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2020/02/05

三州奇談卷之二 狐知誤字

 

    狐知誤字

 小松泥町(どろまち)西照寺と云門徒寺あり。今の先に住持を傳入(でんにふ)と云ふ。篤實にして法義にも深く安心し、意も剛なる人なりしが、小松の西北に大島・高坂とてつゞきたる里あり。高坂には國初(くにはじめ)より人をたぶらかす野干(やかん)ありて、「高坂狐」とて人も知りたる所也。大島は過半此西照寺の檀家なりしが、或時大島の貧家の人身まかりし時に、傳入頓(やが)て弔(とむらひ)に行かれ、何かと取繕ひ歸られける。元來在家のことなれば、法名も此住持持任せに賴みける程に、筆を取りて書付て歸られける。一字書違へられしを、住持も心付かず、在家には猶よむべき人もなく、心もつかで打過ける程に、此西照寺の卵塔の間にものあり。小夜更ては、西照寺の居間の窓先に來り、悲愁の聲纔(わづか)に聞えて去る。二三夜も如ㇾ此(かくのごとく)なれば、寺中の人誰々も云傳へて氣味惡く、住持に「かく」と云けるに、住持聞きて、

「さらば樣子を見るべし」

と、其夜居間にありて、彼の愁々の聲の者を待たれけるに、折節住持は前夜近隣へ碁會ありて、夜をふかされければ、此夜は殊の外ねぶたく、柱に寄り懸り居られけるに、夜九つ過[やぶちゃん注:午前零時過ぎ。]と思ふ頃に、又例の影のごとくなるものうれふる聲して近付き來(きた)る。既に居間の窓へ近付きし時、住持

「きつ」

と見られけるに、此ほど葬送してける大島の何某の亡者にまぎるべきもものなりけるに、住持

「何故に來たぞ」

と尋られければ、亡者かすかなる聲にて、

「我は則ち大島の何某が幽靈にて候。法名の文字一字書違ひ侍るがまどひとなりて、浮(うか)みがたく候。則(すなはち)法名の紙も取參り侯なり。是を御覽じて書き直しあたへ給はるべし」

と云ふ。

 住持

『いかさまにも書き損じける事もあるべし。然共(しかれども)亡者の持來(もちきた)るべき樣(やう)はなし。其事を匡(ただ)し見ん』

とは思はれしかども、昨夜の疲れにてねぶけ甚しく、柱にもたれながら高いびきして寢入られければ、亡者も種々に歎きうつたへけれども、とかく住持のねぶり覺めず。終に熟睡せられし程に、此幽靈も眠りの伽(とぎ)は成りがたくやありけん、いつとなく消え失せぬ。

[やぶちゃん注:標題は「狐、誤字を知る」。

「小松泥町西照寺」石川県小松市大川町の旧名で(恐らくは町の北を横切る梯川(かけはしがわ)が洪水で氾濫して泥だらけになることに由来するものと思われる)、寺は浄土真宗大谷派の古刹で、蓮如の弟子教明の開基になる弓波山西照寺(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。

「今の先に住持を」現在の住持の前の住持を。

「傳入」不詳。国書刊行会本は『転入』とするが、編者も「伝」の誤りであろうと脇注する。

「大島」小松市大島町

「高坂」上の小松市大島町の北に接して能美市高坂町がある。

「卵塔」本来は禅宗の僧の墓石の形態を指す。宋で高僧の墓塔とし流行したものが鎌倉時代に禅僧によって持ち込まれた。塔身上部が楕円の卵形に似ており、また、継ぎ目(縫い目)が無いことから「卵塔」「無縫塔」と呼ばれている(厳密には卵形の仏塔を台石の上に置いただけのものを「卵塔」、台石の上に有意に明らかに有意な大きさ・高さを持った蓮弁や柱を載せたものを「無縫塔」と呼ぶ)。但し、伝来以降、他宗派の僧の墓塔としても好まれるようになった。]

 曉に住持起出で、

「いかにも彼亡者の來るなり。我正さんと思ひしが、夜睡魔におかされて空しく打過ぎたり。今宵は必ずためし見ん」

とて待たれけるに、又其夜子の刻[やぶちゃん注:午前零時。]計(ばかり)に、例のごとく愁々たる聲聞えて、窓の元へ近寄り來(きた)る。

 住持、窓の元にして彼亡者に問はれけるには、

「言(こと)夜前のごとくならば、必ず證據あるべし。持來れるやいかに。」

彼(かの)亡靈細き手して、彼(かの)法名の紙に書けるものを指出(さしいだ)して、悲泣してなげき恨む。

 住持は法名を曾て見ず。

 彼亡者の腕首を

「丁(ちやう)」

と握られけるに、細く冷たく、只金鐵(きんてつ)を握るがごとし。

 住持、聲を上げ、

「怪しむべし怪しむべし」

と云はれければ、亡者曰く、

「曾て怪(あやし)き事に非ず。其書物(かきもの)を見給ふべし。和尙の染筆に紛れあるべからず。又六道四生(ろくだうししやう)の間のことに於ては、我(われ)粗々(ほぼ)經來(へきた)ることなれば、恐(おそれ)ながら物語いたしてん。座を改めて尋給ふべきにや」

[やぶちゃん注:「六道四生」六道のどこかに胎生・卵生・湿生・化生の四つの生まれ方の孰れかをとって生まれ変わること。「六趣四生」とも呼ぶ。既にして私はそれを「粗々(ほぼ)」「經來る」、則ち、「実際に経験して参りましたので、その実体験をお話し致したく」というのである。]

と云ひけるに、傳入、彼(かの)法名の紙には少しも眼を付けず、大に罵りて云れけるは、

「法名を書ける紙は葬家(さうか)に殘り、又野送りの時も佛前の机に張置きたり。得(う)れば得(え)つべき物なり。書違へあるまじき物にも非ず。我怪しむ所は汝が手なり。既に死骸は火葬にして、郊外一片の夜半の烟となしたるに、此手全く物ありて支體(したい)[やぶちゃん注:肢体。]を供ふ。是必ず別物なるべし。六道四生の理(ことわり)、汝が詞を待つによしなし。夜中相爭はんは、其證を見るに據所(よりどころ)なし。不肖ながら翌日迄是に居(ゐ)らるべし。法名の我が誤を謝して、亡者の迷(まよひ)を晴らし得さすべし。又今我が握りし腕首に於ては、百千の鬼畜をして一時に來らむとも放すべからず。無言にして心靜(こころしづか)に待たるべし」

と。

 一心に腕をにぎりて居られける。

 亡者、始めの程は僧法を以てはづかしめ、或は恨み或はかこち、種々になげきしかども、最早丑の時[やぶちゃん注:午前二時。]過ぎて、寅の一天[やぶちゃん注:「一天」は「一點(点)」で一時を四等分した最初の区切り。午前三時から午前三時半。]に及びければ、しきりに手を振放さんともがきけれども、傳入は只靜(しづか)に手を捕へて居られける。

 後には臭氣(くさきかざ)の息を吹き、鬼形(きぎやう)の面(おもて)を出(いだ)しなど、樣々働きけれども、聞ゆる大力に

「丁」

と握られたれば、詮方なくて後には大きなる狐となりて淚をこぼし、のがれ歸るべきことを願ひければ、住持初めて寺中の人々を呼起(よびおこ)し、庭に下(さが)り居(ゐ)させて、

「是見玉へ別の物にもあらず。かくあらんとは思へども、各(おのおの)の疑(うたがひ)を散じさせん爲にこそかくはとらへ侍る。各(おのおの)安心の上は、物の命取べきにもあらず、放ちあけすべし。又何ぞにばけ來りなば、此上もなき一興なるべし」

と、手を放して助けかへされける。

 此剛氣にや恐れけん、再び怪異はなかりける。

 法名は、實(げ)に住持の書かれし紙にてぞありける。野邊に落散(おちちり)たるを拾ひてやありけん。

 文字いかにもあやまりありけるとぞ。

 

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