芥川龍之介「白 □旧全集版及び■作品集『三つの寶』版二種」再校閲+作品集『三つの寶』佐藤春夫の序文と小穴隆一の跋文を挿入
芥川龍之介の「白 □旧全集版及び■作品集『三つの寶』版二種」に昨日、小穴隆一の二葉の挿絵を挿入、また本日、半日かけて全面的に厳密に再校閲して誤りを正し、さらに作品集『三つの寶』に載る佐藤春夫の序文と小穴隆一の跋文を恣意的に「作品集『三つの寶』版」の前後に挿入した。特に佐藤のそれは実にしみじみとして、良い。以下に示す(画像は雰囲気を味わって戴くためのもので、本文の前半のみの原本(復刻本)の部分画像である)。
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他界へのハガキ
芥川君
君の立派な書物が出來上る。君はこの本の出るのを樂しみにしてゐたといふではないか。君はなぜ、せめては、この本の出るまで待つてはゐなかつたのだ。さうして又なぜ、ここへ君自身のペンで序文を書かなかつたのだ。君が自分で書かないばかりに、僕にこんな氣の利かないことを書かれて了(しま)ふぢやないか。だが、僕だつて困るのだよ。君の遺族や小穴(をあな)君などがそれを求めるけれど、君の本を飾れるやうなことが僕に書けるものか。でも僕はこの本のためにたつた一つだけは手柄をしたよ。それはね、これの校了の校正刷を讀んでゐて誤植を一つ發見して直(なほ)して置いた事だ。尤もその手柄と、こんなことを卷頭に書いて君の美しい本をきたなくする罪とでは、差引にならないかも知れない。口惜しかつたら出て來て不足を云ひたまへ。それともこの文章を僕は今夜枕もとへ置いて置くから、これで惡かつたら、どう書いたがいいか、來て一つそれを僕に敎へてくれたまへ。ヸリヤム・ブレイクの兄弟がヰリヤムに對してしたやうに。君はもう我々には用はないかも知れないけれど、僕は一ぺん君に逢ひたいと思つてゐる。逢つて話したい。でも、僕の方からはさう手輕(てが)るには――君がやつたやうに思ひ切つては君のところへ出かけられない。だから君から一度來てもら度(た)いと思ふ――夢にでも現(うつつ)にでも。君の嫌(きらひ)だった犬は寢室には入れないで置くから。犬と言へば君は、犬好きの坊ちやんの名前に僕の名を使つたね。それを君が書きながら一瞬間、君が僕のことを思つてくれた記錄があるやうで、僕にはそれがへんにうれしい。ハガキだからけふはこれだけ。そのうち君に宛ててもつと長く書かうよ。
下界では昭和二年十月十日の夜 佐 藤 春 夫
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