小泉八雲 化け物の歌 「八 ヘイケガニ」 (大谷正信譯)
[やぶちゃん注:本篇の詳細は『小泉八雲 化け物の歌 序・「一 キツネビ」(大谷正信譯)』の私の冒頭注を参照されたい。]
八 ヘイケガニ
讀者は自分の『骨董』のうちに平家蟹といふ、その甲の上に怒りの顏の輪廓に似て居る種種な皺のある蟹についての一文を見ることが出來る。下ノ關ではこの珍らしい動物の乾したのを賣りに出して居る。……平家蟹は壇ノ浦で死んだ平家の侍の怨みの靈の變化(へんげ)であると云はれて居る。
[やぶちゃん注:「小泉八雲 平家蟹(田部隆次譯)」を参照されたい。]
汐干には勢揃して平家蟹
浮世の樣を橫ににらみつ
〔此歌の初句の三つ目の發音は「干潮」の意味のヒと、「干て居る濱」の意味のヒカタの役を勤めて居る。セイゾロヒは、羅馬時代の言葉のアキエスの意味での、「合戰整列」を意味する名詞である。……で、セイゾロヒシテは「合戰整列に竝んで」の意味〕
[やぶちゃん注:原拠「狂歌百物語」の「平家蟹」の本文に(絵は「上編」の「6」、句は「14」の左丁の六行目。それにしても、この絵はヒド過ぎる! 描かれている三個体は全部、抱卵(エビ)亜目カニ下目ワタリガニ科ガザミ属ガザミ Portunus trituberculatus だぜッツ!?!)、
汐干には勢揃ひして平家蟹浮世のさまを橫ににらみつ 下毛小倉 楳良
とある。
「アキエス」原文注のここの前後は“Séïzoroë is a noun signifying "battle-array"—in the sense of the Roman term acies;”。『「せいぞろえ」は、ローマ語の用語「アキエ(ー)ス」の意味で、「戦闘隊列」を意味する名詞で、』の意。「acies」はローマ時代の軍隊の「戦闘隊列」を意味するラテン語表記。]
西海に沈みぬれども平家蟹
甲羅の色もやはり赤旗
〔ヘイケ卽ち平家の旗は赤かつた。その敵ゲンジ卽ち源家の旗は白かつた〕
[やぶちゃん注:原拠本文に(「14」の左丁二行目)、
西海に沈みぬれとも平家蟹甲らのいろもやはり赤はた 近江日野 敬㐂
とある。]
まけいくさ無念と胸にはさみける
顏もまつかになる平家蟹
[やぶちゃん注:原拠原文では第三句は“Hasami ken;—”であり、原拠本文でも(「13」の左丁後ろから三つ目)、
まけ軍むねんと胸にはさみけん顏もまつかになる平家蟹
になっているから、大谷の誤り。「る」の重なりが五月蠅いので、狂歌としても「ん」でブレイクする方がいい。]
味方みなおしつぶされし平家蟹
遺恨を胸にはさみもちけり
〔五句目のハサミといふ語の使用は、兼用音の頗るいい見本である、蟹の抓或は鋏刀を意味するハサミといふ名詞があり、隱まうとか、抱くとか、懷くとかいふ意味のハサムといふ動詞がある。(イコンヲイダクは「相手の人に對して遺恨の念を抱く」といふ意味である)此語をその後に來る語とだけつなげて讀むと、ハサミモチケリ卽ち「抓を有つた」といふ句になり、前の語と一緖に讀むと、イコンヲムネニハサミ卽ち「遺恨をその胸に抱く」といふ言ひ現しになる〕
[やぶちゃん注:原拠本文に(「15」の右丁三行目)、
味方みなおしつふされし平家蟹いこんを胸にはさみ持けり 金鍔
とある。
「抓」は「つめ」と読んでいるとしか思えないが、誤りである。この「抓」という漢語は、あくまで、動詞であり、「つまむ・つねる・ひっ掻くかく・爪でひっ掻く」の意しかない。
「鋏刀」「きやうたう」は「鋏(はさみ)」の意。]
« 小泉八雲 化け物の歌 「七 フナユウレイ」 (大谷正信譯) | トップページ | 小泉八雲 化け物の歌 「九 ヤナリ」 (大谷正信譯) »