フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 早川孝太郎「猪・鹿・狸」 鹿 十九 鹿の大群 / 鹿パート~了 | トップページ | 三州奇談卷之四 大人の足跡 »

2020/03/31

早川孝太郎「猪・鹿・狸」 狸 一 狸の怪

 

  Tanuki_20200331093501

 

[やぶちゃん注:上記画像は国立国会図書館デジタルコレクションの当該ページ画像からトリミング・補正して示した。]

 

  

 

     一 狸  の  怪

 狸と云ふ奴は、たしかに變な奴だと、始終狸を捕つて居る男が話した事があつた。未だ五年とたたぬ新しい話である。村の池代[やぶちゃん注:「いけしろ」。]の山で穴を見付けて、仲間と二人で掘つたさうである。いよいよ奧まで掘つてしまつて、枯葉を敷きつめた寢床迄掘り詰めたが、狸の姿は薩張り見えぬ。こんな筈はない、たしかに居る筈だが、何處か拔穴でもあるのぢやないかと、掌で撫でるやうにして探したが、拔穴も無ければ狸も居らぬ。それにもう一面の岩が出てしまつて、これ以上掘つてゆく先もない。然し深い橫穴で、中が暗くて仕方がない、蠟燭でも點して見たらと、わざわざ一人が里へ出て取つて來て、中を隈なく探したが、どうしても居らなんだ。穴の口の樣子では、二疋や三疋は間違ない筈だが、それでは今日は穴の口に圍ひをして置いて、明日も一度來て見ようと圍ひの支度にかゝつた處へ、丁度見物に來た男があつた。そこで其迄の經過を話して見たところ、其男の言ふには、昔から狸は燻せば[やぶちゃん注:「いぶせば」。]出ると言ふから、試しに燻し立てゝ見たらどんな物かと言ふ。何だか當にならぬやうにも思つたが、他に好い方法も無いので、其に決めた。枯葉を搔集めて、上に杉の靑葉を載せて、煙をドンドン穴の奧へ煽り込んでやつた。一方、拔穴でもあつて、煙の出る道でもあるかと、一人が見張つて居た。すると物の二分間も經たぬのに、ヒヨツコリ煙の中から狸が飛出して來たさうである。直ぐ用意の刺股[やぶちゃん注:「さすまた」。]で押へつけて摑まえてしまつたが、只不思議でならぬのは、それ迄狸が果して何處に隱れて居たか、いくら考へても判らぬと言ふのである。

[やぶちゃん注:「池代の山」読みは改訂版に従った。サイト「笠網漁の鮎滝」内の「早川孝太郎研究会」による「三州民話の里」先行する「三州橫山話」の早川氏の手書きの「橫山略圖」PDF)を見ると、右中央に『字池代』とあり、現在も新城市横川池代(グーグル・マップ・データ航空写真)がある。この域内のピークと考えてよかろう。早川氏の実家のあった位置の南東にも近く、「わざわざ一人が里へ出て取つて來」る範囲内と言える。]

 同じ男の話であるが、その前、別の山で狸を掘つた時の事ださうである。凡そ六分通りも掘つたと思ふ時分、もう一疋飛出して來た。直ぐ持つて居る鍬で撲りつけると、コロリと死んださうである。そこで肢を縛つて、傍の木の枝に吊して置いた。未だ二疋や三疋はたしかに居ると、更に穴を掘りに掛つたさうである。其時穴を掘りながら傍に吊してある狸を見ると、何だか繩が切れさうで、危なつかしくて仕方がない。そこで相手の男を顧みて繩を代へてくれと言ふと、よしと答へて直ぐ狸を下して繩を解いたさうである。その時代りの繩を取つてくれと言ふので一人が鍬の手を休めて、脇に置いてあつた繩束を投げてやつた。それを相手が手を伸べて受止める、其瞬間だつたさうである。繩を受取る爲ヒヨイと手を伸した隙に、死んで居た筈の狸がムツクリ起上るが否や、手の下を搔潜つて飛び出した。ソレツと慌てて追掛けたが、もう間に合はなんだと言ふ。狸はもう何處ともなく逃げてしまつた。何にしてもホンのちよつとの隙で諦められなんだと言ふ。隨分ひどく撲つてたしかに死んだと思つたが、やはり噓死[やぶちゃん注:「うそじに」。]にだつた。それにしても吊してある繩が氣になつたのが、そもそも恠しかつたと不思議がつて居た。

 死眞似か氣絕か、狸にはよくある事ださうである。

[やぶちゃん注:ここに出た「噓死」=「狸寝入り」を含めて狸(食肉目イヌ科タヌキ属 タヌキ Nyctereutes procyonoides。本邦のそれは亜種ホンドタヌキ Nyctereutes procyonoides viverrinus で、本州・四国・九州に棲息している固有亜種(佐渡島・壱岐島・屋久島などの島に棲息する本亜種は人為的に移入された個体で、北海道の一部に棲息するエゾタヌキ Nyctereutes procyonides albus は地理的亜種である。)の博物誌は、私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 貍(たぬき)(タヌキ・ホンドダヌキ)」を参照されたい。

« 早川孝太郎「猪・鹿・狸」 鹿 十九 鹿の大群 / 鹿パート~了 | トップページ | 三州奇談卷之四 大人の足跡 »