小泉八雲 日本の女の名 (岡田哲蔵訳) その「三」と「四」 / 日本の女の名~了
[やぶちゃん注:本篇については、『小泉八雲 日本の女の名 (岡田哲蔵訳) その「一」』の私の冒頭注を参照されたい。なお、末尾注の最後の方に改行して添えたものの中に、
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華族女學校の方の名も同校卒業者名簿を參照して見たが今考へ難きものが少からぬ。
*
と、本パートと関連のある註があるので、ここに記しておく。]
三
現代貴族の名の例として私は明治十九年から二十七年迄[やぶちゃん注:一八八六年から一八九四年まで。]の間に發行せられた華族女學校の報告を參照した。華族女學校は同族以外の女子も入學を許して居るが、私は硏究の目的の爲めに華族のみの名を百四十七だけ選んだ。
三字四字の名は此等の中に稀であること、また現代の貴族の二字の呼び名は、發音も說明も一般の呼び名と差別が無いことが注意されやう。然し漢字で書くと外の女と餘程異るものがある。それは多くは複雜で見慣れぬ文字で書かれる爲めである。その樣な精妙の文字を用ゆることは主として次の表に見る如き同音異義の名が比較的多いことの說明になる。
華族女學校生徒の個人名
秋子
明子
晨(アキ)子
朝子
綾子
千春子
近子
千鶴子
[やぶちゃん注:原本に従えば「ちづるこ」である。]
千代子
えい子(鐘聲)〔?〕
悅子
藤子
福子
文子
芙蓉子
冬子
花子
華子
治子
春子
はる子(遠く離るの意)〔?〕
[やぶちゃん注:岡田氏は疑問符を示しているが、「遙子」で奇異でも何でもない。]
初子
秀子
英子
博子
廣子
久子
ひさ子(繼續の意)
星子
育子
今子
五百子
[やぶちゃん注:「いほこ」。]
糸子
龜子
周子
[やぶちゃん注:「かねこ」。]
鐘子
かた子(條件)〔?〕
一(カズ)子
數子
和子
淸子
孝(の本語を知らぬ讀者に說明しかねるが、音調の都合で子を省く、この名の音が一つの時も二つの時も)
[やぶちゃん注:「孝」は原文では“kō”と表記されている。ここで小泉八雲が謂っているのは「こー」の時も「こう」の時も、ということである。]
鴻子
琴子
國子
邦
京子
萬千
[やぶちゃん注:「まち」。]
誠(マコト)
正子
まさ子(信任の意)〔?〕
增子
また子(完全にの意)〔?〕
[やぶちゃん注:「全」は人名で「また」と読むから、疑問はない。]
松子
三千子
峯
嶺子
光子
美代子
元子
長子
永子(永生)
波子
直子
によ子(神道にも佛敎にもある何にても望むものを授くといふ如意寶珠より取れる名、地藏も此珠を有つ。『東方聖書』第十一卷なる大善見王の經第一章のヴエルリアの珠と同じ物ならん譯者註一一)
譯者註一一 「東方聖書」第十一卷は第七卷の誤ならん。パリ語より譯せるヴイナナ本文といふ本文に、佛敎の Futtas といふものあり、その第六 Legend of thc Grcat King or Gloly Mahâ-Sadassana Suttanta.「大善王經」といふ)あり。この大王を阿難陀といひ、七種の寶あり。その一をVcluria 卽寶珠といふとあり。但し『によ子』といふ名が果して如意寶珠より取りしものか疑はしい。
[やぶちゃん注:「東方聖書」は「東方聖典叢書」(Sacred Books of the East)で、ドイツ生まれで、イギリスに帰化したインド学者(サンスクリット文献学者)・東洋学者・比較言語学者・比較宗教学者・仏教学者であったフリードリヒ・マックス・ミュラー(Friedrich Max Müller 一八二三年~一九〇〇年)によって編集され、オックスフォード大学出版局によって一八七九年から一九一〇年にかけて刊行された、アジアの諸宗教の聖典の英語翻訳を集成した全五十巻からなる壮大な叢書。ヒンドゥー教・仏教・道教・儒教・ゾロアスター教・ジャイナ教・イスラム教の主要な聖典を収録している(ウィキの「東方聖典叢書」に拠る)。
「パリ語」インド・ヨーロッパ語族のインド語派に属する言語で、現在は死語。Pali。中期インド語であるプラークリット語の一つで、南方仏教聖典の用語。アショーカ王石柱、サンスクリット劇中の諸方言との比較、釈迦との関係等から、パーリ語は北部インドのマガダ方言又はウッジャイニー方言に基づくとされる(平凡社「百科事典マイペディア」に拠る)。]
のぶ子(多量)〔?〕
延子
範子
縫子
沖子
貞子
定子
櫻子
榮
里子
さと子(辨別)
せき子(大の意)〔?〕
[やぶちゃん注:この「せき子」は「碩子」ではあるまいか。「大きくてすぐれている」で小泉八雲の解説と一致する。]
節子
茂子
繁子(繁榮)
茂(シゲ)子(豐富なる生長)
[やぶちゃん注:表記が前と重なるのは如何なものか。平井呈一氏はここを『成(しげ)子』とされており、躓かない。]
しげ子(生長)〔?〕
しげ子(芳香)〔?〕
[やぶちゃん注:岡田氏の訳はちょっとおかしい。リストでは“Shigé-ko”の同音のそれは四名分しかないのに、ここでは五名出ているからである。最初の「茂子」は衍字ではなかろうか? なお、平井呈一氏は『馥(しげ)子』と漢字を当てる。]
しき子(愼)〔?〕
島子
新子
靜子
靜江
園子
末子
[やぶちゃん注:これは底本では「未子」であるが、原文は“Suë-ko”なので、明らかな誤植と断じ、特異的に訂した。]
助子
澄子
すみ子(眞實)
澄江
錫子
鈴子
鈴音
[やぶちゃん注:「すずね」。]
高子
孝(タカ)子
たか子(貴き意)
竹子
瀧子
玉子
珠子
爲子
民
[やぶちゃん注:原本に従うなら「民子」である。]
たね子(成功)〔?〕
達子
多鶴子
[やぶちゃん注:原本に従うと「たつるこ」。]
田鶴子
[やぶちゃん注:読みは同前。]
輝子
鐡子
時子
留子
富子
智
知
友子
敏子
豐子
恒
常子
つね子「前と同義別字」〔?〕
[やぶちゃん注:「庸子」・「彝子」・「每子」等が想起出来る。平井氏は『節(つね)子』とする。]
つね子(眞實)
[やぶちゃん注:漢字を想起出来ない。]
鶴子
艷子
卯女
[やぶちゃん注:原本に従えば、二字で「うめ」。小泉八雲は解説で“Female Hare”(雌兎)とする。]梅子
八千子
八十子
八十四子
[やぶちゃん注:原本に従うなら「やそしこ」と読む。]
保子
寧子
安子
米子
賴子
よし(卓越)〔?〕
[やぶちゃん注:「優(よし)」か?]
芳子
良子
愛(ヨシ)子
淑(ヨシ)子
よし子(悅)
慶(ヨシ)子
よし子(幸)
[やぶちゃん注:「吉子」・「嘉子」等が想起出来る。]
よし子(輝きて明)〔?〕
幸(ユキ)子
雪子
行子
豐(ユタカ)
四
本論のはじめに私は純然たる美的の呼び名の好まれぬ理由は一面に極めて詩的の名が藝娼妓につけられる習俗の爲めであらうといつた。それで或る外人の誤解を正す目的で私は藝妓の名に就て二三の攻究を試みる。
藝妓の名は――他の名の類の如く――好奇的興味に充ち、またそれだけで眞に美しいが、尊敬と正反對の職業と聯想する爲めに全然俗化してしまつた。嚴密に云へば、此等の名は本硏究の問題と全く關係が無い。それは實は個人名で無くて、唯だ職業の名稱に過ぎず、呼び名で無くて藝名であるからである。
[やぶちゃん注:以下の太字は底本では傍点「○」。]
か〻る名の大部分はある接頭字、接尾字の特徵がある。例へば左の如きものがある。
㈠ 上に若をつける、若草、若鶴、若紫、若駒の類。
㈡ 上に小[やぶちゃん注:「こ」。傍点がないが、原文に徴して太字とした。以下でも同仕儀を適用した。]をつける、小艷、小花、小櫻の類。
㈢ 下に龍[やぶちゃん注:「りょう」(原文音読)。]をつける、(登り龍は特に成功の象徴である)、玉龍、花龍、金龍の類。
㈣ 下に治[やぶちゃん注:「じ」。]をつける、歌治、しんね治(?)、勝治の類。
[やぶちゃん注:「しんね治」平井氏は『〆治』とする。]
㈤ 下に助をつける、玉助、駒助の類。
㈥ 下に吉をつける、歌吉、玉吉の類。
㈦ 下に菊をつける、三菊[やぶちゃん注:「みつぎく」。]、雛菊、小菊の類。
㈧ 下に鶴をつける、駒鶴、小鶴、糸鶴の類。
か〻る形式は說明の助にならう。然しまだ外のがある。藝名は槪ね二つの漢字で書いて、三音又は四音に讀む。五音の藝名も折々ある、二音だけのは少く舞妓には稀である。而してか〻る職業的の名は何等道德的の意義あることは殆ど無い、これらは長壽、富、快樂、若さ、幸運などに關はる物の意義で、恐らく特に幸福に關係が多い。
近年都の藝妓の或る者のうちには上品な子を名の下につけることが流行となり、又は貴族的の呼び名を名乘るものさへ現はれて來た。一八八九年[やぶちゃん注:明治二十二年。]に東京の一新聞は法律の手段でこの事實を停止することを論じた。この事がこの問題に關にする公衆の感情の證明を與ふると見られよう。
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