石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) 夜の鐘
夜 の 鐘
鐘鳴る、鐘鳴る、たとへば灘(なだ)の潮(しほ)の
雷音(らいおん)落ちては新たに高む如く、
(莊嚴(おごそか)なるかな、『祕密』の淸き矜(ほこ)り、)
雲路(うんろ)にみなぎり、地心(ちしん)の暗にどよみ、
月影(つきかげ)朧(おぼ)ろに、霧衣(きりぎぬ)白銀(しろがね)なし、
大夢(おほゆめ)罩(こ)めたる世界に漂ひ來て、
晝(ひる)なく、夜(よる)なく、過(す)ぎても猶過ぎざる
劫遠法土(ごふをんはふど)の暗示(さとし)を宣(の)りて渡る。
影なき光に無終(むしう)の路をひらく
『祕密』の叫びよ、滿林(まんりん)夢にそよぐ
葉末(はずへ)の餘響(なごり)よ、ああ鐘、天の聲よ。
ともしび照らさぬ空廊(くうろう)夜半(よは)の窓に
天意(てんい)にまどひて、現世(このよ)の罪を泣けば、
たふとき汝(な)が音におのづと頭(かうべ)下(くだ)る。
(甲辰三月十七日夜)
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夜 の 鐘
鐘鳴る、鐘鳴る、たとへば灘の潮(しほ)の
雷音落ちては新たに高む如く、
(莊嚴(おごそか)なるかな、『祕密』の淸き矜(ほこ)り、)
雲路にみなぎり、地心(ちしん)の暗にどよみ、
月影朧ろに、霧衣(きりぎぬ)白銀(しろがね)なし、
大夢(おほゆめ)罩(こ)めたる世界に漂ひ來て、
晝なく、夜なく、過ぎても猶過ぎざる
劫遠法土(ごふをんはふど)の暗示(さとし)を宣りて渡る。
影なき光に無終の路をひらく
『祕密』の叫びよ、滿林夢にそよぐ
葉末の餘響(なごり)よ、ああ鐘、天の聲よ。
ともしび照らさぬ空廊夜半(よは)の窓に
天意にまどひて、現世(このよ)の罪を泣けば、
たふとき汝(な)が音におのづと頭(かうべ)下(くだ)る。
(甲辰三月十七日夜)
[やぶちゃん注:初出は明治三七(一九〇四)年四月号『明星』で、総表題「鐘の歌」で「曉鐘」・「暮鐘」と本「夜の鐘」の三篇が載る。「国文学研究資料館 電子資料館」の「近代書誌・近代画像データベース」のこちらで初出形を読むことが出来る。]
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