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2020/01/27

三州奇談卷之一 山中の隕石

 

    山中の隕石

 加州山中は古今の名溫泉、冷暖心に叶ひ、香芳ばしく水潔く、春秋殊に溫泉の氣快くして、近國は云に及ばず、百里の遠き病客も、千里雲客(うんかく)の行脚も、必(かならず)爰に暫く浩然(かうぜん)の氣を養ふ。

[やぶちゃん注:「浩」は「水が豊かなさま」で、「心などが広くゆったりとしているさま」を謂う。]

 一年(ひととせ)ばせをの翁もこの溫泉に感ありけん。

  山中や菊は手折らじ溫泉(ゆ)の匂ひ  翁

と聞え、桃靑(たうせい)の一字を授られし桃妖(たうえう)といふ人も、泉屋何某の家にして、近き頃迄存在なりし故に、翁の墨蹟も多く殘れり。

[やぶちゃん注:松尾桃青(とうせい)芭蕉は「奥の細道」の旅で、元禄二年七月二十七日(グレゴリオ暦一六八九年九月十日)に曾良とともに山中温泉に到着、八月五日まで八日間も滞在した。山本健吉氏の「芭蕉全句」によれば、宿所は湯本十二軒(山中温泉草創より営む十二の旧家)の一つ和泉屋(現在の温泉街中心部である石川県加賀市山中温泉本町(グーグル・マップ・データ。以下同じ)にあった温泉宿。現存しないものの、和泉屋に隣接していた現存する山中温泉最古の建築である宿屋扇屋別荘の建物を移築、芭蕉の資料を展示する「芭蕉の館」となっている。リンク先は公式サイト)、当主は未だ十四歳(満十三であろう)の久米之助(これは幼名で成人後は甚左衛門と名乗った)という少年で、彼の祖父及び父は貞門の俳人として知られていた。この時、少年久米之助も芭蕉に入門、桃妖(桃夭とも表記する)という号を貰っている。本句はこの少年に与えた句である。是非とも私の『今日のシンクロニティ「奥の細道」の旅 69 山中や菊はたおらぬ湯の匂ひ』を読まれたいが、この少年への芭蕉の偏愛が、この直後の曾良との別れの主因であると私は大真面目に考えている。

 此地山水狹(せ)まりながら、「自(おのづか)ら雅趣あり」と、風人(ふうじん)[やぶちゃん注:風流人士。]の歌詠最も多し。猫岩は數里に人を送𢌞(さうくわい)し、桂淸水(かつらのしみづ)は七種(ななくさ)のやどり木蒼然として森をなす。

[やぶちゃん注:「猫岩」「菅谷の巨蟒」に既出既注。

「桂淸水」山中温泉の玄関口とも言える場所に立つ桂(ユキノシタ目カツラ科カツラ属カツラ Cercidiphyllum japonicum)の木の根元の岩から湧き出ている清水の名。ここサイト「全国巨樹探検記」のこちらでデータや画像及び「桂清水」が見られる。

「七種(ななくさ)のやどり木」これは本カツラの木の周囲に数多(「七種」)の樹木が宿るように添い生えているという謂いであろう。狭義のビャクダン目ビャクダン科ヤドリギ属セイヨウヤドリギ亜種ヤドリギ Viscum album subsp. coloratum ではない。]

 是のみにあらず、十景とて人々の詠を殘すものは。

[やぶちゃん注:以下、三段で示され、全体が二字下げであるが、二字下げ一段組で示した。]

  醫王の林花

  溫泉の烟雨

  無水の啼猿

  富士寫の雪

  黑谷の城跡

  桂淸水の螢

  蟋蟀橋の霜

  高瀨の漁火

  大岩の紅葉

  道明淵の月

  諸家詩歌略ㇾ之

[やぶちゃん注:山中温泉の景勝の命数「山中十勝」。

「醫王の林花」「傀儡有ㇾ氣」に既出既注の国分山医王寺の山の、「林花」は「卯の花」でミズキ目アジサイ科ウツギ(空木)属ウツギ Deutzia crenata のことかと思われる。

「溫泉の烟雨」温泉の湯烟りに添える雨か。

「無水の啼猿」これは山中温泉にある水無山(国土地理院図)の猿声のことであろう。

「富士寫の雪」これは山中温泉から直線で六キロメートル南方にある富士写ヶ岳(標高九百四十二メートル)の冠雪であろう。

「黑谷の城跡」山中温泉東町にある鎌倉時代頃の山寨山中黒谷城。サイト「日本城めぐり」のこちらで位置が判る。その解説によれば、現在は曲輪・堀切・井戸の遺構があるようである。

「桂淸水の螢」先の桃妖の句に、

 旅人を迎へに出れば螢かな

の句がある。

「蟋蟀橋の霜」蟋蟀橋(こほろぎばし(こおろぎばし))はここ。江戸時代に大聖寺川に架橋されたもので、ここから下流の黒谷橋にかけては「鶴仙渓」と呼ばれる北陸随一とされる景勝の溪谷である。「蟋蟀」の名の由来は、かつて行路が極めて危なかったので「行路危(こうろぎ)」と称されたとも、秋の夜に鳴く蟋蟀(コオロギ)の声に由来するとも言われる。ここも昔、行ったのに、全く覚えていない。

「高瀨の漁火」「いさりび」。「高瀨」は蟋蟀橋のすぐ上流で、現在、高瀬大橋が架かっている附近か。個人ブログ「明治の医塾生 馬淵良三日記」の『石川柳城「山中十勝詩畫帖」(2)』には、『春から夏に川を遡る鱸』(すずき:『明治時代の辞書には』「かじか」の『一種と書かれている』の漁火を焚いて魚を舟に誘う漁が行われた)とある。石川柳城(弘化四(一八四七)年~昭和二(一九二七)年)は日本画家で名古屋生まれ。京都で文人画を学び、詩や書もよくした。彼が山名温泉を訪れて十勝の詩画集を描いたのは、リンク先によれば、『大正時代の終わり』かと『思われ』るとある。但し、彼の命数はここに挙がっているものとは一部の謂いや内容が異なる。

「大岩の紅葉」この「大岩」は既出既注の「猫岩」のことらしい。

「道明淵の月」道明ヶ淵

「諸家詩歌略ㇾ之」(之れを略す)というのは、この場合、書き方から見て、麦雀の原型にはそれがあったのを麦水がカットしたことを指す可能性が高いように思われる。]

 昔は湯の井戶ありて、堀口と云ふ家ありける。今は其跡に湯宿土蔵屋(つちくらや)何某と云ふ人住めり。湯入(ゆいり)の客を入るゝ事、數百人に及ぶ大家なり。

[やぶちゃん注:「土蔵屋」不詳。但し、新城景子氏と藤田勝也の共同論文「近世における温泉町の空間構造 ―加州江沼郡山中温泉を事例として―」(『日本建築学会計画系論文集』(第五百六十九号・二〇〇三年七月発行・PDF)の中に、歴代の山中温泉『湯本十二軒』の表の中に宝暦五(一七五五)年のそれに『蔵屋三郎右衛門』という名は見出せる。彼がこの湯宿の主人であるどうかは判らぬ。]

 中頃[やぶちゃん注:筆記時点から、あまり古くない頃。]、未だ堀口何某住みける間に、此家に一夜落(おつ)る石あり。大きさ二尺或は三尺許とも見えたり。

 天井を破り、直に疊の上に落る音雷(かみなり)の如く、物みなをどり上り、行燈ゆりこぼれ、湯入の人々皆門前へ逃出(にげいで)けるに、此石に打(うた)れたる人もなし。

 又石の落つる所は見ゆれども、疊の上に破れたる所もなく、疊の上に石ありたるを見たる者もなし。一時[やぶちゃん注:二時間。]許騷ぎけるが、靜まつて元の如し。

 程なく此家の主(あるじ)替りて、今の土藏屋となれり。主人、俳名「山靜」と云ふ。益々さかえて、斯(かか)る怪異頓(とみ)になし。

 山代の湯にもかゝることありしと云ふ。

 俗に「溫泉神(ゆのかみ)のたゝり」と云ひ傳へし。

[やぶちゃん注:標題は「隕石」とするが、落下の現場の様態からは隕石ではありえない。民族社会的には「天狗の石礫(いしつぶて)」の一様態(激烈な音だけがして石がない場合もある)に頗る近い。

「山靜」不詳。

「山代の湯」加賀市山代温泉。山中温泉より大聖寺寄り。]

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