小泉八雲 化け物の歌 「五 ロクロクビ」 (大谷正信譯)
[やぶちゃん注:本篇の詳細は『小泉八雲 化け物の歌 序・「一 キツネビ」(大谷正信譯)』の私の冒頭注を参照されたい。]
五 ロクロクビ
ロクロクビの語義は英語ではどう飜譯しても指示し難い。ロクロといふ言葉は𢌞轉する多くの物體を――滑車、萬力、絞車、旋盤、陶工の轆轤のやうに同じからぬ物體を――指示してどれにもこれにも、使用せられて居る。ロクロクビを『旋囘する首(ホワアリング ネツク)』とか『旋轉する頸(ロテエチング ネツク)』とか譯しては不滿足である――といふのは、ろくろ頸といふ言葉が、日本人の心に思はせる觀念は、囘轉してその上にまたその囘轉の方向次第で伸びたり縮んだりする首といふ觀念だからである。……この言葉の妖怪的意味はといふと、ロクロクビは⑴頭がその食べる物を探しに四方八方へうろつけるやうに、眠つて居る間にその頸が素敵に長く伸びる人間か、又は⑵その頸を身體から全く離して、後でその頸を身體へ繋ぐことの出來る人間かである。支那の神話では、頸が全く離れることが出來るやうに出來てる人間は、特殊の部類のものであるが、日本の民間說話では、その區別がいつも保たれて居るのでは無い。ろくろ頸が有つて[やぶちゃん注:「もつて」。]居るとされて居る惡るい癖の一つは、夜の燈の油を嘗めるといふ癖である。日本の繪ではろくろ頸は普通は女に描いてある。そして古い書物に、女は自分ではそれと知らず――丁度、夢遊病者が、その事實を自分には氣付かずに、眠つて居る間に步き𢌞るやうに――ろくろ頸になることがあると書いてある。……ろくろ頸についての次記の歌は狂歌百物語の中の二十首の一團から選んだのである。
〔この最後に說明した種類のろくろ頸については、自分の『怪談』の中に日本文から飜譯した珍らしい話がある〕
[やぶちゃん注:「絞車」(かうしや(こうしゃ))は、重い物を引き寄せたり、持ち上げたりするのに用いる大きな巻き上げ機のこと。「車地」「車盤」などとも呼ぶ。原文は“windlass”(ウィンドラス)。英和辞典を見ると、「ウィンチ(winch)」よりも簡単で手回しのものが多い。井戸の水汲み用の釣瓶(つるべ)や、錨の巻き上げ機などとあった。
「旋囘する首(ホワアリング ネツク)」原文“Whirling-Neck”。「Whirli」は自動詞では「ぐるぐると回る・振り回す」「渦を巻く」の意。
「旋轉する頸(ロテエチング ネツク)」原文“Rotating-Neck”。「Rotate」は自動詞では「軸を中心として回転する・循環する」「自転する」の意。
「自分の『怪談』の中に日本文から飜譯した珍らしい話がある」私の強力注附きの「小泉八雲 ろくろ首(田部隆次譯)」を参照されたい。]
寢亂れの長き髮をば振分けて
千尋にのばすろくろ頸かな
[やぶちゃん注:原拠「狂歌百物語」の「轆轤首」(絵は「上編」の「22」)本文の掉尾に(「29」)、
寢みたれの長き髮をはふり分て千尋にのはす轆轤首かな 草加 藤田橋丸
とある。
「千尋」「ちひろ」。]
あたま無き化物なりとろくろ頸
見て驚かん己が姿を
[やぶちゃん注:原拠では(「28」の七行目)、
かうへ無き化物なりと轆轤首見ておとろかん己かすがたを 靑梅 扇松垣
とある。【2025年4月2日追記】当初、頭の部分は「あたま」と無批判にしていたのだが、どうみても、そうは読めないことに気づいた。これは、「賀」(か)の崩しの上部が欠損したものに、「宇」(う)、「篇」或いは「弊」の上部が欠損したものと判読し、「かうべ」と判読した。識者の護斧正を乞うものである。]
束の間に梁をつたはるろくろ頸
けたけた笑ふ顏のこわさよ
〔作品中の二重の意味を悉く飜譯することは不可能である。ツカノマは「瞬時に」とか「早く」とかいふ意味でゐる。然しまた「支柱〔ツカ〕の間の場處〔マ〕に」といふことも意味し得るのである。ケタは橫梁を意味するが、ケタケタワラフは嘲るやうに微笑、又は大笑することを意味する。幽靈はケタケタといふ發音をして笑ふといはれて居る〕
[やぶちゃん注:原拠では(「29」の二行目)、
つかの間に梁をつたはる轆轤首けたけた笑ふ顏のこはさよ 語安臺有恆
で出る。]
六尺の屛風にのびるろくろ頸
見ては五尺の身をちゞめけり
〔大屛風の普通の丈は日本尺六尺である〕
[やぶちゃん注:これは珍しく原拠の挿絵(「22」)に、この歌通りの、屏風の後ろから延びた轆轤首の首のところから下へ(画面の屏風の左外)書かれてある。但し、この首、元をたどると、画面の右で屏風の内側に下から延びているのが判ることから、この屏風の内に寝ているらしい(盛り上がった衾(ふすま)のみが見える)女の首であると、絵は解釈出来る)に記された一首であるが、
六尺の屛風にのひる轆轤首
見ては五尺の身をちゝみけり 花の門
と最終句に異同がある。原文を見ると、正しく“Mi wo chijimi-kéri! ”であるからして、俳人でもあった大谷の確信犯的な補正操作の可能性が高いものと思われる。]
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