小泉八雲 化け物の歌 「六、ユキヲンナ」 (大谷正信譯)
[やぶちゃん注:本篇の詳細は『小泉八雲 化け物の歌 序・「一 キツネビ」(大谷正信譯)』の私の冒頭注を参照されたい。]
六、ユキヲンナ
雪女卽ち雪の化け物は種種な姿を採る。然し昔の民間說話の多くのものでは、美くしい變化(へんげ)になつて出て來て居て、それに抱かれると人は死ぬることになつて居る。
〔雪女に就いての頗る珍らしい話を讀者は自分の『怪談』の中に見出すことが出來る〕
[やぶちゃん注:最後は「小泉八雲 雪女(田部隆次譯)」のそれ。]
ゆきをんなよそほふ櫛も厚氷
さす筓や氷なるらん
[やぶちゃん注:原拠では、珍しく挿絵(「上編」の「25」の右丁。四角で囲まれた「雪女」の標題がなく、雪女の形象も殆んど描かれていない特異な挿絵頁である)の中に書き込まれた一首で(左上から二首目)、
雪女裝ふ
櫛もあつ氷
さす筓や
氷なるらん
文昌堂
尚 丸
とある。
「筓」「かうがい」(現代仮名遣「こうがい」)と読む。元々は「髪搔(かみか)き」の意で、中国では簪(シン/かんざし)と同一であった。男子の笄は小刀や短刀の鞘に差して、髪の乱れを整えるのに用いた。平安初期、女性に「笄始め」の儀式が定められ、後期には棒の形になったことが「類聚雜要抄」等から知られる。室町時代には三味線の撥の形になり、江戸時代に女子の結髪が盛んになると、棒状の笄を横に挿すようになり、後には反(そ)りのあるもの、両頭で抜き差しの可能な長いもの、耳掻きの付いたものなどが生じ、髪飾りの一つとして使用された。材質は象牙・鼈甲・木・竹・馬の骨・銀・ガラス・クジラの骨など、多種に亙り、珍しいものでは鶴の脛骨で製されたものや、蒔絵を施した高級な装飾品も作られた(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。]
本來はくうなるものか雪をんな
よくよく見れば一物も無し
[やぶちゃん注:これも原拠では挿絵の左上部にあり、
本來は
くうなる物か
雪女よくよく
みれば一物も
なし
藤柴園
友成
とある。]
夜明ければ消えて行衞は白雪の
をんなと見しも柳なりけり
〔此處に用ひられて居る、シラユキといふ言葉は日本の詩人がケンヨウゲン(「二重の目的の語」)と呼んで居るものの一例である。直ぐつぎに來る語と結合して『雪と白い女』(シラユキノヲンナ)といふ句を作る。――直ぐ前の語と一緖になつては「何處へ行つたか分らぬ」(ユクヘハシラ〔ズ〕) と讀めることを思はせる〕
[やぶちゃん注:原拠本文の「雪女」に(「33」の左丁の七行目)、
夜明れは消て行へはしら雪の女と見しも柳なりけり 錢丸
とある。]
雲女見てはやさしく松を折り
生(なま)竹ひしぐ力ありけり
[やぶちゃん注:これは原拠では挿絵の右最下部にあり、
雲女みては
やさしく松ををり 星屋
生竹ひしく
ちからありけり
とある。]
寒けさにぞつとはすれど雪女
雪折の無き柳腰かな
〔ゾツトは文字通りに譯することの困難な語である。恐らく、これに一番近い英語の同意語は『身おののきのする(スリリング)』であらう。ゾツトスルは『人を身戰きさす[やぶちゃん注:「みをののきさす」或いは「みわななきさす」。]』或は『衝動を與へる』或は『戰慄さす』といふ意味である。そして非常に美くしい人のことを『ゾツトスルホドノビジン』卽ち『あの女は見ただけでも人をびくつとさせる程に麗はしい』と云ふ。最後の句のヤナギゴシ(『柳腰』)といふ言葉はほつそりした、たをやかな姿を指すに普通使ふ言葉である。だから讀者は、この言葉の前半は――文脈で、雪の爲め重もく垂れて居る柳の枝の優しさ計りで無く、その上に寒くはあつても立ち停つて歎賞せずには居れぬ、人間の姿の優しさをも暗示して――この歌では巧に二重の役をするやうになつて居ることを見らるるであらう〕
[やぶちゃん注:これも原拠では挿絵の左最下部に配されたもの。但し、
寒けさにそつとはすれと
雪女雪をれのなき柳
こしかも 竜翁
正澄
と末尾が異なる。因みに、この一首、挿絵絵師自身の一首であることが判る。「翁」は「齋」の崩しのようにも見えるが、「翁」の方が明らかに近いように思われるので、そちらで採った。号としてもおかしくはない。]
« 小泉八雲 化け物の歌 「五 ロクロクビ」 (大谷正信譯) | トップページ | 小泉八雲 化け物の歌 「七 フナユウレイ」 (大谷正信譯) »