五十四巻。

「嶺表錄異」唐最末期(九〇七年滅亡)に広州司馬を務めた劉恂(りゅうじゅん)の撰になる華南の地誌。

「吉鬣〔(きつれふ)〕」中国人にとって古来より赤は「吉」、最も目出度い色である。

「泉州」現在の福建省南東部泉州市(グーグル・マップ・データ)。泉州湾に臨む。元代には西方諸国人によってザイトンと呼ばれ、宋から元代にかけては中国最大の貿易港として繁栄したが、港口が浅く、福州・廈門(アモイ)の開港後は急速に衰えた。現在は晋江流域の物資集散地。

「髻鬣〔(けいれふ)〕」「髻」は頭の上部で髪を纏めて立てた「もとどり」を指すので、腑に落ちる。

「竒鬣〔(きれふ)〕」「竒」は「奇」の異体字。

「過臘〔(くわらふ)〕」「臘」臘月で陰暦十二月の異名で、中文サイトの辞書を見るに、「タイ」と思しい魚の名で、十二月に来たって春に去ることからの命名とあった。

「莆(ほ)」現在の福建省中部の莆田(ほでん)市附近(グーグル・マップ・データ。先の泉州市に東北で接する)。

「赤鬃」「鬃」は音「ソウ」で、原義は高く結い上げた髪。馬の鬣の意ともする。

「興化志」「興化府志」。明の呂一静らによって撰せられた現在の福建省の興化府(現在の莆田市内)地方の地誌。

「二魚なり」一方は赤色偏移はマダイでよいが、後はキダイかチダイであろう。鰭の赤みの強いのはキダイであるから、私はマダイとキダイを推す。

「本邦の諸州、此の魚、多し」マダイは本邦近海では北海道以南から南シナ海北部までの北西太平洋に分布する(奄美群島・沖縄諸島沿岸には棲息しない)。漁獲量は東シナ海・瀬戸内海・日本海の順に多く、太平洋側では南ほど多い(ウィキの「マダイ」に拠る)

「三月より五月に至り、最も多し」マダイの成魚は普段は沖合の水深三十~二百メートルの岩礁や砂礫底の底付近に棲息し、群れを作らず、単独で行動するが、産卵期の二~八月(温暖な地域ほど早い)には深みから浅い沿岸域へと移動する(同前)。

「中を補し」漢方で「中」は胃腸を指す。

「峻補(しゆんほ)」不足しているものを補う補法の一つで、専門的には補益力の強い薬物を用いて気血大虚或いは陰陽暴脱を治療する方法を指す。要は滋養強壮効果ということか。

「傷寒」昔の高熱を伴う疾患。熱病。現在のチフスの類。

「積聚〔(しやくじゆ)〕」所謂、「差し込み」で、胸部から腹部にかけての強い痛みを指す。

「瘡癤〔(さうせつ)〕」漢方で毛嚢と皮脂腺の急性炎症症状を指す。原因は熱毒によることが多いとする。

「脯〔(ほじし)〕」干物。

「内障〔の〕虛人」後の二つが眼疾患なので、ここは所謂、現在の白内障・緑内障のような症状を示す虚証(虚弱体質)の人。

『順が「和名抄」に云はく、『崔禹錫「食經」に云はく、「鯛、都條反」。和名「大比」。味、甘、冷、毒、無し。貌、鯽〔(ふな)〕に似て、紅〔き〕鰭なる者なり』源順(みなもとのしたごう)の「和名類聚鈔」の「第十九」の「鱗介部第三十 竜魚類第二百三十六」に、

   *

鯛 崔禹錫「食經」云、『鯛【都條反。和名「太比」。】味甘冷無毒貌似鯽而紅鰭者也』。

(鯛(たひ) 崔禹錫が「食經」に云はく、『鯛【「都」「條」の反。和名「太比」。】は、味、甘・冷にして、毒、無し。貌〔(かたち)〕、鯽〔(ふな)〕に似て、紅き鰭ある者なり』〔と〕。)

   *

・『崔禹錫が「食經」』の「食經」は「崔禹錫食経(さいうしゃくしょくきょう)」で唐の崔禹錫撰になる食物本草書。前掲の「倭名類聚鈔」に多く引用されるが、現在は散佚。後代の引用から、時節の食の禁忌・食い合わせ・飲用水の選び方等を記した総論部と、一品ごとに味覚・毒の有無・主治や効能を記した各論部から構成されていたと推測される。

・「都條反」は「鯛」の漢字音の反切。「都」の「tu」と「條」の「-hu」で「チュウ」。

・「貌」は「かたち」と訓じてよかろう。

・「鯽〔(ふな)〕」は条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科フナ属 Carassius の鮒(フナ)類である。京の公家は純粋な海産魚の活魚なんどは見たことがないので、比較標準は概ね鯉・鮒・鰻等の淡水魚となる(鱸などはよく遡上するので見知ってはいたであろう)。ここで順が想起しているのは、本邦に最も広く分布するギンブナ Carassius langsdorfii か、或いは、琵琶湖固有種であるゲンゴロウブナ Carassius cuvieri 又は同じ琵琶湖固有種のニゴロブナ Carassius buergeri grandoculis であろう。

「延喜式」「弘仁式」及び「貞観式」(本書と合わせて三代格式と呼ぶ)を承けて作られた平安中期の律令施行規則。延喜五(九〇五)年に醍醐天皇の勅命で藤原時平らが編纂を始め、延長五(九二七)年に完成、施行は実に半世紀後の康保四(九六七)年であった。平安初期の禁中の年中儀式や制度等を記す。三代格式の中では唯一、ほぼ完全に残っている。

「平魚〔(たひ)〕」「平(たひら)」(平たい様子)で略して「タ」、「魚(いを)」で訛って「ヒ」略して「イ」で「タヒ」「タイ」と繋がる。

『是れ、「たひら」なり』益軒に謂いは「延喜式」が「平魚」と書いて「たひら」と読んで「タイ」の固有名としていたと書いている訳だが、現行では「延喜式」の「平魚」はこれで既に「たひ」と読んでいるはずである。

『朝鮮にては、鯛を「道味魚」と云ひ』「財団法人海洋生物環境研究所」発行のパンフレット『海の豆知識』第一号(PDF)の「魚名の由来(その1)――マダイ――」の「3」に「道味(トミ)から変化した」説が示されてある。『タイは、朝鮮の言葉で古くから「道味(トミ)」と呼ばれており、それが変化して今日の呼び名になったという説。ある学者は「万葉時代から、日本ではタイが通称。これは朝鮮』語『でトミと呼ぶので、それが変化したとの説もある。当時の日本の文化人は朝鮮半島の帰化人やその子孫が多かった」と述べてい』るとある。「掉尾」(とうび/ちょうび:元来がこの語は「獲られた魚が死の間際に激しく尾を振り動かすこと」を意味したが、そこから転じて「物事や文章の勢いが最後にきて強く盛んになること」を比喩する語となった)は韓国語ではどう発音するか判らぬが、「トウビ」は「ドウミ」(道味)と日本語の音は似てはいる。

「三車一覽」よく判らないが、南宋以後に成立した易学書のようである。

「方頭魚(くずな)」「あまだい」「奥津鯛」甘鯛。スズキ目スズキ亜目キツネアマダイ(アマダイ)科アマダイ属 Branchiostegus のうちで、本邦近海産は以下の四種。

アカアマダイ Branchiostegus japonicus

シロアマダイBranchiostegus albus

キアマダイ Branchiostegus auratus

スミツキアマダイ Branchiostegus argentatus

孰れも全長は二十~六十センチメートルほど。体は前後に細長く、側扁する。頭部は額と顎が角張った方形で、目は額の近くにあり、何となく、とぼけた或いは可愛らしい顔をしている。食用ではシロアマダイを最美とする。

「塩淹〔(しほづけ)〕」「淹」(音「エン」)はこの場合、「漬ける・浸す」の意。

「金絲魚(いとよりだひ)」スズキ亜目イトヨリダイ科 Nemipterus 属イトヨリダイ Nemipterus virgatusウィキの「イトヨリダイ」によれば、『体は細長くやや側扁する。尾びれは深く二叉し、上端部は糸状に伸びる。体長』は四十センチメートルで、『体色はマダイよりも淡く、ピンク色に近い。体側に黄色い縦縞が』六『本ある』。『うま味が強い白身魚で、美味であるため、経済的価値が高い魚として漁獲、取引される。日本で市販されているものは輸入されたものも多く、その場合鮮度が落ちるので注意が必要。近海物の大型のものは高値で取引される。旬は秋から冬にかけてである』。『日本では高級魚であり、特に関西で珍重する。身がやわらかく崩れやすいため、煮付け料理には向かず、蒸し魚、塩焼きにすることが多い。鮮度の良いものは刺身にもされる』。『台湾では「金線鰱」(ジンシエンリエン)、香港や広東省では「紅衫」(広東語』:『ホンサーム)と称し、中級の魚としてよく食べられている。油で煎り焼きにされることが最も多いが、台湾では、「話梅」(干し梅)の風味をつけた汁をかけたり、香港では落花生油で焼いて、トウチで味をつけるなど、地域によって風味の違いがある。ほかに、蒸し魚、塩焼きなどにする場合もある』とある。私の『栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 金線魚 糸ヨリ鯛(イトヨリダイ)』及び『栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 イトヨリ・黃イトヨリ(ソコイトヨリ)』も是非、参照されたい。

「烏頰魚(すみやき/くろだひ)」まず、これは、その叙述の内の、「性、好からず」「其の膓、大毒有り、食ふべからず」という特異な注記から、釣通に人気で美味な「くろだひ」、スズキ目タイ科ヘダイ亜科クロダイ属クロダイ Acanthopagrus schlegelii ではなく、現在でも別名で「スミヤキダイ」と呼ぶ、

スズキ目スズキ亜目イシナギ科イシナギ属オオクチイシナギ Stereolepis doederleini

に同定比定する。本邦では各地に分布し、美味い魚であるが、肝臓には大量のビタミンAが含まれており、知っていて少しにしようと思っても、味わいがいい(私も試しに少量を食べたことがあるが、実際、非常に美味い)ため、つい、食が進んでしまうことから、急性のビタミンA過剰症(食中毒)を起こす虞れが高い。症状は激しい頭痛・嘔吐・発熱・全身性皮膚落屑(はくせつ)等であり、食後三十分から十二時間程度で発症する。私の「栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 スミヤキダイ(オオクチイシナギ)」も参照されたい。

「黃檣魚(はなふえだひ)」スズキ目スズキ亜目フエダイ科ヒメダイ属ハナフエダイPristipomoides argyrogrammicus体は赤みを帯びており、背部は有意に黄色を交え、体側には青色の線がある。ヒメダイ属の中では体高がやや高い。体長は四十センチメートルに達する。本邦では伊豆諸島及び静岡県以南の太平洋側・琉球列島・南大東島・尖閣諸島・小笠原諸島に分布し、インド洋から太平洋に及ぶが、ハワイ諸島にはいない。深海性のフエダイ類の一種で通常は水深百メートル以深に棲息するが、岩礁域などでも見られる。沖縄などでは、他のヒメダイ属の種群と同じく、釣りや延縄(はえなわ)等で漁獲され、食用とされ、肉は白身で、美味い(以上はWEB魚図鑑」の「ハナフエダイ」に拠った)。

「漳州府志」清乾隆帝の代に成立した現在の福建省南東部に位置する漳州市(グーグル・マップ・データ)一帯の地誌。

「ひゑ鯛」これは「淡灰色」でマダイ型を想起して、ピンときた! スズキ目スズキ亜目タイ科ヘダイ亜科ヘダイ属ヘダイ Rhabdosargus sarba だ。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のヘダイのページを見たところ、益軒先生の近くの福岡県福岡市中央卸売市場での採取に「ヒエダイ」がおりました!

「海鯽(ちぬ)」スズキ目タイ科ヘダイ亜科クロダイ属クロダイ Acanthopagrus schlegeli の異名として現在も生きている。正しい漢字表記は「茅渟」。これは本来は和泉国の沿岸海域の古称で、現在の大阪湾の東部の堺市から岸和田市を経て泉南郡に至る一帯であるが、ここでクロダイが豊富に採れたことによる。

「順が「和名」に、『海鯽魚 知沼』」「和名類聚鈔」巻十九の「鱗介部第三十」の「竜魚類第二百三十六」に(先の「鯛」(リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションの「和名類聚鈔」の当該箇所。左頁の終りから四行目。次のコマの頭が「海鯽」)の次(そこが「尨魚(くろたひ)」の次)、

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海鯽 辨色立成云、海鯽魚【知沼鯽見下文】。

(海鯽(ちぬ) 「辨色立成」に云はく、『海鯽魚』【知沼。鯽は下文に見たり。】〔と〕。)

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「好んで人糞を食ふ。故に、人、之れを賎〔しむ〕」この冤罪はクロダイが、殊の外、悪食であることによる。ウィキの「クロダイ」によれば、何でも『上から落ちてくる物体に喰いつく性質』があり、『釣り餌は悪食な食性に対応して』、『ゴカイ類や甲殻類に始まり、海藻類、小魚、貝類、カイコの蛹、トウモロコシの粒やスイカの小片やミカン等に至るまで、様々なものが用いられている。トウモロコシやスイカと言った』、『本来であれば』、『海中に存在しないエサは他の魚を寄せ付けないため、エサ盗りに悩まされたときの有効手段とされる』とある。しかし、次いで言っておくと、一九七〇年代後半まで、瀬戸内海の牡蠣(カキ)養殖場では、餌として驚くべき多量の人糞が巨大な船でまさに排泄するように撒かれていたのだ。私は実際にそのNHKの映像を見た。まあ、しかし、考えてみれば、昔の野菜の肥料は当たり前に人糞だったし、古く中国ではトイレの下で豚を飼って人糞を餌としていたのだから、実は別に驚くに当たらない。

「ひさの魚」スズキ目スズキ亜目イシダイ科イシダイ属イシダイ Oplegnathus fasciatus の異名ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のイシダイのページに、「ヒサウオ」の異名を掲げ、「延喜式」には『ひさうお』と記録されており、「ひさ」「は「ひす/ひし」と『同義の古い漁業用語で、海中の』「磯」や「岩礁」と解して『磯の魚』、『岩礁の魚』とも『言えるが、むしろ』、「ひさ」は「いさ」と『同義語であるから、『ひさうお』→『いさうお』→『斑魚』であり、すなわち斑入りの魚、縞鯛の意とみるほうが妥当』であるとする見解が述べられてある(但し、「いさ」を「まだら」の意とするのは一般的な採り方ではないのでちょっと説得力を欠くように思われる)。

『又、一種「ひさの魚」、黑色の「ひさの魚」には異なり。鮒の形に似て、たて筋、あり。其の筋の色、濃淡相ひまじれり。口細く、背に光色あり。味、よし』魚に詳しくない方は、この表現に衍文を疑われるかも知れぬが、知る人は、はた! と膝を打つ記述なのである。即ち、益軒が言っているのは、『黑色の「ひさの魚」』とは別に『一種』有意に異なる別種(実際は同種である)の『「ひさの魚」』がいて、それは『鮒』(フナ)『の形に』よく『似て』いて、特徴的な『たて筋』が『あり』、『其の筋の色、濃淡、相ひまじ』ってくっきりと縞が見える、そうして『口』が有意に『細く』尖っていて、『背に』ははっきりとした『光』沢がある奴がいる! と言っているのである。もう、お判りであろう、これはイシダイの幼魚・若年魚、或いは、♀の成魚や老成魚なのである。ウィキの「イシダイ」より引く。『成魚は全長』五十センチメートル『程度だが、稀に』全長七十センチメートル、体重七キログラムを『超える老成個体が漁獲される』。『体型は左右から押しつぶされたような円盤型で、顎がわずかに前方に突き出る。鱗は細かい櫛鱗で、ほぼ全身を覆う。口は上下の顎ごとに歯が融合し、頑丈なくちばしのような形状になっている』。『体色は白地に』七『本の太い横縞が入るが、成長段階や個体によっては』、『白色部が金色や灰色を帯びたり、横縞が隣と繋がったりもする。幼魚や若魚ではこの横縞が明瞭で、この時期は特にシマダイ(縞鯛)とも呼ばれる。ただし』、『成長につれて白・黒が互いに灰色に近くなり、縞が不鮮明になる。特に老成したオス』では、『全身が鈍い銀色光沢を残した灰黒色となり、尾部周辺にぼんやりと縞が残る程度になる。同時に口の周辺が黒くなることから、これを特に「クチグロ」(口黒)、または「ギンワサ」「ギンカゲ」などと呼ぶ。一方、メスは老成しても横縞が残る』とある。

「のむし」頭部が鵞鳥(ガチョウ:カモ目カモ亜目カモ科ガン亜科 Anserinae の野生の雁(ガン)類を家畜化したもの。現在、飼養されているガチョウ類は、ハイイロガン(マガン属ハイイロガン Anser anser)を原種とするヨーロッパ系種の「ガチョウ」と、サカツラガン(サカツラガン Anser cygnoides)を原種とする中国系の「シナガチョウ」のグループの二つに大別されるが、「シナガチョウ」系は上の嘴の付け根に瘤状の隆起があることでヨーロッパ系の「ガチョウ」類と区別出来るので、ここは後者を指すと考えてよい。詳しくは私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鵞(たうがん(とうがん))〔ガチョウ〕」を参照されたい)のようで(?!)大型個体も見かける。色は紫がかった赤色で、鱗は鯉にそっくり。味は淡白だそうだ。う~ん? これに適合しそうなのは、スズキ亜目フエダイ科フエダイ属フエダイ Lutjanus stellatus じゃあねえか? ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のフエダイのページをごろうじろ!2020年10月21日改稿】これは『畔田翠山「水族志」 コブダヒ (コブダイ)』での考証の結果、スズキ目ベラ亜目ベラ科タキベラ亜科コブダイ属コブダイ Semicossyphus reticulatus と判明した。言われて見みりゃ、頭の出っ張りは、そうだわな……何で気づかなかったか……トホホ……

「寳藏鯛」体が扁側し、尾に近い位置に明白な黒点があり(但し、益軒はそれが多くあると言っているのが悩ましいのだが)、さらに歯が「口中にかくれて」いて、普通の状態では見えない(これが大事!)『尾に岐(また)』がなく(中央の凹みと上下の伸長が全くない)『直ちに切れたるがごと』き尾鰭を持つ点で、これはスズキ目スズキ亜目フエダイ科フエダイ属クロホシフエダイ Lutjanus russellii と断定していいように私は思う。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のクロホシフエダイのページを是非、見られたい。そこに上顎上顎の口内のイッテンフエダイ(同属のフエダイ属イッテンフエダイ Lutjanus monostigma)との比較画像がある。上顎の近心部の前歯がクロホシフエダイにはないのだ! なお、ぼうずコンニャク氏の解説によれば、本種は『シガテラ毒を持つ確率の高い魚』とある。要注意!

「黑魚」最後になって息が切れてきた。全身黒(或いは黒っぽく見え)で、マダイ型で、しかし、絶対にイシダイじゃない、と言い張るとなると、

スズキ亜目イサキ科コショウダイ属クロコショウダイ Plectorhinchus gibbosus

イシダイ科イシダイ属イシガキダイ Oplegnathus punctatus

辺りか? これを以って、おしまいととする。]

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