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2020/02/05

三州奇談卷之二 泥龜の怨念

 

    泥龜の怨念

 此泥町(どろまち)といふは、「懸橋(かけはし)」といふにつゞき、小松の城の外堀にして、町の兩側共に、後ろは並木六十間[やぶちゃん注:百九メートル。]ならび、老龍の吟ずるが如く、風常に蕭然たり。此松を「旗松」と云ひ、先年其城に戰鬪の時は、此松に必ず旗を結びて、擬兵の計略をなす。故に今に其名ありと云ふ。此堀泥深くして、夏日杜若(かきつばた)などの水草兩溝に滿つ。もと水濕の地、水濁り蚊多し。夏の内は蚊帳(かや)を放れては夜話すること能はず。故に樗庵(ちよあん)[やぶちゃん注:既に述べた通り、筆者堀麦水の別号。]に別に「蚊帳遊說」[やぶちゃん注:不詳。現存しないか。]と云一小册あり。別に見るべし。

[やぶちゃん注:「泥町」前話参照。

「懸橋」旧泥町、現在の小松市大川町の北を東西に流れる川は、現在、梯川(かけはしがわ)と呼ばれる。ウィキの「梯川」によれば、この川は『古くは大川と呼ばれたが、前田利常が小松城に入城したのち』、寛永一七(一六四〇)年に『既にあった』舟橋(ふなはし:河川の中に並べた船の上に板を敷いて造る仮設橋のこと)を、『より堅固な橋に架け替えた。この橋は川の増水の時に橋板を増し、平水の時には橋板を減らし、洪水を予見した時には橋板を外し』、『舟の流出を防ぐ仕組みを取っていたため、「かけ橋」(梯)と名付けられた。のちに川も橋の名前を取り、「梯川」と呼ばれた』とある。

「六十間」百九メートル。

「樗庵」既に述べた通り、筆者堀麦水の別号。

「蚊帳遊說」不詳。現存しないか。]

 此間の溝の中に一長鼈(いつちやうべつ)あり。時として浮(うか)び出で、久敷(ひさしく)頭をあげて四方を見る。其首牛のごとし。沈みかくるゝ時、浪動かず。全く音なし。一年に必ず一二度は出ると云ふ。異物なるべし。

[やぶちゃん注:「長鼈」大きなスッポン。カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン Pelodiscus sinensis。最大甲長は三十八・五センチメートルで、ごく稀に六十センチメートルまで成長する個体もいる。博物誌は私の「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類  寺島良安」の「鼈」を参照されたい。江戸時代には好んで食用とされたが、スッポンの怪は多い。例えば私の「北越奇談 巻之五 怪談 其五(すっぽん怪)」を見られたい。]

 其頃、大阪より商用の事に付(つき)て來合せたる者云ひしは、

「鼈(すつぽん)の怪あやしむべからず。大阪・京共に近年鼈を喰(く)ふことはやりて、魚を商ふ人多く鼈を扱ふ。今は泥龜(すつぽん)汁許(ばかり)を賣りて世を過ぐる者又多し。近國の鼈を取盡して價貴(たか)く、百里の遠きよりも來ることなり。其扱ふ家には、大きなる籠、或は穴藏へ入れて貯ふ。是を求(もとむ)る人來(きた)る時は、足音に殺氣を知りて、泥龜ども我一(われいち)と下へ潜り入る。時々違はず妙なり。一年(ひととせ)[やぶちゃん注:ある時。]、大坂西堀の鼈のみ取扱ふ人、跡つぎは家の娘にして、聟を取りて世を渡し、一人(ひとり)樂に過ぎられけるに、其死相恐るべし、只泥龜に似たり。隱居にて夜中息絕へたるを、娘も聟も知らず。朝見舞ひて伺ふに、裸になり、緣の下へ這入り、手足を以て土を掘り、其中に平臥(へいぐわ)して死し居(ゐ)られける。其家には是にも心付(こころづか)ずや、さても渡世の悲しきにやと、爪彈(つまはじき)して憎みけれども、今に泥龜を取扱ふ。我も是よりぞすつぽん汁は思ひ留(と)まりぬ。此地にも必ず泥龜にはあたり給ふな」

と云ひし。

[やぶちゃん注:この「大阪より商用の事に付て來合せたる者云ひしは」以下の台詞がどこまでなのかがやや問題であるが、私は以上のように判断した。なお、国書刊行会本は「云ひしは」の後に鍵括弧を附しながら、その〈鍵括弧閉じる〉の部分がどこにも存在せず、最後の『此地にも「必ず泥龜にはあたり給ふな」と云(いひ)し』の部分に鍵括弧を附していて、書式上の不備がある。私はそれをこの商用で来合わせた男の最後の訓戒的忠告として、その人物の直接話法の中に組み入れたわけである。但し、商用で来合わせた男の台詞を、「今に泥龜を取扱ふ。」までとして、最後を筆者の添えたもの(その場合、『此地にも「必ず泥龜にはあたり給ふな」』という鍵括弧挿入は有効となる)ととることは、語句の不備は生ずるが、可能ではある。

「大坂西堀の鼈のみ取扱ふ人、跡つぎは家の娘にして」国書刊行会本はここは、『大坂西堀には、魚店の亭主隠居して別家に住(すま)れける。尤も其家、此泥亀のみ取あつかふ。跡つぎは……』となっていて、シチュエーションの前説としては、その方が丁寧でよい。

「其中に平臥して死し居られける。其家には是にも心付(こころづか)ずや」国書刊行会本は『其中(そのなか)に平臥して死居(しにゐ)られける。近隣の見聞(みき)ける物[やぶちゃん注:『(者)』と編者による傍注がある。]、爪はじきして平生を憎みけれども、其家には……』となっており、以下とのジョイントから言うとその方がスムースではある。

 

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