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2020/03/20

石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) おもひ出

 

[やぶちゃん注:本篇は底本初版本(「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」の当該ページHTML版のここと、ここと、ここに従い、通常位置よりも全体を二字下げで示した。]

 

    お も ひ 出

 

  翼酢色(はねずいろ)水面(みのも)に褪(あ)する

  夕雲と沈みもはてし

  よろこびぞ、春の靑海、

  眞白帆(ましらほ)に大日(おほひ)射(さ)す如、

  あざやかに、つばらつばらに、

  涙なすおもひにつれて

  うかびくる胸のぞめきや。

 

  ひとたびは、夏の林に

  吹鳴(ふきな)らす小角(くだ)の響きの

  うすどよむけはひ裝(よそ)ひて、

  みかりくら狩服人(かりぎぬびと)の

  駒並(こまな)めて襲ひくる如、

  戀鳥(こひどり)の鳥笛(とぶえ)たのしく

  よろこびぞ胸にもえにし。

 

  燃えにしをいのちの野火(のび)と

  おのづから煙に醉(ゑ)ひて、

  花雲(はなぐも)の天領(あまひれ)がくり

  あこがるる魂(たま)をはなてば、

  小(ち)さき胸ちいさき乍(なが)ら

  照りわたる魂の常宮(とこみや)、

  欄玕(らうかん)の宮柱(みやばしら)立て、

  瓔珞(えうらく)の透簾(すゐだれ)かけて、

  ゆゆしともかしこく守る

  夢の門(かど)。──門や朽ちけむ、

  いつしかに碎けあれたる

  宮の跡、霜のすさみや、

  礎(いしずへ)のたゞに冷たく。──

  息(いき)吹けば君を包みし

  紫の靄もほろびぬ。

  ふたりしてほほゑみくみし

  井(ゐ)をめぐる朝顏垣(あさがほがき)の

  繩(なは)さへも、秋の小霧(さぎり)の

  はれやらぬ深き濕(しめ)りに

  我に似て早や朽ちはてぬ。

 

  ああされど、サイケが燭(ともし)、

  かげ搖(ゆ)れて、戀の小胸に

  蠟涙(ろうるい)のこぼれて燒(や)ける

  いにしへの痛(いた)みは云はじ。

  とことはに心きざめる

  新創(にひきづ)を、空想(おもひ)の羽(はね)の

  彩羽(あやば)もてつくろひかざり、

  白絹(しらぎぬ)のひひなの君に

  少女子(をとめご)のぬかづく如く、

  うち秘(ひ)めて齋(いつ)き行かなむ

  もえし血の名殘(なごり)の胸に。

             (癸卯十二月末)

 

   *

 

    お も ひ 出

 

  翼酢色(はねずいろ)水面(みのも)に褪(あ)する

  夕雲と沈みもはてし

  よろこびぞ、春の靑海、

  眞白帆に大日(おほひ)射す如、

  あざやかに、つばらつばらに、

  涙なすおもひにつれて

  うかびくる胸のぞめきや。

 

  ひとたびは、夏の林に

  吹鳴らす小角(くだ)の響きの

  うすどよむけはひ裝(よそ)ひて、

  みかりくら狩服人(かりぎぬびと)の

  駒並(こまな)めて襲ひくる如、

  戀鳥の鳥笛(とぶえ)たのしく

  よろこびぞ胸にもえにし。

 

  燃えにしをいのちの野火と

  おのづから煙に醉ひて、

  花雲の天領(あまひれ)がくり

  あこがるる魂(たま)をはなてば、

  小(ち)さき胸ちいさき乍ら

  照りわたる魂の常宮(とこみや)、

  欄玕の宮柱立て、

  瓔珞の透簾(すゐだれ)かけて、

  ゆゆしともかしこく守る

  夢の門(かど)。──門や朽ちけむ、

  いつしかに碎けあれたる

  宮の跡、霜のすさみや、

  礎のたゞに冷たく。──

  息吹けば君を包みし

  紫の靄もほろびぬ。

  ふたりしてほほゑみくみし

  井をめぐる朝顏垣の

  繩さへも、秋の小霧(さぎり)の

  はれやらぬ深き濕りに

  我に似て早や朽ちはてぬ。

 

  ああされど、サイケが燭(ともし)、

  かげ搖れて、戀の小胸に

  蠟涙のこぼれて燒(や)ける

  いにしへの痛(いた)みは云はじ。

  とことはに心きざめる

  新創(にひきづ)を、空想(おもひ)の羽の

  彩羽(あやば)もてつくろひかざり、

  白絹(しらぎぬ)のひひなの君に

  少女子(をとめご)のぬかづく如く、

  うち秘めて齋き行かなむ

  もえし血の名殘の胸に。

             (癸卯十二月末)

[やぶちゃん注:初出は『時代思潮』明治三七(一九〇四)年三月号の総標題「深淵」の第二篇。本詩集の標題詩篇。「瓔珞(えうらく)」はママ。歴史的仮名遣は「やうらく」。「透簾(すゐだれ)」もママ。「透き垂れ」の音変化であるから「すいだれ」でよい。「礎(いしずへ)」もママ。歴史的仮名遣は「いしずゑ」。「蠟涙(ろうるい)」もママ。歴史的仮名遣は「らふるい」。「新創(にひきづ)」もママ。「にひきず」でよい。

「翼酢色(はねずいろ)」「朱華色(はねずいろ)」。黄色がかった薄い赤色。「日本書紀」や「万葉集」にもその名が見られる由緒ある伝統色。他に「波泥孺」「唐棣花」「棠棣」などの字を当てる。古代から禁色(きんじき)の一つであった。参照したサイト「伝統色のいろは」のこちらで色を確認出来る。

「つばらつばらに」副詞で「つくづく・しみじみ・よくよく」の意の万葉以来の語。

「ぞめき」「騷(ぞめ)き」。

「小角(くだ)」「管の笛」(くだのふえ)のこと。古くは戦場で用いたという獣の角で出来たの小笛。既に「和名類聚抄」巻十三の「調度部上第二十二」の「征戰具第百七十五」に、

   *

角 「兼名苑」注云、『角、本、出胡中』。或云、出吳越以象龍吟也。「楊氏漢語鈔」云、『大角【波良乃布江】、小角【久太能布江】

   *

と載る。

「鳥笛(とぶえ)」鳥の鳴き声を真似るように作った笛。当初は鳥刺しの狩猟具。

「天領(あまひれ)がくり」「天領巾隱り」天人が身につける美しい布。彩雲が空を遮るさまの換喩。

「欄玕(らうかん)」玉に似た美しい石。

「瓔珞(えうらく)」サンスクリット語「ムクターハーラ」又は「ケーユーラ」の漢訳語。もとはインドで身分の高い男女が珠玉や貴金属を編んで首・胸・腕などにつけた装身具。仏教に取り入れられて寺院内外の飾りや仏像の首・胸。衣服の飾りに用いる。

「透簾(すゐだれ)」向こうが透けて見える簾(すだれ)。

「サイケ」英語の “Psyche”(カタカナ音写は「サィキィ」が近い)であろう。ギリシア神話に登場する人間の娘プシューケー(ラテン文字転写:Psȳchē:古代ギリシア語では「気息・心・魂・蝶」を意味する)。愛の神エロス(キューピッド)の妻。女神アフロディテによってさまざまの苦難に遇わされたが、ゼウスの力で幸福を得た。後世、画題として好まれた美女である。英語の「psychology」(心理学)などはこれに由来する。]

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