小泉八雲 化け物の歌 「一一 バケヂザウ」 (大谷正信譯)
[やぶちゃん注:本篇の詳細は『小泉八雲 化け物の歌 序・「一 キツネビ」(大谷正信譯)』の私の冒頭注を参照されたい。
標題の中に、ここにだけ読点が入っている。]
一一、バケヂザウ
子どもの亡靈の救主たる地藏菩薩の像は、日本佛敎の中にあつて最も美しい、また最も人間味のあるものの一つである。この佛の彫像は殆んど到る處の村落に、また到る處の路傍に見ることが出來るが、地藏の彫像には――例へば姿を色々に扮して、夜間步き𢌞ると云ふやうな――無氣味なことをするのがあると云はれて居る。さういふ地藏の彫像をバケヂザウと呼ぶ。變形をする地藏といふ意味である。傳統的な繪では、小さな男の子が――その立像が動いて徐ろに自分の方へ頭を屈めるとは思ひもかけずに――地藏の石像の前ヘいつもの餅の御供物を置かうとして居るところが畫いてある。
[やぶちゃん注:絵は、「中編」の「37」の左にある。「化け地蔵」で、日文研の「怪異・妖怪伝承データベース」で検索すると、六件がヒットし、神奈川県大磯・栃木県日光市・同旧三重村大字五十部・大阪市・三重県・茨城県岩井市の旧伝承が見つかる。この内、多くが立ち歩くという怪異を持つようである。小泉八雲は、あたかも一般論のように、「傳統的な繪では、小さな男の子が――その立像が動いて徐ろに自分の方へ頭を屈めるとは思ひもかけずに――地藏の石像の前ヘいつもの餅の御供物を置かうとして居るところが畫いてある」とあるものの、これは実は「狂歌百物語」の「化地藏」の挿絵そのものであって、これが「化け地蔵」のオーソドックスな図版とは、私には、全く、思われない。]
何氣なき石の地藏の姿さヘ
夜は恐ろしき御影とぞなる
〔花崗岩といふ日本語はミカゲである。そしてまた「御ん相(すがた)」とか「尊い樣子」とか何んとかいふ意味を有つて居て、神や天子に對して用ひる、ミカゲといふ尊稱もある。……文字通りではどう譯しても五句目や、後の方の、飜譯の效果を暗示することは出來ぬ。カゲは「影」、「姿」、それから「力」――殊に不可思議な力を意味する。名や神の屬性に附けるミといふ尊稱の接頭語はオオガストと譯してよからう〕
[やぶちゃん注:原拠「狂歌百物語」の「化地藏」の本文に(「中編」の「43」の左丁後ろから二行目)、
なにけなき石の地藏の姿さヘ夜は恐ろしきみかけとそなる 宝山亭金丸
とある。
「オオガスト」“august”。この場合は形容詞で、「畏敬の念を起こさせるほどに威厳のある、堂々たる」の意。]
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