早川孝太郎「猪・鹿・狸」 猪 二 子猪を負んだ狩人
二 子猪を負んだ狩人
[やぶちゃん注:筆者の本篇の挿絵「猪小屋」。国立国会図書館デジタルコレクションの底本の画像をトリミング・補正した。 ]
これは自分が七ツ八ツ時分の事だつたと思ふ。その日は何かの用事で父が遠出した留守で、母と幼い同胞達と一間へ塊り合つて寢た。山村の事で早薄ら寒い程の秋であつた。丁度一眠りしたと思ふ時分、門の戶口をコトコトと叩く音に目を醒ました。先に目を醒ましてゐた母が先づ聲を掛けたが、外には聞へぬらしかつた。二三度續けて問返す内、漸く隣村の狩人と判つてホツとした。用向きを訊くと、今しがた奧の窪でコボウ(子猪)を一つ擊つたのだが、家迄運ぶ間、シヨイタを借り度いと言ふのである。母が土間の隅から取出して、戶口を開けて渡してやると、其儘急いで立去つたが、自分は思い懸けぬ經驗に昂奮して容易に眠られなかつた。その内又もや戶口を叩く音がして狩人が歸つて來た。今度は直ぐ起出して母を促して一緖に外へ出た。遉がに[やぶちゃん注:「さすがに」]、物珍しく心を惹かれたのである。夜目に瞭然と見えないが、暗がりにシヨイタを負つて立つてゐる男の肩に、何やら突立つてゐるのが、猪の肢でもあるのか、倒さ[やぶちゃん注:「さかさ」。]にして結へ着けてあるらしかつた。
[やぶちゃん注:表題の「負んだ」は「おんだ」で「背負った」の意。
「シヨイタ」「背負い板」で所謂「背負子(しょいこ)」のことであろう。長方形の板に直角の底板を配して背負い紐が附いた背負い具と思われる。]
何でも宵待ちに行つて、田の畔(くろ)のボタに踞んでゐたと言ふ。すると上の柴山からボソリボソリ降りて來るのが、星空に透かして見ると、大小二ツの紛れも無い猪だつた。大凡[やぶちゃん注:「おほよそ」。]狙ひを附けて擊つと、つい目の前へ草を分けて轉がつて來たさうで、親猪の方は遂に取遁した[やぶちゃん注:「とりにがした」。]という。其處は自分の家の田圃の傍で、判然記憶にある場所だつた。田の脇を道が通つてゐて、傍に三ツ又の杉の古木が立つてゐた。田植の折には、定つて[やぶちゃん注:「きまつて」。]その蔭で晝飯を喰べた所である。狩人は一通り話し了ると、新しく煙草を喫ひつけて[やぶちゃん注:「すひつけて」。]、幾度かシヨイタの禮を述べて、前の坂道を降りて行つた。今考へると夢のやうな光景である。
[やぶちゃん注:「田の畔(くろ)のボタ」田圃の畦道の斜面部分を指す方言と思われる。サイト「昔の茨城弁集」に(表題は以上だが、全国的な方言集となっている)、「ぼた」を「土手」とし、採集地を静岡としている。
「踞んで」「しやがんで」。]
其男は龜さとか言ふ名前で、狩人仲間でも豪膽者だとは聞いてゐた。いつも相棒になる同じ村の若い狩人が、ひどい臆病者で、猪を見かけて遁げてばかりゐるのに、此男のお蔭で趣旨い目[やぶちゃん注:「うまいめ」。]に遇ふとも言うた。曾て村の某の老爺が、山田の猪小屋で鳴子の綱を引いてゐると、入口の垂筵を默つて持上げて、オツトウ今夜は俺が番をせるぞへと言うて、ひどくビツクリさせたさうである。以前からの强い狩人は悉く死んでしまつて、夜の夜中に一人山の中を步き得るのは、もう彼の[やぶちゃん注:「かの」。]男一人だとも言うた。
[やぶちゃん注:「龜さ」「龜」が通称で「さ」は接尾語で人の名などについて敬意を表わすもの。
「ぞへ」はママ。]
それほどの男でも、大切にしてゐた犬が、山で何物かに喰ひ殺されたときは、三日三晚も泣き通したさうである。赤毛の極く賢い犬で、主人が狩に出ぬ日でも、一日に一度は必ず山へ入つて、兎か狸かを捕つて來た。或時三日も續けて姿を見せなんだ。そこで近所の者を賴んで彼方此方[やぶちゃん注:「あちこち」と訓じておく。]搜すと、岩山の大きな石の蔭に、咽喉を喰破られて死んでゐたさうである。大方狸かなんぞの、劫を經た物の仕業であろう。餘り澤山の獲物を捕つた報いだらうとも言うた。その事以來遉がの[やぶちゃん注:「さすがの」。]豪膽者も急に老込んだと聞いたが、今でも多分生きてゐるだらう、もう七十幾つの年配の筈である。
[やぶちゃん注:猟犬の殺害者を狸とするのは不審。喉笛を噛み切ってそのまま放置しているところはちょっと気になる(獲物として摂餌していない点で)が、野犬或いは絶滅近かったニホンオオカミ(食肉(ネコ)目イヌ科イヌ属タイリクオオカミ亜種ニホンオオカミ Canis lupus hodophilax:確実な最後の生息最終確認個体は明治三八(一九〇五)年一月二十三日に奈良県吉野郡小川村鷲家口(わしかぐち:現在の東吉野村大字小川(グーグル・マップ・データ))で捕獲された若いオスである。著者早川孝太郎氏は明治二二(一八八九)年の生まれである)などの可能性が高いように思われる。
「餘り澤山の獲物を捕つた報いだらうとも言うた」は「龜さ」の知人が特に意識しないで思いつきで言ったものであろうが、それはそのまま「龜さ」自身の「報い」の暗示となり、それ「以來遉がの豪膽者も急に老込んだ」という結果に繋がるのは言うまでもない。]
« 早川孝太郎 猪・鹿・狸 正字正仮名版 全電子化注始動 / 凡例・ 猪 一 狩人を尋ねて | トップページ | 早川孝太郎「猪・鹿・狸」 猪 三 猪の禍ひ »