「今昔物語集」卷第二十四 人妻成惡靈除其害陰陽師語第二十
[やぶちゃん注:底本は歴史的仮名遣の読みの確認の便から、「日本古典文学全集」第二十四巻「今昔物語集 三」第五版昭和五四(一九七九)年(初版は昭和四九(一九六四)年)刊。校注・訳/馬淵和夫・国東文麿・今野達)を参考に切り替える。但し、恣意的に漢字を概ね正字化し、漢文脈は訓読し、読み易く、読みの一部を送り仮名で出し、読みは甚だ読みが振れるか、或いは判読の困難なものにのみとした。参考底本の一部の記号については、追加・変更も行い、改行も増やした。□は原本の意識的欠字。]
「今昔物語集」卷第二十七 人の妻(め)、惡靈と成り、其の害を除く陰陽師(おむやうじ)の語(こと)第二十
今は昔、□□と云ふ者、有けり。年來(としごろ)棲みける妻を去り離れにけり。
妻、深く怨みを成して歎き悲しみける程に、其の思ひに病み付きて、月來(つきごろ)、惱みて、思ひ死にけり。
其の女、父母(ぶも)も無く、親しき者も無かりければ、死にたりけるを、取り隱し、棄つる事も無くて、屋(や)の内に有りけるが、髮も落ちずして本(もと)の如く付きたりけり。骨、皆、次(つづ)きかへりて、離れざりけり。
隣りの人、物の迫(はざま)より、此れを臨(のぞ)きて見けるに、恐(お)ぢ怖るゝ事、限り無し。
亦、其の家(いへ)の内、常に眞(ま)□□[やぶちゃん注:「さを」か。「眞靑(まさを)」。]に光る事、有りけり。
亦、常に物鳴(ものな)りなむど、有りければ、隣りの人も恐ぢて逃げ迷(まど)ひけり。
而るに、其の夫(をうと)、此の事を聞きて、半(なから)は死する心地して、
「何(いか)にしてか、此の靈(りやう)の難をば遁るべからむ。我を怨みて思ひ死(しに)に死(しに)たる者なれば、我は、彼れに取られなむとす。」
と恐ぢ怖れて、□□と云ふ陰陽師(おむやうじ)の許(もと)に行きて、此の事を語りて、難を遁るべき事を云ひければ、陰陽師の云はく、
「此の事、極めて遁れ難き事にこそ侍るなれ。然(さ)は有れども、此く宣ふ事也(なり)、構へ試みむ。但し、其の爲に極めては怖しき事なむど、爲(す)る。其れを、構へて、念じ給へ。」
と云ひて、日の入る程に、陰陽師、彼の死人の有る家に、此の夫(をうと)の男を搔き具して將(ゐ)て行きぬ。
男(をとこ)、外(ほか)にて聞きつるだに、頭(かしら)の毛太りて怖ろしきに、增して、其の家へ行かむ、極めて怖ろしく堪へ難けれども、陰陽師に偏へに身を任せて行きぬ。
見れば、實(まこと)に、死人の髮、落ちずして、骨、次(つづ)きかへりて、臥したり。
背に馬に乘る樣(やう)に乘せつ。
然(さ)て、其の死人の髮を强く引(ひ)かへさせ、
「努々(ゆめゆめ)、放つ事、なかれ。」
と敎へて、物を讀み懸け愼(つつし)びて、
「自(みづから)が此(ここ)に來(こ)むまでは、此(か)くて有れ。定めて、怖しき事、有らむとす。其れを念じて、有れ。」
と云ひ置きて、陰陽師は出でて去りぬ。
男、爲(せ)む方(かた)無く、生きたるにも非らで、死人に乘りて、髮を捕へて、有り。
而る間、夜(よる)に入りぬ。
『夜半に成りぬらむ。』
と思ふ程に、此の死人、
「穴(あな)、重しや。」
と、云ふままに、立ち走りて云はく、
「い、其奴(そやつ)求めて、來たらむ。」
と云ひて、走り出でぬ。
何(いづく)とも思(おぼ)へず、遙かに行く。
然(しか)れども、陰陽師の敎(をし)へしまゝに、髮を捕へて有る程に、死人、返りぬ。本の家に來たりて、同じ樣に臥す。
男、怖ろしなど云へば愚か也。物も思へねども、念じて、髮を放たずして、背に乘りて有るに、鷄(とり)、鳴きぬれば、死人、音も爲(せ)ず成りぬ。
然(さ)る程に、夜(よ)明けぬれば、陰陽師、來たりて云はく、
「今夜(こよひ)、定めて怖ろしき事、侍りつらむ。髮、放たずなりぬや。」
と問へば、男、放たざりつる由(よし)を答ふ。
其の時に、陰陽師、亦、死人に、物を讀み懸け愼しみて後(のち)、
「今は、去來(いざ)、給へ。」
と云ひて、男を搔き具して家に返りぬ。
陰陽師の云はく、
「今は、更に恐れ給ふべからず。宣ふ事の去り難ければ也(なり)。」
となむ云ひける。
男、泣々(なくなく)、陰陽師を拜しけり。
其の後(のち)、男、敢へて事無くして、久しく有りけり。
此れ、近き事なるべし。其の人の孫(そん)、今に世に有り。亦、其の陰陽師の孫も、大宿直(おほとのゐ)と云ふ所に今に有んなり、となむ語り傳へたるとや。
□やぶちゃん注(注には底本の他に池上洵一編「今昔物語集」(岩波文庫二〇〇一年刊)の「本朝部 下」も一部参考にした)
・「月來(つきごろ)」「数ヶ月の間」の意。
・「取り隱し、棄つる事も無くて」遺体を始末したり、葬送することもなくて。外に出して風葬にするか、土饅頭にして埋葬するのが当時(平安後期)の普通の葬送である。このように屋内に遺体をそのまま放置する例は普通ではない。
・「骨、皆、次(つづ)きかへりて、離れざりけり」参考底本の頭注に『いわゆる連骨で、死後も白骨が離散せず』(普通、仏教の「九相図絵巻」などでは「散骨相」と称し、通常の風葬にした遺体は獣や虫類に食われてばらばらになり、風雨に曝されて飛び散るものとされる)、『生前同様に骨格の各部が連なっていたことをいう。当時』、『連骨は神秘的なものとされ、死者が常人ならざることの証とされた』とするが、池上氏は脚注で、『全部つながったままで離れなかった。連骨は髪の毛とともに、恨みを残して死んだ悪霊の象徴』とする。後者の方がここには相応しい注である。後代のものであるが、西行に仮託された作者不詳の説話集「撰集抄(せんじゅうしょう)」(鎌倉後期の成立(推定)で興福寺に関わりのあった僧の作かとする説がある)の巻五の「第十五 西行於高野奥造人事」(西行、高野の奥に於いて人を造る事」で、ブットビの、西行が独りで淋しいから、散骨となった、人々の骨を全身分、拾い集めて、骨を総て綴り合わせて人の形に成形し、反魂(はんごん)の呪法を以ってフランケンシュタインの怪物みたような人造人間を作ったものの、『人の姿には似侍れども、色も惡しく、すべて心も侍ら』ず、『聲はあれども、弦管のごとし』という人に似て人に似ざる忌まわしいものであった、と出るのを思い出した。
・「物鳴(ものな)り」屋鳴(やな)り。ポルターガイスト(ドイツ語:Poltergeist:騒ぐ幽霊)である。
・「此の靈(りやう)の難」死霊の祟り。しかし「我を怨みて思ひ死(しに)に死(しに)たる者なれば、我は、彼れに取られなむとす」と彼が認識してからには、そうした怨み死にした数ヶ月の修羅を彼に伝えた者の存在がなくてはならない。この隣人がそれか。隣人が、以上の怪異現象を恐れて家(女の隣家)を離れたとすれば、その恨みつらみを籠めて、宛て付けにそれを男に伝えるようにした可能性は、これ、如何にもありそうなことではある。
・「構へて」前もって準備を整えて。ある態度をとってその状況に応じて、の意。
・「念じ給へ」「(恐ろしいことは必ず起こるのでありますが)きっと我慢をなされよ!」の意。
・「搔き具して」単に「一緒に引き連れて」の意。
・「外(ほか)にて」人(ここは陰陽師)から。
・「頭(かしら)の毛太りて怖ろしきに」髪の毛がそそげ立つような当時の一般的な恐怖感の形容。芥川龍之介の「羅生門」で、下人が女の死骸らしいものから髪を抜いているのを見出だしたシークエンスで、『舊記の記者の語を借りれば、「頭身(とうしん)の毛も太る」やうに感じたのである』と記すのが、よく知られる。
・「物を讀み懸け愼(つつし)びて」何か、呪文のようなもの(効果があるかどうかは疑わしいが、悪霊を祓い鎮めようとするような型通りのそれであろう)を唱えて。
・「い、其奴(そやつ)求めて、來たらむ」「い」は感動詞「いざ」と同義。
と云ひて、走り出でぬ。
・「思(おぼ)へず」ママ。歴史的仮名遣は「思ゆ」の未然形であるから、「思えず」が正しい。
・『其の時に、陰陽師、亦、死人に、物を讀み懸け愼しみて後(のち)、「今は、去來(いざ)、給へ。」』ここでは呪文が効果を持っている。則ち、恨んでいる元夫の姿を現世に於いて見出せないことが、逆に霊の彼へ怨みの執心をずらしたところに、間髪を入れず、この呪言が霊の活動を永遠に(現世に於いてという条件付きで)封印をすることとなるのである。しかし……男が死んだ後は……私はその限りではないと思う。
・「今夜(こよひ)」ここは「昨夜」の意。
・「宣ふ事の去り難ければ也(なり)」(困難な呪噤(じゆごん)であったが、)懇請されたことが、如何にも等閑視出来ぬあったから(かくも危険な手法を採らざるを得なかったから)です。
・「孫(そん)」ここは単に「子孫」「後裔」の意。後も無論、同じい。
・「大宿直(おほとのゐ)」参考底本頭注に、『大内裏』の中の、『主殿寮』(とのもづかさ:令制の官司。宮内省に属し、内裏の庭の掃除・湯沐・薪油調達などを司った役所。頭・助・允・大少属以下の役職があり、釜殿・湯屋があった)『の南、内教坊』(宮中で舞姫を置いて、女楽・踏歌などを教えて練習させた所。坊家(ぼうけ))『の西』に、『「大宿直」がみえる』『が』、『これに当たるか。とすれば、大内裏警護の者の詰所のあった区域である』とある。
・「今に有んなり」この「なり」は伝聞の助動詞で、前の原型「有る」は、従って、終止形ではなく、連体形である。
□やぶちゃん現代語訳(参考底本の訳を一部で参考にはしたが、基本、オリジナル訳である)
「今昔物語集」巻第二十七 人の妻、悪霊と成るも、その害を除いた陰陽師(おんみょうじ)の語(こと)第二十
今となっては……もう……昔のこととなってしまったが、何某(なにがし)と申す者がおったが、長年、連れ添っておった妻を離縁してしまった。
妻は、このことを、深く恨み、歎き悲しんでおったが、その思いの昂じて、遂には病いを発し、数ヶ月、患った挙句、思い死(じ)にしてしまった。
亡くなったこの女は、父母もなく、親しい者もおらざれば、誰一人、亡骸(なきがら)を引き取って始末したり、葬ることもえせず、家の中に放っておかれたのであったが、その亡骸、髪も抜け落つることなく、生きていた時と同じように附いていたままであった。また、その骨も、皆、散ずることなく、完全に繋がったままに、離れずあったのであった。
隣りの人が、戸の隙間より、これを覗き見したところが、これ、言いようもなく、怖れおののいて御座った。
また、その家の内は、常に、妖しく真っ青に光ることも御座った。……
また、常に、理由もわからず、屋鳴りなどすることがあったによって、隣りの人も、これ、恐れて逃げ惑う始末で御座った。……
さても、ところが、その前の夫、この話を聞いて、半ば、死にそうな心持ちがして、
「どうしたら、この死霊(しりょう)の祟りから、遁(のが)れることができるじゃろう? 俺を怨んで思い死(じに)に死んだる女じゃから……俺は……きっと、その霊に憑(と)り殺されてしまうに違いない!」
と、怖れ戦(おのの)き、何某(なにがし)と申す陰陽師のもとに行き、このことを正直に語って、悪霊の難(なん)から遁るることの出来る手立てを問うた。
陰陽師は、
「このこと、これ、極めて遁れ難きことにて御座る。……かくは申せど、これほどまでに仰せらるるのであってみれば、……よし! 何かそれに応じた策を考えてみることと致しましょうぞ!……但し、そのためには、これ、極めて、怖ろしいことを『致す』ことになりまする。――その覚悟をしっかりと持って――ことに当たり――一所懸命に我慢なされよ!」
と、言うた。
日の沈む頃おい、陰陽師は、かの死人(しびと)のいる家に、この男をともに引き連れて行った。
男にとっては、これ、人からちょっと聴いただけでさえ、髪の毛が太うなるほどに怖ろしいのに加え、ましてや、その遺骸のある家へ行くなんどということは、極めて怖ろしく、堪え難かったのだが、偏えにこの陰陽師に、身を任せ、従って行ったのであった。
行って見てみると、まことに、死人(しびと)の髪の毛は、これ、抜け落ちずして、骨もまた、これ、繋がったままに横たわっておった。
すると、陰陽師は――
――その遺体の背に!
――男を馬に騎(の)るようにして!
――乗せた!
――そして!
――死人の髪の毛を!
――しっかと!
――握らせ!
「決して!――放さぬように!」
と、言い聞かせて、何やらん、呪文を唱えて、祈禱を成して後(のち)、
「――我らが――ここに戻ってくるまでは――このままでおられよ。……必ず、怖ろしいこと、これ、起こるであろう。――が――それを凝っと――我慢しておられよ!」
と言い残すや、陰陽師は出て行ってしまった!…………
男は仕方なく、生きた心地もせぬままに、死人(しびと)に跨ったまま、その遺骸の髪の毛を摑んでおった。……
やがて、夜になった。
『真夜中になったか。』
と思う頃おいであった。……
――この死人!
――「アアッツ! 重(オモ)タイ!」
――と、言うや否や!
――立ち上って走り出し!
――「イザ! ア奴(ヤツ)ヲ捜シニ! 参ロウゾ!」
――と口走って、家を走り出でる!
――どことも分からぬまま!
――どんどん! どんどん!
――遙か遠くへ! と!
――走り行く!
しかし、男は、陰陽師の教えたままに、
――髪の毛を!
――しっかと!
――摑んいた!
――摑んだままで! いた!
……と!
……そのうちに……死人(しびと)は引き返し始めた。
……そうして……もとの家に戻ると……前と同じように……横たわったのであった。…………
……男の心持ち? それはもう!……「怖ろしい」などと言うのも、これ、愚かなほどじゃて!
……何が何やら、これ、分からぬままに、ともかくも――只管(ひたすら)――死人の髪の毛を放さずして――背中に跨っておるうち……
……やがて……鶏(にわとり)が鳴くや!
……死人は
……声を発せずなり
……静かになったのであった。…………
かくして、夜も明けたところに、かの陰陽師が来たって、言うことには、
「――昨夜は、さぞ、怖ろしきこと、これ、御座ったろう! 髪の毛を――放さずに――おりましたか?」
と問うたので、男は、放さなかった旨、答えた。
すると、陰陽師は、また、死人(しびと)に向かい、先に誦したような呪文を唱えて祈祈禱をして後、
「今はもう! 終った! さあ! 帰りましょうぞ!」
と言って、心穏やかな様子で、男を連れ、家へと帰った。
帰り着くと、陰陽師は言う。
「今はもう、さらに怖るること、これ、御座らぬ! 貴殿の仰せられたそれが、あまりのことにお気の毒で御座ったによって、かく、致いたので御座る。」
と、言ったという。
男は、泣く泣く、陰陽師を頻りに拝んだ。
その後(のち)、この男には何の障(さわ)りもなく、長生きしたという。
この話は、これ、ごく最近のことと思われる。この男の子孫は今でも生きておる。また、その陰陽師の子孫もまた、大宿直(おおとのい)という役所に今もいるそうだ、と、かく語り伝えているということである。
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