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2020/03/11

石川啄木歌集 悲しき玩具 (初版準拠版) 對話と感想 一利己主義者と友人との對話(感想)

 

[やぶちゃん注:石川啄木(明治一九(一八八六)年二月二十日~明治四五(一九一二)年四月十三日:岩手県南岩手郡日戸(ひのと)村(現在の盛岡市日戸)生まれ。満二十六歳で没した)の遺構歌文集にして第二歌集である「悲しき玩具」の初版は、彼の逝去から二ヶ月後の明治四五(一九一二)年六月二十日に刊行された(発行は二年前の第一歌集「一握の砂」(明治四十三年十二月一日発行。定価五十銭)と同じ東京京橋区南伝馬町の東雲堂書店)。歌集パートは総歌数百九十四首で、その後に「對話と感想」というパートが設けられ、この「一利己主義者と友人との對話」と「歌のいろいろ」(「いろいろ」の後半は原本では踊り字「〱」。]目次では孰れにも後に『(感想)』と附す)の二篇が載る。

 本篇は明治四三(一九一〇)年十一月一日発行の『創作』第一巻第九号初出。体裁としては二人の人物による会話形式をとった、アイロニカルな自画像的カリカチャア風に作ったレーゼ・ドラマ、戯作(げさく)的な歌論のようなものである。当初は枕の啄木と思しいAの友人Bを相手にやらかす転居話や食い物の話が何か甚だ冗長に過ぎるように感じられるかも知れぬが、そこで語られるのは、そうした啄木が東京に来てからの事実としての日常体験の中にある内的な区別や、その識別、或いは、そこからのたまさかの離脱を通して、旧態の短歌形式や情緒から引き出すことが出来るところの、短歌の新たな表記法や内在律的変革による新境地の可能性の譬喩的なものを引き出すための、序詞的な役割を果たしているように私には思われるのである。學燈社『別冊國文學』(第十一号)の岩城之徳編「石川啄木必携」(昭和五六(一九八一)年九月発行)の今井泰子氏の「石川啄木作品事典」によれば、執筆は明治四十三年十月二十二日以前で、同雑誌の前号(第一巻第八号)に載った尾上柴舟(明治九(一八七六)年~昭和三二(一九五七)年:歌人・国文学者・書家。岡山生まれ。本名は八郎。和歌を落合直文に学び、歌誌『水甕(みずがめ)』を創刊。書家としても活躍し、平安時代の草仮名の研究に業績を挙げた。歌集に「静夜」「永日」など。当時は女子学習院(現在の学習院女子大学)教授)の「短歌滅亡私論」に触発されて執筆された、歌集「一握の砂」を『裏づける歌論の一つ』とする。『柴舟が、短歌はもはや現代人の情緒を託すには不充分な様式で滅亡の道を辿るだろうと観測したのに対して、同じく様式上の限界性による滅亡を遠い未来に予測しながらも、なお現代に存在する現実的意義と可能性とを力説』しているとある。また、何よりも参考になるのは、近藤典彦氏の「石川啄木著『一握の砂』を読む」の「へつらひを聞けば その2」以下の分析である。まず、そこでは本篇が歌集「一握の砂」の『原稿が完成して東雲堂書店に納められた直後の』明治四三(一九一〇)年十月十六日から十九日に『書かれた啄木最初の歌論』であると規定され、『「一利己主義者」とは自分が可愛くてたまらない男すなわち啄木を指します。歌論の中では人物「A」です。「友人」のモデルは並木武雄で人物「B」です』と名指す。『並木武雄は啄木が函館時代にもっとも親しくした』四『人の友人中の』一『人です。啄木が』明治四一(一九〇八)年四月に『上京した時、並木も東京外国語学校に受かって上京しました。その後』一年、『非常に親しくつきあいます。翌年はちょっとした事情があって前年ほどにはつきあいませんが』、翌明明治四十三年三月、『啄木が東京毎日新聞や東京朝日新聞に新調の短歌を発表し始めると、いち早く目を留め、遊びに来ます』。九月、『啄木が朝日歌壇の選者になった時も遊びに来ました。このとき並木は、多くの大家(与謝野寛・晶子、伊藤左千夫、佐佐木信綱ら)とめざましい新進歌人(北原白秋、土岐哀果、前田夕暮、吉井勇、若山牧水等々)を尻目に啄木が選者に抜擢されたことをよろこび、「歌人」啄木を讃えたようです』とある。これは本篇の内容ともよく一致する。以下、リンク先の「それもよしこれもよしとてある人の その2」でも本篇と並木武雄について言及されてあるので参照されたい。

 因みに、同年十月四日には長男真一が誕生しており、同日処女歌集出版の契約を東京京橋区南伝馬町の東東雲堂書店と結び、二十円の稿料の内、十円を受け取り、同九日には歌集の書名を「一握の砂」とし、残りの十円を受領している(第一歌集「一握の砂」初版は明治四三(一九一〇)年十二月一日に刊行された。また、この発行日の五日前の十月二十七日には真一が生後二十三日目にして亡くなってしまっている)。

 底本は所持する昭和五八(一九八三)年ほるぷ刊行の「名著復刻詩歌文学館 紫陽花セット」の初版復刻本「悲しき玩具」を視認した。一部の不審な箇所は筑摩版全集で校合した。なお、加工用データとして「青空文庫」のこちらのデータ(但し、新字新仮名)を使用させて戴いた。踊り字「く」(ルビにある)は正字化した。

 初版本の書誌やその出版に係わる啄木を中心とした経緯等は「石川啄木歌集 悲しき玩具 (初版準拠版) 始動 /書誌・歌集本文(その一)」の私の冒頭注を見られたい。

 ルビがかなり五月蠅いので、底本通りに電子化した後に煩を厭わず「■読み除去版」を作成して附した(読みに係わる私の注の一部を除去した)。但し、ルビ無しで全文が間違いなく読めるとは思わない方がよい。少しでも振れると判断されたものは読みを必ず確認されるように。全集版は初出が底本で、読みは極めて少ないことも言い添えておく。

 

 

       對 話 と 感 想

 

 

     一利己主義者と友人との對話

 B おい、おれは今度(こんど)また引越しをしたぜ。

 A さうか。君は來るたんび引越しの披露をして行くね。

 B それは僕(ぼく)には引越し位の外(ほか)に何もわざわざ披露するやうな事件が無いからだ。

 A 葉書(はがき)でも濟(す)むよ。

 B しかし今度のは葉書では濟まん。

 A どうしたんだ。何日(いつ)かの話の下宿の娘(むすめ)から緣談(えんだん)でも申込まれて逃げ出したのか。

 B 莫迦(ばか)なことを言へ。女の事(こと)なんか近頃もうちつとも僕(ぼく)の目にうつらなくなつた。女より食物(くひもの)だね。好(す)きな物を食つてさへ居れあ僕には不平はない。

[やぶちゃん注:「居れあ」(ゐれあ)は現在の「居(い)りゃあ」の意。以下、同様な言い回しが出るが、以下では注さない。]

 A 殊勝(しゆしやう)な事を言ふ。それでは今度の下宿(げしゆく)はうまい物を食(く)はせるのか。

 B 三度三度(ど)うまい物ばかり食(く)はせる下宿が何處(どこ)にあるもんか。

[やぶちゃん注:「三度三度(ど)」で前でなく後にのみルビが附されるのはママ。]

 A 安下宿(やすげしゆく)ばかりころがり步いた癖(くせ)に。

 B 皮肉(ひにく)るない。今度のは下宿ぢやないんだよ。僕(ぼく)はもう下宿生活には飽(あ)き飽きしちやつた。

 A よく自分に飽きないね。

 B 自分にも飽きたさ。飽きたから今度の新生活(しんせいかつ)を始めたんだ。室(へや)だけ借りて置(お)いて、飯(めし)は三度とも外へ出て食(く)ふことにしたんだよ。

 A 君(きみ)のやりさうなこつたね。

 B さうかね。僕はまた君のやりさうなこつたと思つてゐた。

 A 何故(なぜ)。

 B 何故(なぜ)つてさうぢやないか。第一こんな自由(じいう)な生活はないね。居處(ゐどころ)つて奴は案外(あんぐわい)人間を束縛(そくばく)するもんだ。何處かへ出(で)てゐても、飯時になれあ直ぐ家のことを考(かんが)へる。あれだけでも僕(ぼく)みたいな者にや一種の重荷(おもに)だよ。それよりは何處でも構(かま)はず腹の空(す)いた時に飛(と)び込んで、自分の好(す)きな物を食つた方が可(い)いぢやないか。(間)何(なん)でも好(す)きなものが食へるんだからなあ。初(はじ)めの間(うち)は腹のへつて來(く)るのが樂み[やぶちゃん注:「たのしみ」。]で、一日に五回づつ食(く)つてやつた。出掛(でか)けて行つて食つて來て、煙草(たばこ)でも喫(の)んでるとまた直(す)ぐ食ひたくなるんだ。

[やぶちゃん注:「構(かま)はず」は底本では「構(かま)はす」であるが、誤植と断じて特異的に訂した。無論、筑摩版全集も『ず』となっている。]

 A 飯(めし)の事をさう言へや眠(ねむ)る場所だつてさうぢやないか。每晚每晚同じ夜具を着(き)て寢(ね)るつてのも餘り有難(ありがた)いことぢやないね。

 B それはさうさ。しかしそれは仕方(しかた)がない。身體(からだ)一つならどうでも可(よ)いが、机(つくえ)もあるし本(ほん)もある。あんな荷物(にもつ)をどつさり持つて、每日每日引越(ひつこ)して步(ある)かなくちやならないとなつたら、それこそ苦痛(くつう)ぢやないか。

[やぶちゃん注:「しかしそれは」は底本では「しかしろれは」。誤植と断じて特異的に訂した。無論、筑摩版全集も『そ』となっている。]

 A 飯(めし)のたんびに外に出(で)なくちやならないといふのと同(おな)じだ。

 B 飯を食ひに行くには荷物(にもつ)はない。身體だけで濟(す)むよ。食ひたいなあと思(おも)つた時、ひよいと立つて帽子(ばうし)を冠(かぶ)つて出掛けるだけだ。財布(さいふ)さへ忘れなけや可い。ひと足(あし)ひと足うまい物に近(ちか)づいて行くつて氣持は實(じつ)に可(い)いね。

 A ひと足ひと足新(あたら)しい眠りに近づいて行(ゆ)く氣持(きもち)はどうだね。ああ眠くなつたと思(おも)つた時、てくてく寢床(ねどこ)を探しに出かけるんだ。昨夜(ゆうべ)は隣の室で女の泣(な)くのを聞きながら眠(ねむ)つたつけが、今夜は何(なに)を聞(き)いて眠るんだらうと思(おも)ひながら行(ゆ)くんだ。初めての宿屋(やどや)ぢや此方(こつち)の誰だかをちつとも知(し)らない。知つた者の一人(ひとり)もゐない家の、行燈(あんどん)か何かついた奧(おく)まつた室に、やはらかな夜具(やぐ)の中に緩(ゆつ)くり身體を延(の)ばして安らかな眠りを待(ま)つてる氣持はどうだね。

 B それあ可(い)いさ。君もなかなか話(はな)せる。

 A 可(い)いだらう。每晚每晚(まいばんまいばん)さうして新しい寢床(ねどこ)で新しい夢を結(むす)ぶんだ。(間)本も机も棄(す)てつちまふさ。何(なに)もいらない。本を讀(よ)んだつてどうもならんぢやないか。

[やぶちゃん注:「結ぶんだ。(間)」の句点は底本にはない。全集で特異的に訂した。]

 B ますます話(はな)せる。しかしそれあ話だけだ。初(はじ)めのうちはそれで可(い)いかも知(し)れないが、しまひには屹度(きつと)おつくうになる。やつぱり何處かに落付(おちつ)いてしまふよ。

 A 飯を食(く)ひに出かけるのだつてさうだよ。見給(みたま)へ、二日經(た)つと君はまた何處(どこ)かの下宿(げしゆく)にころがり込(こ)むから。

 B ふむ。おれは細君(さいくん)を持つまでは今の通(とほ)りやるよ。屹度やつて見(み)せるよ。

[やぶちゃん注:組版の関係上、行末にきたため最後の句点はない。全集で補った。]

 A 細君(さいくん)を持つまでか。可哀想(かあいさう)に。(間)しかし羨(うらや)ましいね。君の今のやり方は、實はずつと前(まへ)からのおれの理想(りさう)だよ。もう三年からになる。

 B さうだらう。おれはどうも初(はじ)め思ひたつた時、君(きみ)のやりさうなこつたと思つた。

 A 今でもやりたいと思(おも)つてる。たつた一月でも可(い)い。

 B どうだ、おれん處(ところ)へ來て一緖(しよ)にやらないか。可(い)いぜ。そして飽きたら以前(もと)に歸るさ。

 A しかし厭(いや)だね。

 B 何故(なぜ)。おれと一緖(しよ)が厭なら一人(ひとり)でやつても可いぢやないか。

 A 一緖でも一緖(しよ)でなくても同じことだ。君は今(いま)それを始めたばかりで大(おほ)いに滿足(まんぞく)してるね。僕もさうに違(ちが)ひない。やつぱり初めのうちは日に五度(たび)も食事をするかも知(し)れない。しかし君はそのうちに飽(あ)きてしまつておつくうになるよ。さうしておれん處へ來て、また引越しの披露(ひろう)をするよ。その時(とき)おれは、「とうとう飽(あ)きたね」と君に言(い)ふね。

[やぶちゃん注:「とうとう」はママ。全集もママ。次の次の台詞の「とうとう」も同前。]

 B 何(なん)だい。もうその時の挨拶(あいさつ)まで工夫(くふう)してるのか。

 A まあさ。「とうとう飽(あ)きたね」と君に言ふね。それは君に言ふのだから可(い)い。おれは其奴(そいつ)を自分には言(い)ひたくない。

 B 相不變(あひかはらず)厭(いや)な男だなあ、君(きみ)は。

 A 厭(いや)な男さ。おれもさう思(おも)つてる。

 B 君は何日(いつ)か――あれは去年(きよねん)かな――おれと一緖(しよ)に行つて淫賣屋(いんばいや)から逃げ出した時(とき)もそんなことを言(い)つた。

 A さうだつたかね。

 B 君は屹度(きつと)早く死ぬ。もう少(すこ)し氣を廣く持たなくちや可(い)かんよ。一體(たい)君は餘(あま)りアンビシヤスだから可(い)かん。何だつて眞の滿足(まんぞく)つてものは世の中(なか)に有りやしない。從(したが)つて何だつて飽きる時(とき)が來るに定(きま)つてらあ。飽きたり、不滿足(ふまんぞく)になつたりする時を豫想(よそう)して何にもせずにゐる位(くらゐ)なら、生れて來なかつた方が餘(よ)つ程(ぽど)可いや。生れた者は屹度(きつと)死(し)ぬんだから。

[やぶちゃん注:「アンビシヤス」“ambitious”。過剰に熱望的・野心的・身の丈に合わぬ意欲を持ち過ぎたといった謂い。]

 A 笑(わら)はせるない。

 B 笑(わら)つてもゐないぢやないか。

 A 可笑(をか)しくもない。

[やぶちゃん注:ルビ「をか」は底本では「を」のみ。脱字と断じて特異的に訂した。無論、筑摩版全集も『をか』と振ってある(但し、筑摩版全集は底本が『創作』初出で、ルビは遙かに少ないのだが、たまたまここには振ってある)。]

 B 笑ふさ。可笑しくなくつたつて些(ちつ)たあ笑はなくちや可(い)かん。はは。(間)しかし何だね。君は自分で飽(あ)きつぽい男だと言つてるが、案外(あんぐわい)さうでもないやうだね。

 A 何故(なぜ)。

 B 相不變(あひかはらず)歌を作(つく)つてるぢやないか。

 A 歌(うた)か。

 B 止(や)やめたかと思ふとまた作(つく)る。執念深(しゆうねんぶか)いところが有るよ。やつぱり君は一生(しやう)歌(うた)を作るだらうな。

 A どうだか。

 B 歌も可(い)いね。こなひだ友人(ゆうじん)とこへ行つたら、やつぱり歌を作るとか讀(よ)むとかいふ姉(ねえ)さんがいてね。君の事を話(はな)してやつたら、「あの歌人(かじん)はあなたのお友達(ともだち)なんですか」つて喫驚(びつくり)してゐたよ。おれはそんなに俗人(ぞくじん)に見えるのかな。

 A 「歌人(かじん)」は可(よ)かつたね。

 B 首(くび)をすくめることはないぢやないか。おれも實(じつ)は最初變だと思つたよ。Aは歌人だ! 何んだか變(へん)だものな。しかし歌を作つてる以上(いじやう)はやつぱり歌人にや違(ちが)ひないよ。おれもこれから一つ君を歌人扱(かじんあつか)ひにしてやらうと思つてるんだ。

[やぶちゃん注:「最初變だと思つたよ。」の句点は行末で組版上から打たれてない。全集で補った。]

 A 御馳走(ごちさう)でもしてくれるのか。

 B 莫迦(ばか)なことを言へ。一體(たい)歌人にしろ小說家(せうせつか)にしろ、すべて文學者(ぶんがくしや)といはれる階級(かいきふ)に屬する人間は無責任(むせきにん)なものだ。何を書(か)いても書いたことに責任は負(お)わない。待てよ、これは、何日(いつ)か君(きみ)から聞いた議論(ぎろん)だつたね。

 A どうだか。

 B どうだかつて、たしかに言(い)つたよ。文藝上(ぶんげいじやう)の作物は巧(うま)いにしろ拙(まづ)いにしろ、それがそれだけで完了してると云ふ點(てん)に於て、人生の交涉(かふせふ)は歷史上の事柄(ことがら)と同じく間接だ、とか何(なん)とか。(間)それはまあどうでも可いが、兎(と)に角(かく)おれは今後無責任(むせきにん)を君の特權として認(みと)めて置く。特待生(とくたいせい)だよ。

 A 許(ゆる)してくれ。おれは何よりもその特待生が嫌(きら)ひなんだ。何日だつけ北海道(ほくかいだう)へ行く時靑森から船(ふね)に乘つたら、船の事務長(じむちやう)が知つてる奴(やつ)だつたものだから、三等の切符(きつぷ)を持つてるおれを無理矢理(むりやり)に一等室に入れたんだ。室(しつ)だけならまだ可(い)いが、食事の時間(じかん)になつたらボーイを寄(よ)こしてとうとう食堂まで引張(ひつぱ)り出(だ)された。あんなに不愉快(ふゆくわい)な飯を食つたことはない。

[やぶちゃん注:「とうとう」はママ。全集も同じ。]

 B それは三等(とう)の切符を持つていた所爲(せい)だ。一等の切符さへ有れあ當(あた)り前ぢやないか。

 A 莫迦(ばか)を言へ。人間は皆(みな)赤切符(あかきつぷ)だ。

[やぶちゃん注:「赤切符」旅客列車車両に主に日本国有鉄道が定めた三等級制時代(昭和三五(一九六〇)年以前)最下級の三等切符のこと。客車自体に等級ごとの帯色の塗り分けがあり、昭和一五(一九四〇)年までは三等は赤であった(一等は白、二等は青)。]

 B 人間は皆赤切符! やつぱり話(はな)せるな。おれが飯屋(めしや)へ飛び込んで空樽(あきだる)に腰掛けるのもそれだ。

 A 何だい、うまい物(もの)うまい物つて言(い)ふから何を食ふのかと思(おも)つたら、一膳飯屋(いちぜんめしや)へ行くのか。

 B 上(かみ)は靜養軒の洋食から下(しも)は一膳飯、牛飯、大道の燒鳥(やきとり)に至るさ。飯屋(めしや)にだつてうまい物は有(あ)るぜ。先刻(さつき)來る時はとろろ飯(めし)を食つて來(き)た。

[やぶちゃん注:「靜養軒」全集では『精養軒』とする。しかし筑摩版全集は底本が『創作』初出であるから、それを絶対的に正しいとは言い切れない(ここの場合は特に、校正係が勝手に正しい字に直してしまった可能性を排除出来ないのである)。しかも、この一見だらだらした枕部分が徹底した戯作である以上、啄木が確信犯で正しく「精養軒」とせずに「靜養軒」とズラした可能性を否定は出来ない。ここは私は底本のママとすることとした。]

 A 朝(あさ)には何を食ふ。

 B 近所(きんじよ)にミルクホールが有るから其處(そこ)へ行く。君の歌も其處(そこ)で讀んだんだ。何でも雜誌(ざつし)をとつてる家(うち)だからね。(間)さうさう、君は何日(いつ)か短歌が滅びるとおれに言(い)つたことがあるね。此頃その短歌滅亡論(たんかめつばうろん)といふ奴が流行つて來たぢやないか。

[やぶちゃん注:「ミルクホール」和製英語。ミルクを提供することを目的とした明治・大正期に流行した飲食店。ウィキの「ミルクホール」によれば、『時の政府が日本人の体質改善を目的としてミルクを飲むことを推奨していた明治時代に数多く出現した』。『日本初のミルクホールは明治五(一八七二)年に開店』しており、『学生街や駅の近辺などで、学生を主な客層とした手軽な軽食店として発展した』。その『内部はカステラなどの洋菓子、食パン、豆菓子類をショーケースに置き』、他にも『新聞、官報、雑誌を置』いて、『牛乳、コーヒーなどの飲み物を庶民的な価格で提供した』。『コーヒーの一般化とともにコーヒーを提供するミルクホールが大正期に全盛を迎えたが、関東大震災を期に喫茶店に取って代わられ』た、とある。]

 A 流行(はや)るかね。おれの讀(よ)んだのは尾上柴舟(をのへさいしう)といふ人の書いたのだけだ。

 B さうさ。おれの讀んだのもそれだ。然(しか)し一人が言ひ出す時分(じぶん)にや十人か五人は同(おな)じ事を考(かんが)へてるもんだよ。

 A あれは尾上といふ人(ひと)の歌そのものが行(ゆ)きづまつて來たといふ事實に立派(りつぱ)な裏書(うらがき)をしたものだ。

 B 何(なに)を言ふ。そんなら君があの議論(ぎろん)を唱(とな)へた時は、君の歌が行きづまつた時(とき)だつたのか。

 A さうさ。歌(うた)ばかりぢやない、何(なに)もかも行きづまつた時(とき)だつた。

 B しかしあれには色色理窟(りくつ)が書いてあつた。

 A 理窟は何(なん)にでも着(つ)くさ。ただ世の中のことは一つだつて理窟(りくつ)によつて推移(すゐい)してゐないだけだ。たとへば、近頃(ちかごろ)の歌は何首或は何十首を、一首一首引き拔(ぬ)いて見ないで全體として見るやうな傾向(かたむき)になつて來た。そんなら何故(なぜ)それらを初(はじ)めから一つとして現(あらは)さないか。一一分解(ぶんかい)して現す必要が何處にあるか、とあれに書(か)いてあつたね。一應(おう)尤(もつと)もに聞えるよ。しかしあの理窟(りくつ)に服從すると、人間(にんげん)は皆死ぬ間際まぎわまで待たなければ何も書(か)けなくなるよ。歌(うた)は――文學は作家(さくか)の個人性の表現(へうげん)だといふことを狹(せま)く解釋してるんだからね。假(かり)に今夜なら今夜(こんや)のおれの頭(あたま)の調子(てうし)を歌ふにしてもだね。なるほどひと晚(ばん)のことだから一つに纏(まと)めて現した方が都合(つがふ)は可いかも知れないが、一時間(じかん)は六十分で、一分は六十秒(べう)だよ。連續はしてゐるが初(はじ)めから全體になつてゐるのではない。きれぎれに頭(あたま)に浮んで來る感じを後(あと)から後からときれぎれに歌(うた)つたつて何も差支(さしつか)へがないぢやないか。一つに纏(まと)める必要が何處(どこ)にあると言ひたくなるね。

[やぶちゃん注:「今夜なら今夜(こんや)の」ルビが前につかずに後に附されてあるのはママ。「感じ」は「感し」であるが、全集で訂した。]

 B 君(きみ)はさうすつと歌は永久(えいきう)に滅(ほろ)びないと云ふのか。

[やぶちゃん注:「さうすつと」そうすると。]

 A おれは永久といふ言葉(ことば)は嫌(きら)ひだ。

 B 永久(えいきう)でなくても可(い)い。兎に角まだまだ歌は長生(ながいき)すると思ふのか。

 A 長生(ながいき)はする。昔から人生(じんせい)五十といふが、それでも八十位まで生(い)きる人は澤山(たくさん)ある。それと同じ程度(ていど)の長生はする。しかし死(し)ぬ。

 B 何日(いつ)になつたら八十になるだらう。

 A 日本の國語(こくご)が統(とう)一される時さ。

 B もう大分統(とう)一されかかつてゐるぜ。小說(せうせつ)はみんな時代語になつた。小學校の敎科書(けうくわしよ)と詩も半分はなつて來た。新聞(しんぶん)にだつて三分の一は時代語(じだいご)で書いてある。先(せん)を越(こ)してローマ字を使(つか)ふ人さへある。

[やぶちゃん注:「時代語」の「じだいご」のルビが前になく、後に出るのはママ。その当時の現代語或いは口語的表現表記のこと。]

 A それだけ混亂(こんらん)していたら澤山(たくさん)ぢやないか。

 B ふむ。さうすつとまだまだか。

 A まだまだ。日本(にほん)は今三分の一まで來(き)たところだよ。何(なに)もかも三分の一だ。所謂(いはゆる)古い言葉と今の口語と比(くら)べてみても解(わか)る。正確に違つて來(き)たのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章(ぶんしやう)の上では併用(へいやう)されてゐる。音文字(おんもじ)が採用されて、それで現(あらは)すに不便な言葉がみんな淘汰(たうた)される時が來(こ)なくちや歌は死(し)なない。

 B 氣長(きなが)い事を言ふなあ。君は元來性急(せつかち)な男だつたがなあ。

 A あまり性急(せつかち)だつたお蔭(かげ)で氣長になつたのだ。

 B 悟(さと)つたね。

 A 絕望(ぜつばう)したのだ。

 B しかし兎(と)に角(かく)今の我我の言葉(ことば)が五とか七とかいふ調子(てうし)を失つてるのは事實(じじつ)ぢやないか。

 A 「いかにさびしき夜(よ)なるぞや」「なんてさびしい晚(ばん)だらう」どつちも七五調(てう)ぢやないか。

 B それは極(きは)めて稀な例(れい)だ。

 A 昔(むかし)の人は五七調や七五調でばかり物(もの)を言つてゐたと思ふのか。莫迦(ばか)。

 B これでも賢(かしこ)いぜ。

 A とはいふものの、五と七がだんだん亂(みだ)れて來てるのは事實(じじつ)だね。五が六に延(の)び、七が八に延(の)びてゐる。そんならそれで歌(うた)にも字あまりを使(つか)へば濟むことだ。自分(じぶん)が今まで勝手に古い言葉を使(つか)つて來てゐて、今になつて不便(ふべん)だもないぢやないか。成(な)るべく現代の言葉に近(ちか)い言葉を使つて、それで三十一字(じ)に纏(まとま)りかねたら字あまりにするさ。それで出來(でき)なけれあ言葉や形(かた)が古(ふる)いんでなくつて頭(あたま)が古いんだ。

 B それもさうだね。

 A のみならず、五も七も更(さら)に二とか三とか四とかにまだまだ分解(ぶんかい)することが出來(でき)る。歌の調子はまだまだ複雜(ふくざつ)になり得る餘地(よち)がある。昔は何日の間にか五七五、七七と二行に書(か)くことになつてゐたのを、明治になつてから一本に書(か)くことになつてゐた。今度はあれを壞(こわ)すんだね。歌には一首一首各(かく)異(ことな)つた調子(てうし)がある筈だから、一首一首別(べつ)なわけ方で何行(なんぎやう)かに書くことにするんだね。

[やぶちゃん注:この台詞は全集(筑摩版全集は底本が『創作』初出)と校合すると、二ヶ所に問題がある。まず「明治になつてから一本に書くことになつてゐた」の部分で、全集は『明治になつてから一本に書くことになつた』とし、「各」の読み「かく」を全集は『おのおの』とする点である。整序された読みとしては全集のがよいと言えるものの、ではこの表記がとんでもなくおかしい、誤字・誤植の類いだと断言出来るかと言えば、それは無理であると私は思う。さればこそ、ここは底本のママに電子化した。

 B さうすると歌の前途(ぜんと)はなかなか多望(たばう)なことになるなあ。

 A 人は歌(うた)の形は小さくて不便(ふべん)だといふが、おれは小さいから却(かへ)つて便利だと思(おも)つてゐる。さうぢやないか。人は誰(だれ)でも、その時が過(す)ぎてしまへば間もなく忘(わす)れるやうな、乃至(ないし)は長く忘れずにゐるにしても、それを思ひ出(だ)すには餘り接穗(つぎほ)がなくてとうとう一生思ひ出さずにしまふといふやうな、内(うち)から外(そと)からの數限(かずかぎ)りなき感じを、後(あと)から後からと常に經驗(けいけん)してゐる。多くの人はそれを輕蔑(けいべつ)してゐる。輕蔑しないまでも殆(ほとん)ど無關心にエスケープしてゐる。しかしいのちを愛(あい)する者はそれを輕蔑(けいべつ)することが出來ない。

[やぶちゃん注:「人は誰(だれ)でも、その時が過(す)ぎてしまへば間もなく忘(わす)れるやうな、乃至(ないし)は長く忘れずにゐるにしても、それを思ひ出(だ)すには餘り接穗(つぎほ)がなくてとうとう一生思ひ出さずにしまふといふやうな、内から外からの數限りなき感じを、後(あと)から後からと常に經驗(けいけん)してゐる。」(「とうとう」ママ。全集も同じ)は全集では、『人は誰でも、その時が過ぎてしまへば間もなく忘れるやうな、乃至は長く忘れずにゐるにしても、それを言ひ出すには余り接穗(つぎほ)がなくてとうとう一生言ひ出さずにしまふといふやうな、内から外からの数限りなき感じを、後(あと)から後からと常に經驗してゐる。』と二ヶ所が「思ひ出す」ではなく、「言ひ出す」となっているのである。確かに歌を語る文脈では「言ひ出す」の方がしっくりはくるが、では「思ひ出す」はおかしいかといえば、少しもおかしくないし、私は躓かない。忘れていないが、思い出すことが出来難い記憶は脳生理学的にも心理学的にも存在する。従って底本のママとする。

 B 待(ま)てよ。ああさうか。一分は六十秒(べう)なりの論法(ろんぱふ)だね。

[やぶちゃん注:底本は「ああさうか」の後に句点はない。全集に従い、特異的に訂した。]

 A さうさ。一生に二度とは歸(かへ)つて來ないいのちの一秒(べう)だ。おれはその一秒がいとしい。たゞ逃(に)がしてやりたくない。それを現(あらは)すには、形が小さくて、手間暇(てまひま)のいらない歌が一番(ばん)便利(べんり)なのだ。實際便利だからね。歌(うた)といふ詩形を持つてるといふことは、我我日本人(にほんじん)の少ししか持たない幸福(かうふく)のうちの一つだよ。(間)おれはいのちを愛(あい)するから歌を作る。おれ自身(じしん)が何よりも可愛(かあい)いから歌を作る。(間)しかしその歌(うた)も滅亡(めつぼう)する。理窟(りくつ)からでなく内部から滅亡する。しかしそれはまだまだだ、早(はや)く滅亡すれば可いと思(おも)ふがまだまだだ。(間)日本(にほん)はまだ三分の一だ。

[やぶちゃん注:太字「いのち」は底本では傍点「ヽ」。以下も同じ。

「しかしそれはまだまだ、」全集は「しかしそれはまだまだ早く滅亡すれば可いと思ふがまだまだだ。」であるが、こちらの方がいい。]

 B いのちを愛するつてのは可いね。君(きみ)は君のいのちを愛(あい)して歌を作り、おれはおれのいのちを愛(あい)してうまい物を食つてあるく。似(に)たね。

[やぶちゃん注:「愛」のルビが前になく、後にあるのはママ。]

 A (間)おれはしかし、本當(ほんたう)のところはおれに歌なんか作らせたくない。

 B どういふ意味(いみ)だ。君はやつぱり歌人(かじん)だよ。歌人だつて可(い)いぢやないか。しつかりやるさ。

 A おれはおれに歌(うた)を作らせるよりも、もつと深(ふか)くおれを愛(あい)してゐる。

 B 解(わか)らんな。

 A 解(わか)らんかな。(間)しかしこれは言葉(ことば)でいふと極(ご)くつまらんことになる。

 B 歌(うた)のやうな小さいものに全生命(ぜんせいめい)を託することが出來(でき)ないといふのか。

 A おれは初(はじ)めから歌に全生命を託(たく)さうと思つたことなんかない。(間)何(なん)にだつて全生命(ぜんせいめい)を託することが出來るもんか。(間)おれはおれを愛(あい)してはゐるが、其のおれ自身(じしん)だつてあまり信用(しんよう)してはゐない。

 B (やや突然(とつぜん)に)おい、飯食ひに行かんか。(間、獨語(どくご)するやうに。)おれも腹(はら)のへつた時はそんな氣持(きもち)のすることがあるなあ。

 

 

  •   *   *

 

 

■読み除去版

 

      一利己主義者と友人との對話

 B おい、おれは今度また引越しをしたぜ。

 A さうか。君は來るたんび引越しの披露ひろうをして行くね。

 B それは僕には引越し位の外に何もわざわざ披露するやうな事件が無いからだ。

 A 葉書でも濟むよ。

 B しかし今度のは葉書では濟まん。

 A どうしたんだ。何日かの話の下宿の娘から緣談でも申込まれて逃げ出したのか。

 B 莫迦なことを言へ。女の事なんか近頃もうちつとも僕の目にうつらなくなつた。女より食物だね。好きな物を食つてさへ居れあ僕には不平はない。

[やぶちゃん注:「居れあ」(ゐれあ)は現在の「居りゃあ」の意。以下、同様な言い回しが出るが、以下では注さない。]

 A 殊勝な事を言ふ。それでは今度の下宿はうまい物を食はせるのか。

 B 三度三度うまい物ばかり食はせる下宿が何處にあるもんか。

 A 安下宿ばかりころがり步いた癖に。

 B 皮肉るない。今度のは下宿ぢやないんだよ。僕はもう下宿生活には飽き飽きしちやつた。

 A よく自分に飽きないね。

 B 自分にも飽きたさ。飽きたから今度の新生活を始めたんだ。室だけ借りて置いて、飯は三度とも外へ出て食ふことにしたんだよ。

 A 君のやりさうなこつたね。

 B さうかね。僕はまた君のやりさうなこつたと思つてゐた。

 A 何故。

 B 何故つてさうぢやないか。第一こんな自由な生活はないね。居處つて奴は案外人間を束縛するもんだ。何處かへ出てゐても、飯時になれあ直ぐ家のことを考へる。あれだけでも僕みたいな者にや一種の重荷だよ。それよりは何處でも構はず腹の空いた時に飛び込んで、自分の好きな物を食つた方が可いぢやないか。(間)何でも好きなものが食へるんだからなあ。初めの間は腹のへつて來るのが樂み[やぶちゃん注:「たのしみ」。]で、一日に五回づつ食つてやつた。出掛けて行つて食つて來て、煙草でも喫んでるとまた直ぐ食ひたくなるんだ。

[やぶちゃん注:「構はず」は底本では「構はす」であるが、誤植と断じて特異的に訂した。無論、筑摩版全集も『ず』となっている。]

 A 飯の事をさう言へや眠る場所だつてさうぢやないか。每晚每晚同じ夜具を着て寢るつてのも餘り有難いことぢやないね。

 B それはさうさ。しかしそれは仕方がない。身體一つならどうでも可いが、机もあるし本もある。あんな荷物をどつさり持つて、每日每日引越して步かなくちやならないとなつたら、それこそ苦痛ぢやないか。

[やぶちゃん注:「しかしそれは」は底本では「しかしろれは」。誤植と断じて特異的に訂した。無論、筑摩版全集も『そ』となっている。]

 A 飯のたんびに外に出なくちやならないといふのと同じだ。

 B 飯を食ひに行くには荷物はない。身體だけで濟むよ。食ひたいなあと思つた時、ひよいと立つて帽子を冠つて出掛けるだけだ。財布さへ忘れなけや可い。ひと足ひと足うまい物に近づいて行くつて氣持は實に可いね。

 A ひと足ひと足新しい眠りに近づいて行く氣持はどうだね。ああ眠くなつたと思つた時、てくてく寢床を探しに出かけるんだ。昨夜は隣の室で女の泣くのを聞きながら眠つたつけが、今夜は何を聞いて眠るんだらうと思ひながら行くんだ。初めての宿屋ぢや此方の誰だかをちつとも知らない。知つた者の一人もゐない家の、行燈か何かついた奧まつた室に、やはらかな夜具の中に緩くり身體を延ばして安らかな眠りを待つてる氣持はどうだね。

 B それあ可いさ。君もなかなか話せる。

 A 可いだらう。每晚每晚さうして新しい寢床で新しい夢を結ぶんだ(間)。本も机も棄てつちまふさ。何もいらない。本を讀んだつてどうもならんぢやないか。

[やぶちゃん注:「結ぶんだ。(間)」の句点は底本にはない。全集で特異的に訂した。]

 B ますます話せる。しかしそれあ話だけだ。初めのうちはそれで可いかも知れないが、しまひには屹度おつくうになる。やつぱり何處かに落付いてしまふよ。

 A 飯を食ひに出かけるのだつてさうだよ。見給へ、二日經つと君はまた何處かの下宿にころがり込むから。

 B ふむ。おれは細君を持つまでは今の通りやるよ。屹度やつて見せるよ。

[やぶちゃん注:組版の関係上、行末にきたため最後の句点はない。全集で補った。]

 A 細君を持つまでか。可哀想に。(間)しかし羨ましいね。君の今のやり方は、實はずつと前からのおれの理想だよ。もう三年からになる。

 B さうだらう。おれはどうも初め思ひたつた時、君のやりさうなこつたと思つた。

 A 今でもやりたいと思つてる。たつた一月でも可い。

 B どうだ、おれん處へ來て一緖にやらないか。可いぜ。そして飽きたら以前に歸るさ。

 A しかし厭だね。

 B 何故。おれと一緖が厭なら一人でやつても可いぢやないか。

 A 一緖でも一緖でなくても同じことだ。君は今それを始めたばかりで大いに滿足してるね。僕もさうに違ひない。やつぱり初めのうちは日に五度も食事をするかも知れない。しかし君はそのうちに飽きてしまつておつくうになるよ。さうしておれん處へ來て、また引越しの披露をするよ。その時おれは、「とうとう飽きたね」と君に言ふね。

[やぶちゃん注:「とうとう」はママ。全集もママ。次の次の台詞の「とうとう」も同前。]

 B 何だい。もうその時の挨拶まで工夫してるのか。

 A まあさ。「とうとう飽きたね」と君に言ふね。それは君に言ふのだから可い。おれは其奴を自分には言ひたくない。

 B 相不變厭な男だなあ、君は。

 A 厭な男さ。おれもさう思つてる。

 B 君は何日か――あれは去年かな――おれと一緖に行つて淫賣屋から逃げ出した時もそんなことを言つた。

 A さうだつたかね。

 B 君は屹度早く死ぬ。もう少し氣を廣く持たなくちや可かんよ。一體君は餘りアンビシヤスだから可かん。何だつて眞の滿足つてものは世の中に有りやしない。從つて何だつて飽きる時が來るに定つてらあ。飽きたり、不滿足になつたりする時を豫想して何にもせずにゐる位なら、生れて來なかつた方が餘つ程可いや。生れた者は屹度死ぬんだから。

[やぶちゃん注:「アンビシヤス」“ambitious”。過剰に熱望的・野心的・身の丈に合わぬ意欲を持ち過ぎたといった謂い。]

 A 笑はせるない。

 B 笑つてもゐないぢやないか。

 A 可笑しくもない。

 B 笑ふさ。可笑しくなくつたつて些たあ笑はなくちや可かん。はは。(間)しかし何だね。君は自分で飽きつぽい男だと言つてるが、案外さうでもないやうだね。

 A 何故。

 B 相不變歌を作つてるぢやないか。

 A 歌か。

 B 止やめたかと思ふとまた作る。執念深いところが有るよ。やつぱり君は一生歌を作るだらうな。

 A どうだか。

 B 歌も可いね。こなひだ友人とこへ行つたら、やつぱり歌を作るとか讀むとかいふ姉さんがいてね。君の事を話してやつたら、「あの歌人はあなたのお友達なんですか」つて喫驚してゐたよ。おれはそんなに俗人に見えるのかな。

 A 「歌人」は可かつたね。

 B 首をすくめることはないぢやないか。おれも實は最初變だと思つたよ。Aは歌人だ! 何んだか變だものな。しかし歌を作つてる以上はやつぱり歌人にや違ひないよ。おれもこれから一つ君を歌人扱ひにしてやらうと思つてるんだ。

[やぶちゃん注:「最初變だと思つたよ。」の句点は行末で組版上から打たれてない。全集で補った。]

 A 御馳走でもしてくれるのか。

 B 莫迦なことを言へ。一體歌人にしろ小說家にしろ、すべて文學者といはれる階級に屬する人間は無責任なものだ。何を書いても書いたことに責任は負わない。待てよ、これは、何日か君から聞いた議論だつたね。

 A どうだか。

 B どうだかつて、たしかに言つたよ。文藝上の作物は巧いにしろ拙いにしろ、それがそれだけで完了してると云ふ點に於て、人生の交涉は歷史上の事柄と同じく間接だ、とか何とか。(間)それはまあどうでも可いが、兎に角おれは今後無責任を君の特權として認めて置く。特待生だよ。

 A 許してくれ。おれは何よりもその特待生が嫌ひなんだ。何日だつけ北海道へ行く時靑森から船に乘つたら、船の事務長が知つてる奴だつたものだから、三等の切符を持つてるおれを無理矢理に一等室に入れたんだ。室だけならまだ可いが、食事の時間になつたらボーイを寄こしてとうとう食堂まで引張り出された。あんなに不愉快な飯を食つたことはない。

[やぶちゃん注:「とうとう」はママ。全集も同じ。]

 B それは三等の切符を持つていた所爲せいだ。一等の切符さへ有れあ當り前ぢやないか。

 A 莫迦を言へ。人間は皆赤切符だ。

[やぶちゃん注:「赤切符」旅客列車車両に主に日本国有鉄道が定めた三等級制時代年以前)最下級の三等切符のこと。客車自体に等級ごとの帯色の塗り分けがあり、昭和一五年までは三等は赤であった。]

 B 人間は皆赤切符! やつぱり話せるな。おれが飯屋へ飛び込んで空樽に腰掛けるのもそれだ。

 A 何だい、うまい物うまい物つて言ふから何を食ふのかと思つたら、一膳飯屋へ行くのか。

 B 上は靜養軒の洋食から下は一膳飯、牛飯、大道の燒鳥に至るさ。飯屋にだつてうまい物は有るぜ。先刻來る時はとろろ飯を食つて來た。

[やぶちゃん注:「靜養軒」全集では『精養軒』とする。しかし筑摩版全集は底本が『創作』初出であるから、それを絶対的に正しいとは言い切れない(ここの場合は特に、校正係が勝手に正しい字に直してしまった可能性を排除出来ないのである)。しかも、この一見だらだらした枕部分が徹底した戯作である以上、啄木が確信犯で正しく「精養軒」とせずに「靜養軒」とズラした可能性を否定は出来ない。ここは私は底本のママとすることとした。]

 A 朝には何を食ふ。

 B 近所にミルクホールが有るから其處へ行く。君の歌も其處で讀んだんだ。何でも雜誌をとつてる家だからね。(間)さうさう、君は何日か短歌が滅びるとおれに言つたことがあるね。此頃その短歌滅亡論といふ奴が流行つて來たぢやないか。

[やぶちゃん注:「ミルクホール」和製英語。ミルクを提供することを目的とした明治・大正期に流行した飲食店。ウィキの「ミルクホール」によれば、『時の政府が日本人の体質改善を目的としてミルクを飲むことを推奨していた明治時代に数多く出現した』。『日本初のミルクホールは明治五(一八七二)年に開店』しており、『学生街や駅の近辺などで、学生を主な客層とした手軽な軽食店として発展した』。その『内部はカステラなどの洋菓子、食パン、豆菓子類をショーケースに置き』、他にも『新聞、官報、雑誌を置』いて、『牛乳、コーヒーなどの飲み物を庶民的な価格で提供した』。『コーヒーの一般化とともにコーヒーを提供するミルクホールが大正期に全盛を迎えたが、関東大震災を期に喫茶店に取って代わられ』た、とある。]

 A 流行るかね。おれの讀んだのは尾上柴舟といふ人の書いたのだけだ。

 B さうさ。おれの讀んだのもそれだ。然し一人が言ひ出す時分にや十人か五人は同じ事を考へてるもんだよ。

 A あれは尾上といふ人の歌そのものが行きづまつて來たといふ事實に立派な裏書をしたものだ。

 B 何を言ふ。そんなら君があの議論を唱へた時は、君の歌が行きづまつた時だつたのか。

 A さうさ。歌ばかりぢやない、何もかも行きづまつた時だつた。

 B しかしあれには色色理窟が書いてあつた。

 A 理窟は何にでも着くさ。ただ世の中のことは一つだつて理窟によつて推移してゐないだけだ。たとへば、近頃の歌は何首或は何十首を、一首一首引き拔いて見ないで全體として見るやうな傾向になつて來た。そんなら何故それらを初めから一つとして現さないか。一一分解して現す必要が何處にあるか、とあれに書いてあつたね。一應尤もに聞えるよ。しかしあの理窟に服從すると、人間は皆死ぬ間際まぎわまで待たなければ何も書けなくなるよ。歌は――文學は作家の個人性の表現だといふことを狹く解釋してるんだからね。假に今夜なら今夜のおれの頭の調子を歌ふにしてもだね。なるほどひと晚のことだから一つに纏めて現した方が都合は可いかも知れないが、一時間は六十分で、一分は六十秒だよ。連續はしてゐるが初めから全體になつてゐるのではない。きれぎれに頭に浮んで來る感じを後あとから後からときれぎれに歌つたつて何も差支へがないぢやないか。一つに纏める必要が何處にあると言ひたくなるね。

[やぶちゃん注:「感じ」は「感し」であるが、全集で訂した。]

 B 君はさうすつと歌は永久に滅びないと云ふのか。

[やぶちゃん注:「さうすつと」そうすると。]

 A おれは永久といふ言葉は嫌ひだ。

 B 永久でなくても可い。兎に角まだまだ歌は長生すると思ふのか。

 A 長生はする。昔から人生五十といふが、それでも八十位まで生きる人は澤山ある。それと同じ程度の長生はする。しかし死ぬ。

 B 何日になつたら八十になるだらう。

 A 日本の國語が統一される時さ。

 B もう大分統一されかかつてゐるぜ。小說はみんな時代語になつた。小學校の敎科書と詩も半分はなつて來た。新聞にだつて三分の一は時代語で書いてある。先を越してローマ字を使ふ人さへある。

[やぶちゃん注:「時代語」その当時の現代語或いは口語的表現表記のこと。]

 A それだけ混亂していたら澤山ぢやないか。

 B ふむ。さうすつとまだまだか。

 A まだまだ。日本は今三分の一まで來たところだよ。何もかも三分の一だ。所謂古い言葉と今の口語と比べてみても解る。正確に違つて來たのは、「なり」「なりけり」と「だ」「である」だけだ。それもまだまだ文章の上では併用されてゐる。音文字が採用されて、それで現すに不便な言葉がみんな淘汰される時が來なくちや歌は死なない。

 B 氣長い事を言ふなあ。君は元來性急な男だつたがなあ。

 A あまり性急だつたお蔭で氣長になつたのだ。

 B 悟つたね。

 A 絕望したのだ。

 B しかし兎に角今の我我の言葉が五とか七とかいふ調子を失つてるのは事實ぢやないか。

 A 「いかにさびしき夜なるぞや」「なんてさびしい晚だらう」どつちも七五調ぢやないか。

 B それは極めて稀な例だ。

 A 昔の人は五七調や七五調でばかり物を言つてゐたと思ふのか。莫迦。

 B これでも賢いぜ。

 A とはいふものの、五と七がだんだん亂れて來てるのは事實だね。五が六に延び、七が八に延びてゐる。そんならそれで歌にも字あまりを使へば濟むことだ。自分が今まで勝手に古い言葉を使つて來てゐて、今になつて不便だもないぢやないか。成るべく現代の言葉に近い言葉を使つて、それで三十一字に纏りかねたら字あまりにするさ。それで出來なけれあ言葉や形が古いんでなくつて頭が古いんだ。

 B それもさうだね。

 A のみならず、五も七も更に二とか三とか四とかにまだまだ分解することが出來る。歌の調子はまだまだ複雜になり得る餘地がある。昔は何日の間にか五七五、七七と二行に書くことになつてゐたのを、明治になつてから一本に書くことになつてゐた。今度はあれを壞すんだね。歌には一首一首各異つた調子がある筈だから、一首一首別なわけ方で何行かに書くことにするんだね。

[やぶちゃん注:この台詞は全集と校合すると、二ヶ所に問題がある。まず「明治になつてから一本に書くことになつてゐた」の部分で、全集は『明治になつてから一本に書くことになつた』とする点である。整序された読みとしては全集のがよいと言えるものの、ではこの表記がとんでもなくおかしい、誤字・誤植の類いだと断言出来るかと言えば、それは無理であると私は思う。さればこそ、ここは底本のママに電子化した。

 B さうすると歌の前途はなかなか多望なことになるなあ。

 A 人は歌の形は小さくて不便だといふが、おれは小さいから却つて便利だと思つてゐる。さうぢやないか。人は誰でも、その時が過ぎてしまへば間もなく忘れるやうな、乃至は長く忘れずにゐるにしても、それを思ひ出すには餘り接穗がなくてとうとう一生思ひ出さずにしまふといふやうな、内から外からの數限りなき感じを、後から後からと常に經驗してゐる。多くの人はそれを輕蔑してゐる。輕蔑しないまでも殆ど無關心にエスケープしてゐる。しかしいのちを愛する者はそれを輕蔑することが出來ない。

[やぶちゃん注:「人は誰でも、その時が過ぎてしまへば間もなく忘れるやうな、乃至は長く忘れずにゐるにしても、それを思ひ出すには餘り接穗がなくてとうとう一生思ひ出さずにしまふといふやうな、内から外からの數限りなき感じを、後から後からと常に經驗してゐる。」は全集では、『人は誰でも、その時が過ぎてしまへば間もなく忘れるやうな、乃至は長く忘れずにゐるにしても、それを言ひ出すには余り接穗がなくてとうとう一生言ひ出さずにしまふといふやうな、内から外からの数限りなき感じを、後から後からと常に經驗してゐる。』と二ヶ所が「思ひ出す」ではなく、「言ひ出す」となっているのである。確かに歌を語る文脈では「言ひ出す」の方がしっくりはくるが、では「思ひ出す」はおかしいかといえば、少しもおかしくないし、私は躓かない。忘れていないが、思い出すことが出来難い記憶は脳生理学的にも心理学的にも存在する。従って底本のママとする。

 B 待てよ。ああさうか。一分は六十秒なりの論法だね。

[やぶちゃん注:底本は「ああさうか」の後に句点はない。全集に従い、特異的に訂した。]

 A さうさ。一生に二度とは歸つて來ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。たゞ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ。實際便利だからね。歌といふ詩形を持つてるといふことは、我我日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。(間)おれはいのちを愛するから歌を作る。おれ自身が何よりも可愛いから歌を作る。しかしその歌も滅亡する。理窟からでなく内部から滅亡する。(間)しかしそれはまだまだ、早く滅亡すれば可いと思ふがまだまだだ。(間)日本はまだ三分の一だ。

[やぶちゃん注:太字「いのち」は底本では傍点「ヽ」。以下も同じ。

「しかしそれはまだまだ、」全集は「しかしそれはまだまだ早く滅亡すれば可いと思ふがまだまだだ。」であるが、こちらの方がいい。]

 B いのちを愛するつてのは可いね。君は君のいのちを愛して歌を作り、おれはおれのいのちを愛してうまい物を食つてあるく。似たね。

 A (間)おれはしかし、本當のところはおれに歌なんか作らせたくない。

 B どういふ意味だ。君はやつぱり歌人だよ。歌人だつて可いぢやないか。しつかりやるさ。

 A おれはおれに歌を作らせるよりも、もつと深くおれを愛してゐる。

 B 解らんな。

 A 解らんかな。(間)しかしこれは言葉でいふと極くつまらんことになる。

 B 歌のやうな小さいものに全生命を託することが出來ないといふのか。

 A おれは初めから歌に全生命を託さうと思つたことなんかない。(間)何にだつて全生命を託することが出來るもんか。(間)おれはおれを愛してはゐるが、其のおれ自身だつてあまり信用してはゐない。

 B (やや突然に)おい、飯食ひに行かんか。(間、獨語するやうに)おれも腹のへつた時はそんな氣持のすることがあるなあ。

 

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