早川孝太郎「猪・鹿・狸」 猪 九 猪の跡
九 猪 の 跡
狩人の話では、猪は夏から秋の初めにかけて、カリに着くと謂ふ。カリは峯近い萱場(かやんば)ボローなどの、稍平坦な地を撰んで、猪が作つた寢床であつた。地面を長方形に穿つて、その中にはゴ(落ち葉)や枯れ草を敷ぎ、上には稍丈の長い萱の類を橋渡しに覆つてあつた。出入りは一方の端からするとも謂うた。カリは又山の中腹にもあつたが、窪中などの濕地は避けたのである。虻や蚊の襲來を防ぐ爲と謂うたが、子も又其處で育てたので、生れて間もない子猪が、カリの近くに斃れて居る事があるといふ。未だ肌に毛を生じない時、蚊に刺殺されるのだと謂ふ。
[やぶちゃん注:「カリ」漢字表記は不詳だが、出産・子育て用の巣と思われる。グーグル画像検索「イノシシ 巣」で、この「カリ」であるかどうかは判らぬが、そうした時期的営巣が見られることが判る。或いは、ずっと居続ける巣ではないことから、「假(仮)」かも知れぬ。
「萱場(かやんば)ボロー」既出既注。次段落でも説明されるが、「ボロー」は叢や藪のことである。改訂本では早川氏は『籔叢(ボロー)』と漢字を当てておられる。
「刺殺される」「さしころされる」。]
萱場は文字どおり萱立場で、六尺以上にも伸びた萱が密生して、足を踏入れる事も出來ぬやうな處が、自分の村などにも未だあつた。栃の類が疎らに立つて居る位で、殆ど他の植物は生える餘地がなかつた。間々虎杖[やぶちゃん注:「いたどり」。]が混つて居た位のものである。ボローは山にはよくある人間の手の未だ及ばぬ一廓で、茱萸[やぶちゃん注:「ぐみ」。]、あけび、山葡萄、其他名も判らぬ蔓科の植物が、互ひに絡み合つて、欝然と塚のやうになつて居た。日光も中へは碌々通さぬ程であつた。秋になるとそれ等の實が一時に色づいて、鳥の群なども集まつた。自然の惠の豐かな處で、狸などの穴も、さうしたボローの中が多かつた。どちらも屈竟な猪の潜れ場所であつた。
[やぶちゃん注:「潜れ場所」は「かくればしよ」と読んでいるか。]
ノタ(ぬた)を打つた跡にも、狩人はまた注意を怠なか中つた。猪がノタを打つのは窪合いなどの踏んでも直ぐ水の湧く濕地で、グシヤツタレと呼んだ程、水の多いジメジメした處であつた。地形から言ふと澤谷の奧の行詰りであつた。或時村のネブツブの山で跡を見た事がある。子供の時で、判然記憶せぬが、何でも一ヶ所ひどくこね返して、田植の植代[やぶちゃん注:「うゑしろ」。]を搔いたやうになつて、上に澄んだ水が溜つて居たと思ふ。その聽いた話だつたが、猪は體が熱(ほて)つて熱(ほて)つて仕方がないので、時折來ては體を漬けると謂ふ。
[やぶちゃん注:「ネブツブの山」サイト「笠網漁の鮎滝」内の「早川孝太郎研究会」による「三州民話の里」の「三州横山話」(早川孝太郎氏が大正一〇(一九二一)年に後発の本書と同じ郷土研究社の柳田國男監修になる『炉辺叢書』の一冊として刊行した、本書の先行姉妹篇との称すべき早川氏の郷里である愛知県の旧南設楽郡長篠村横山(現在の新城(しんしろ)市横川。ここ(グーグル・マップ・データ))を中心とした民譚集)の早川氏自筆の「橫山略圖」(JPG)を見ると、中央上部に『(ネブツフ)』とある。どうもその記載の横のピーク若しくはその背後(東北)の鞍部を指すらしい。この辺り(ピーク位置に地区名「北沢」がある。グーグル・マップ・データ航空写真)と推定される。]
山の窪中には、猪がノタを打ちかけた跡と言ふのがあつた。兩方から谷が迫つた中の、纔かに徑を通じた所などで、一寸進む事も出來ぬ程に踏荒して、肢跡[やぶちゃん注:「あしあと」。]の一ツ一ツに水が溢れて居た。まだ昨夜出たばかりだに、其處いらに猪が居るなどと言うた。肢跡は、蹄の先が尖つた物程若猪で、圓みが深い程古猪と謂ふ。
或は又山のツルネなどの、平坦な草刈り場を畑のやうに掘返した跡があつた。蚯蚓や地蟲を搜したのであるが、シヤベルでゞもやつたやうに、一塊りづゝ土が穿つてあつた。さうかと思ふと、木の根を掘り石を分けて、自然薯を掘つた。折角秋に目標の麥を播いて置いたに、猪の奴に先を越されたなどと、自然薯掘りが口惜しがつて居た。山の栗などもさうであつた。猪の荒した後には、殆ど一つとして殘つては居なかつた。悉く落葉を分けて搜し出してしまふ。時偶あつたと思へば、中の實だけが旨くゑぐり取つてあつた。
[やぶちゃん注:「ツルネ」小学館「日本国語大辞典」に「蔓畝」で「つるね」と見出し語し、『蔓のように長く伸びて連なった小高いところ。峰つづき』とあり、方言のとして『山の峰。尾根』として採集地を新潟・長野・山梨・静岡県磐田郡など広範囲に挙げてある。]
昔は床下のゴツトウ(地蟲の類にて多くはセミの幼蟲)まで掘りに來たと言ふ。朝起きて見たら背戶口にえらい穴が明けてあつたなどと言ふた。山澤に出て蟹をあさり、又蛇も食つたと言ふから、何でもござれ食はぬ物なしの猪だつたのである。
[やぶちゃん注:「ゴツトウ」語源や漢字は不詳。改訂本では早川氏は『地蟲(ごつとう)』の漢字とひらがなルビを振って、しかし丸括弧注記をカットしておられる。地虫類の頭部が丸いことから、「兀頭」の字を私は夢想した。]
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