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2020/03/24

早川孝太郎「猪・鹿・狸」 鹿 七 山の不思議

 

     七 山 の 不 思 議

 山の神の手心から、獲物を匿される事は、前の猪の話にも言うた。それとは異つて、現在捕つて其處に置いてある獲物を、ちよつとの間、水を呑みに谷へ下つたりした隙に、影も無くなる事があつた。四邊に人影も無い深山の中であつて見れば、不思議と言ふより外なかつた。狩人はさうした時の用意に、獲物の傍を離れる時は、鐵砲と山刀を上に十字に組んで置いた。或は半纏などを掛けて置く事もあつた。鳳來寺山中などで、時折さうした目に遇つた。山犬の所爲とも言うたが、或は山男のなす業とも信じられた。

[やぶちゃん注:「山の神の手心から、獲物を匿される事は、前の猪の話にも言うた」「猪 十三 山の神と狩人」参照。

「山男」妖怪・異人・ヒト(サル)型異獣としてのそれ。山人(やまびと)・大人(おおひと)などとも呼称する。私のカテゴリ「怪奇談集」にも枚挙に暇がないほど出現する。例えば「谷の響 二の卷 十五 山靈」「想山著聞奇集 卷の貮 山𤢖(やまをとこ)が事」(私の注で「北越雪譜」の「異獸」も電子化してある)・「北越奇談 巻之四 怪談 其十(山男)」と同書の「北越奇談 巻之四 怪談 其十一(山男その二)」「北越奇談 巻之四 怪談 其十二(山の巨魁)」などを見られたい。ウィキの「山男」がよく纏まっているので参照されたいが、その概要によれば、『外観は、多くは毛深い半裸の大男とされる。言葉は、土地によって話す』ケースや、『まったく話さないなど』、変化がある。『人を襲ったり』、『これに出遭った人は病気になるなど』といった『人間に有害な伝承も』ないことはないが、『基本的には』妖怪・異人の中では特異的に『友好的で、人間に対して煙草や食べ物など少量の報酬で、荷物を運んだり』、『木の皮を剥いだりといった大仕事を手伝ってくれる』ケースが有意に見られる。『柳田國男によれば、山男との遭遇談は、日本の概ね定まった』十『数ヶ所の山地のみに伝えられており、小さな島には居ないと』するとある。]

 鳳來寺山は、全山九十九谷と言傳へて、地續きの牧原御料林を合せて、殆ど四里四方に亘る一大密林であつた。山中の地獄谷と稱する所などは、密林中に高く瀧が落ちかゝつて、風景絕佳であると言うたが、一度び奧へ入込めば、出る事は叶はぬとさへ言うた。その爲め一部の狩人の外消息を知る者も無かつた。偶々鰻釣りに入つた者の話では、思ひの外に谿川[やぶちゃん注:「たにがは」。]の樣が綺麗で、甞て釣を試みた者もあるらしいと語つた。隨分久しい前の話らしいが、八名郡能登瀨村の某家では、牧原御料林から、不思議な裸體の靑年を二人捕へて來て、農事を手傳はせたと言ふ。力が强くて主人の言付をよく守つたが、言葉が更に通じなくて困つたと言ふ。或は山男でないかとも言うたが、それ以上詳しい事は聞かなかつた。

[やぶちゃん注:「牧原御料林」個人ブログの「鳳来寺鉄道三河槙原駅加周組専用線(?)」の「鳳来寺有林」の記事によれば、『鳳来寺は愛知県でも有数の山岳寺院で江戸期には徳川将軍家から鳳来寺山などの寺領を安堵され』、『財政的にも豊かだったのが』、『明治期に寺有林を国有林として召し上げられた上に境内で火災が相次ぐなどすっかり疲弊していました』。『元寺有林だった国有林はさらに宮内省御料局(後の帝室林野局)の手に渡り』、『御料林となっていましたが』、『大正初期に鳳来寺再興のため服部賢成住職を中心として御料林払下げを嘆願、1919(大正8)年に3,112町歩、実測見込面積1,551haの寺有林を6677,130円で払い下げを受けることに成功します』。『帝室林野局としては近隣で面積が広く林相も良い段戸山の施業に集中したかったようで、鳳来寺山の御料林は飛び地となるため』、『所有することに左程意味が無かったのかも知れません』とあるので、現在の三河槙原駅の北方、鳳来寺の東北部の「愛知県立安城農林高校第二演習林」や「愛知県民の森」附近(グーグル・マップ・データ航空写真)の旧称或いは俗称であろうと思われる。

「八名郡能登瀨村」現在の新城市能登瀬(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。前記地区の南直近である。]

 鳳來寺山から東に當つて、三輪川を隔てた八名郡大野町の奧の、山吉田村阿寺(あてら)は、ひどい山間の部落であるが、部落内に七瀧(なゝたき)と言ふ瀧があつた。その水源である栃の窪からハダナシの山へかけての山中は、昔から狩人が獲物を奪られる[やぶちゃん注:「とられる」。]と言傳へた場所だつた。現に經驗した者はもう聞かなんだが、その山に住むヒメン女郞(姬女郞)の仕業と謂うた。而も一方には、山の主が美しい片脚の上﨟と言ふ傳說もあつた。附近へ入込む者が、紙緖[やぶちゃん注:「かみを」。和紙で作った鼻緒。]の草履を穿いて居ると、必ず片つ方を奪られたと謂ふのである。

[やぶちゃん注:「三輪川」宇連川の別称。

「八名郡大野町」新城市大野

「山吉田村阿寺(あてら)」「部落内に七瀧(なゝたき)と言ふ瀧があつた」新城市下吉田ハダナシに現存する(サイド・パネルに写真あり)。

「栃の窪」不詳。

「ハダナシの山」前注の通り、小字地名としては残るが、山は不詳。

「ヒメン女郞(姬女郞)」ウィキの「片脚上臈」によれば、『片脚上臈(かたあしじょうろう)は、愛知県八名郡山吉田村(現・新城市)に伝わる妖怪』で、『栃の窪という地からハダナシ山という山にかけて現れるという、美しい上臈姿の片脚の妖怪。紙製の鼻緒の草履を履いた者がいると、その片方を奪うという。山吉田村の阿寺には栃の窪を水源とする阿寺の七滝という滝があり、そこには不妊の女性に子宝の霊験のある子抱き石という石があったが、そこへ行くには紙緒の草履を履いていかなければならないとされ、そのような女性が片方の草履を奪われたという』。『また山中で、猟師が獲物を一時的に置いて水を飲みに行ったときなど、その隙に獲物を奪い取るともいい、獲物から離れなければならないときなどに、猟銃と山刀を十字に組んでおくか、袢纏をかけておくと、片脚上臈の怪異を避けるまじないになるという』。『獲物を奪うのは山男の仕業ともいわれるが、実際には山犬の仕業との説もある』とあり、これは総て(次段参照)本篇を元にして書かれてある。何故、片脚なのか(片目にされた一夜神主との通底が窺われ、或いはこの原型には山の神への生贄として捧げられた処女のイメージが隠されているのかも知れない)、また、紙緒(切れ易いので山入りの者の草履に紙緒は向かない。次段冒頭参照)が狙われるのかは定かでないが、紙緒は神事を行う者が用いることと関係があるのかも知れない。]

 山中で紙緖草履を穿く者も無かつたと思はれるが、實は別の話が絡んで居たのである。狩とはなんの關係も持たぬ餘計な事だつたが、話の次手[やぶちゃん注:「ついで」。]に、ヒメン女郞の傳說の結末をつけておく。

 前言うた七瀧の上に、子抱き石の出る個所があつた。子抱き石とは、石の中に更に別の小石を孕んだものである。子種の無い婦人が、其處へ行つて、一ツを拾つて懷にして返れば、懷姙すると言ふ言傳へがあつた。女連れなどで出かける者も少なくなかつた。その折紙緖草履を穿いていれば、必ずヒメン女郞に奪られたと言うたのである。現に草履を奪られて、いつか裸足になつて居たという女もあつた。

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