三州奇談卷之二 少女變ㇾ鼠
少女變ㇾ鼠
金澤竪町橫小路のうち脇田何某の長屋の内に、「鼠妖」と云ひはやしける事あり。
[やぶちゃん注:「金澤竪町」既出既注。現在の石川県金沢市竪町(グーグル・マップ・データ)。兼六園の南西直近。その「橫小路」というのは不詳だが、こう呼称する以上は、竪町を北西から南東に貫通する通りの左右の小路の孰れかであろう。]
延享いづれの年にや、十月頃の事なりし。
[やぶちゃん注:「延享」一七四四年~一七四八年。]
此長屋の内に鼠あれて、衣類・道具・銅までも疵付け、喰ひちらし、長持・簞笥などへ幾重か入れ置けども、ふしぎに喰破(くひやぶ)りし。色々防ぎけれども、とかくやまず。
其中に石坂町甚助と云ふ者の娘、十二歳になりけるが、奉公に來り居りしに、是が衣類・手道具・紙・鬢付油等も一つもあたらず。樣々に試むるに、とかく心得難き事多し。
「大方此娘がしわざならん」
と、朋輩云ひ合せ、主人へ訴へけれども、
「何共(なんとも)心得ぬこと」
とて、先づ只鼠狩出(かりだ)しけれども、おとし[やぶちゃん注:「鼠落とし」。人工の鼠捕り機。]にも落ちず、猫にもおぢず、每夜々々鼠あれければ、詮方なくて朋輩の訴へに任せて、をかしき事ながら、
「此娘を詮議せよ」
と呼出(よびいだ)し、云ひ聞せけるに、返答分明ならず。
「さらば」
とて、暇(いとま)をとらせ、石坂町へ返しけるに、其夜より鼠
「ふつ」
と出(いで)ず。
物音もなし。
餘りふしぎ故に、又娘を呼返し、段々尋られけるに、
「今は何をか隱し申さん、私(わたくし)眠ると思へば、鼠多く來りて、胸へ上ると迄は覺えて、夫より夢中の如し。箱をあけ、長持を引出し申せし事も、成程私覺えあれども、朋輩へ恐ろしく隠し申せしなり。夜と共に駈巡り、晝は草臥(くたびれ)はてゝ、氣色(けしき)も惡く侍りぬ。何かとの罪赦し給へ」
と淚を流しぬ。
あまりのふしぎさに、
「病にて有べし」
となぐさめて戾しけるが、其後(そののち)、此娘久しく煩ひしと聞きしが、末は知らず。
[やぶちゃん注:ここまですっかり忘れてしまっていたが、私は既に「柴田宵曲 妖異博物館 鼠妖」で電子化していた。但し、そちらは国書刊行会本を底本として、恣意的に漢字を正字化したものであり、全くゼロから電子化注した。但し、そこで私は『これは明らかに、未成年の少女が意識的・無意識的に起こす疑似的超常現象であって、恐らくはこの娘の奉公への強いストレスが原因となった行為であったと私は推理する』と述べた考え方は全く変わらない。]
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