小泉八雲 化け物の歌 「三 オホガマ」 (大谷正信譯)
[やぶちゃん注:本篇の詳細は『小泉八雲 化け物の歌 序・「一 キツネビ」(大谷正信譯)』の私の冒頭注を参照されたい。]
三 オ ホ ガ マ
古昔の支那及び日本文學では、蟾蜍[やぶちゃん注:「がま」。]は超自然的な能力を――例へば雲を呼ぶ力、雨を降らす力、極はめて美しい幻影を造り出す魔力のある霧を口から吐く力を――有つて居ると信ぜられて居る。心の善い――尊い人の友の――蟾蜍も居る。だから、日本の藝術では『ガマセンニン』(蟾蜍仙人)といふ有名な仙人は普通は、その肩の上に止まらせたり、或はその橫に蹲らせたり[やぶちゃん注:「うずくまらせたり」。]して居る一匹の白蟾蜍と一諸に現してある。心の惡るい化け物で、人間を死地に誘ふ爲めにいろんな幻影を造り出す蟾蜍も居る。この種の一匹に就いての典型的な物語が自分の著した『骨董』のうちに、『忠五郞の物語』といふ標題で載つて居る。
[やぶちゃん注:最後の句点は底本にはないが、ページ末行末で終わっているせいで、版組上、物理的に打てなかったものと判断し、特異的に打った。標題は「大蝦蟇」。
「蟾蜍」ここは本邦に限ってよいので、生物学的には脊索動物門脊椎動物亜門両生綱無尾目アマガエル上科ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル Bufo japonicus に比定してよい。より詳しい(厳密には亜種二種が本邦に棲息する)博物誌は、私の「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蟾蜍(ひきがへる)」を参照されたい。
「蝦蟇仙人」は中国由来であるが、日本で特に知られる仙人。ウィキの「蝦蟇仙人」によれば、青蛙神(せいあしん)を従えて妖術を使うとされる。左慈に仙術を教わった三国時代の呉の葛玄(一六四年~二四四年)若しくは呂洞賓(りょどうひん 七九六年~?)に『仙術を教わった五代十国時代後梁の劉海蟾をモデルにしているとされる。特に後者は日本でも画題として有名であり、顔輝『蝦蟇鉄拐図』の影響で李鉄拐(鉄拐仙人)と対の形で描かれる事が多い。しかし、両者を一緒に描く典拠は明らかでなく、李鉄拐は八仙に選ばれているが、蝦蟇仙人は八仙に選ばれておらず、中国ではマイナーな仙人である。一方、日本において蝦蟇仙人は仙人の中でも特に人気があり、絵画、装飾品、歌舞伎・浄瑠璃など様々な形で多くの人々に描かれている』とある。
「忠五郞の物語」こちらで電子化注済み。訳者が異なる(田部隆次譯)ので、「忠五郞の話」となっている。]
眼は鏡口は盥の程にあく
蝦蟇もけしやうの物とこそ知れ
〔ケシヤウといふ日本語が二つある。カナでは同じ字で同じ發音であるが、漢字では非常に異つて居る。カナで書いてあると、ケシヤウノモノといふ言葉は『化粧の物』[やぶちゃん注:「化粧を施した対象」の意。]といふ意味にもなり『化性のもの』『化け物』といふ意味にもなる〕
[やぶちゃん注:原拠「狂歌百物語」では、「蝦蟆」の項で(絵は「上編」の「26」)、
眼は鏡口は盥のほとにあくかまも化しやうの物とこそしれ 桃實園
と載る(同「35」の六行目)。「盥」は「たらひ(たらい)」。但し、この一首、「鏡」と「盥」で、女性の化粧に必要なものを譬えとして挙げ、しかも累加の係助詞「も」を用いている意図には、化けて装う女性らへの揶揄の諧謔の方が遙かに強いと読むべきである。小泉八雲も、そこを汲んで、かくも、わざわざ、注を施したものと想像する。但し、八雲は非常に優しい人柄であるから、そうした部分へはわざとメスを入れていないのだと思われる。]
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