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2019/12/25

大和本草卷之十三 魚之下 萃臍魚(あんかう) (アンコウ)

【外】

萃臍魚 寧波府志曰一名老婆魚一名綬魚蓋其

 腹有帶如帔子生附其上故名綬魚其形如科斗

 而大者如盤又名琵琶魚呉都賦曰琵琶魚無鱗

 而形似る琵琶冬初出者俗多重之至春則味降矣

 ○國俗鮟鱇ト称ス未見出處恐可為妄称坂東ニ

 多シ尤珎賞ス西州ニハマレナリ臛トシテ食フ味甚ス

 クレタリ上品トス冬ハ味ヨク春ハヲトル叓寧波府

 志ニ云フカコトシ性温補無毒百病不忌

○やぶちゃんの書き下し文

【外〔品〕】

萃臍魚(あんかう) 「寧波府志」に曰はく、『一名、「老婆魚」。一名、「綬魚」。蓋し、其の腹、帶、有り。帔子〔(たれぎぬ)〕のごと〔きもの〕、生じて、其の上に附く。故に「綬魚」と名づく。其の形、科斗〔(おたまじやくし)〕のごとくして大なる者、盤のごとし。又、「琵琶魚」と名づく。「呉都の賦」に曰はく、『「琵琶魚」、鱗、無くして、形、「琵琶」に似る』〔と〕。冬の初、出づる者、俗、多く之れを重んず。春に至れば、則ち、味、降〔(おつ)〕る』〔と〕。

○國俗、「鮟鱇」と称す。未だ出處を見ず。恐らくは妄称と為すべし。坂東〔(ばんどう)〕に多し。尤も珎賞〔(ちんしやう)〕す。西州には、まれなり。臛(あつもの)として食ふ。味、甚だすぐれたり。上品とす。冬は、味、よく、春は、をとる叓〔(こと)〕、「寧波府志」に云ふがごとし。性、温補〔にして〕、毒、無し。百病に忌〔(い)〕まず。

[やぶちゃん注:本邦では硬骨魚綱アンコウ目アンコウ科 Lophiidae の内、食用にするのは、

キアンコウ(ホンアンコウ)Lophius litulon(♀は尾鰭の根元までの体長一メートルから一・五メートル程で、♂は五十センチメートル前後。太平洋北西部(日本・朝鮮半島・東シナ海)の水深五百メートル程までの深海に棲息する。なお、一般には「キアンコウ」の別称として「アンコウ」あるいは「ホンアンコウ」と呼ばれることがある)

と、

アンコウ(クツアンコウ)Lophiomus setigerus(全長四十センチメートル前後。インド洋・太平洋の全域の水深五百メートル程までの深海に棲息する。「キアンコウ」の口中は白っぽいのに対し、「クツアンコウ」の口中は黒地に黄白色の水玉模様を呈するという特徴がある)

である。参照したウィキの「アンコウ」によれば、『両種は別の属に分類されているが、外見は良く似ている。そのため、一般に市場では区別されて』おらず、孰れも『外見的な特徴は頭部が大きく幅が広いこと』と、身体が『暗褐色から黒色で、やわらかく平たい』ことである。『擬餌状体という誘引突起による待ち伏せ型の摂餌法をとる魚である』。『肉食性で、口が大きく、歯が発達している。海底に潜んで他の魚を襲うのに適するため、口はやや上を向いている。頭には』二『本のアンテナ状の突起があり、長い方には皮がついている。アンコウは泳ぎが下手なため、泳ぎの上手な魚を追い回しても逃げられてしまう。そこで、海底の砂に潜り、その突起の皮を水面で揺らし、これをエサだと思って寄ってきた魚を、丸呑みにして捕食する。突起の皮は擬餌針のような働きをする』。『アンコウは主に小魚やプランクトンを捕食するが、種によっては小さなサメ、スルメイカ、カレイ、蟹、ウニ、貝などを捕食するものもある。さらに、たまに水面に出て海鳥を襲うこともあり、食べるために解体した』ところ、『胃の中にカモメやウミガラス、ペンギンなどが入っていたという報告もある』とある。

「萃臍魚」「萃」は「集まる」の意であるから、アンコウの上部体表の凸凹や擬餌状体を臍の尾と比したものであろう。

「寧波府志」明の張時徹らの撰になる浙江省寧波府の地誌。

「綬魚」「綬」は古代中国において官職を表わす印を身に附けるのに用いた組み紐のこと(官位によって色を異にした)。擬餌状体に基づくものであろう。

「其の腹、帶、有り」上部の胴部を指して以下、やはり擬餌状体を説明する。

「科斗〔(おたまじやくし)〕」蝌蚪(おたまじゃくし)。

「呉都の賦」西晋(二六五年~三一六年)の文学者左思(生没年不詳。一説に二五二年~三〇七年頃:斉国臨淄県の人。門閥の後ろ盾のない寒門の出身であり、官途は不遇だったが、文才に優れた)の代表作として知られる、魏・呉・蜀三国の首都を題材にした「三都賦」(「蜀都賦」「呉都賦」「魏都賦」)の一つ。「三都賦」「洛陽の紙価を高からしむ(洛陽紙貴)」の故事の由来となったことで知られる。但し、中文ウィキの「都賦の本文を見るに、

   *

於是乎長鯨吞航、修鯢吐浪。躍龍騰虵、鮫鯔琵琶。

(是に於いてか、長鯨、航を吞み、修鯢(しゆげい)、浪を吐く。躍龍、騰虵、鮫、鯔、琵琶あり。)

   *

と、「琵琶」魚は載るが、ここに出るような記載は見当たらない。調べたところ、栗山雅央氏の論文『「三都賦」と中書省下の文人集團 ――張載注の分析を中心に」(『六朝學術學會報』(第十三号・二〇一二年発行)所収。PDFでダウン・ロード可能)によって、この部分は「呉都賦」の劉逵(同じ西晋の官員)が「琵琶」に註した中に以下のように出ることが判った(一部に読点を打った)。

   《引用開始》

 『異物志』に云ふ、鯨魚、長き者は數里有り。或は沙上の土に死し、之を得れば、皆、目、無し。俗に言ふ、其の目、化して明月珠と爲る。『鄧析子』に曰く、鯨鯢を釣る者は、淸池に於て、ならず。一說に曰く、鯨は猶ほ鳳と言ふがごとく、鯢は猶ほ皇と言ふがごときなり。『異物志』に云ふ、朱涯に水虵有り。鮫魚は合浦に出で、長さ二三尺、背上に、甲、有り。珠文、堅强なれば、以て刀口を飾るべし、又以て鑢を爲るべし。鯔魚、形は鯢の如く、長さ六七尺。會稽臨海に、皆、之れ、有り。琵琶魚は、鱗、無く、其の形は琵琶に似たり、東海に、之れ、有り。

   《引用終了》

『國俗、「鮟鱇」と称す。未だ出處を見ず。恐らくは妄称と為すべし』ウィキの「アンコウ」の「語源」に、『「あんこう」の語源については「あんぐり」の語に由来するとの説や』、『「赤魚」の意味であるとする説など諸説ある』。『岩穴にじっとしている様子を「安居」と称したとも、「顎」「暗愚」が転訛したなどととも言われる。ただ』、ここに見るように、「大和本草」では「國俗鮟鱇ト称ス未見出處恐可為妄称」と『あり、江戸時代より』、『不明である。漢字表記はその音に「安康」のそれぞれの字に魚偏を付けた字(鮟・鱇)を当てたものである』。『「鮟」は古く中国でナマズを意味する「鰋」の異体字』である「𩷑」の『誤字として』は『見られるが、「鱇」は中国に使用例が見つかっておらず、国字とされる。漢語では「華臍魚」「綬魚」「琵琶魚」「老婆魚」などというが、現代中国語では日本語を輸入し』、『「鮟鱇」「鮟鱇魚」と呼』んでいるそうである。事実、中文ウィキのそれは「鮟鱇科」である。『「あんこう」が初めて文献に登場するのは室町時代で、文明』(一四六九年~一四八七年)以前に成立した』「精進魚類物語」に『おいてである』、同書は『擬人化させた魚鳥を戦わせる』という「平家物語」のパロディー版で、『作中に「あむかうの彌太郎」が登場する』。慶長(一五九六年~一六一五年)年間に成立した「日葡辞書」には『「Ancŏ l, angŏ」とあり、当時』、『「あんこう」「あんごう」どちらの読み方も存在した』ことが判る。但し、文明本「節用集」には「有足魚也。心氣良藥」と記してあり、「日葡辞書」にも『「川魚の一種で、足のある魚」とあることから、当時はサンショウウオを意味したとする説がある。現在でも』、『兵庫県や岡山県の一部でオオサンショウウオを「あんこう」と呼ぶ。更に房州弁では「あんごう」はヒキガエルを指す言葉として残っている』とある。

「坂東」関東地方の古名。「坂」は令制で駿河と相模との境を称し、「常陸国風土記」にも『相模國足柄の坂より東』とある。相模・武蔵・上総・下総・安房・常陸・上野・下野の関東八ヶ国を「坂東八国」と呼ぶ。

「珎賞」「珎」は「珍」に同じ。珍味として賞すること。

「臛(あつもの)」肉を入れて煮込んだ熱いスープ。]

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