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2020/04/01

Memorandum 庵主はん

 

   庵主はん

 

 私は石礫(いしころ)の多い小道をその女と步いてゐた。

 步いてゐる間、彼女はづつと默つてゐた。

 すると、道の傍らの右の古い家から、一人の年老いた尼僧が家人に送られて出て來た。

 年老いた家人らは丁重に挨拶をして尼僧を見送つてゐた。

 私は立止まつて振り返り、その尼の後姿を暫く見送つてゐた。

「庵主(あんじゆ)はんです。」

 連れの女は私に言つた。

 私は默つて頷いた。

「みんなからとても尊敬されて居られます。」

と彼女は言つた。

 道を左に逸れると山路に入り、長い階段があつた。其處を二人で默々と登つた。登りきると、古い水道局の貯水塲に出た。

 彼方に美しい立山の連峯が眺められた。

「明日(あした)……行かれるんです……ね……」

と彼女は言つた。

 私は默つて肯いた。

 しかし――その時、私は、

『行くべきは當り前だ……しかし――ここで今――それは正しいのだらうか?』

と、不圖、理に反した譯の判らぬ思ひが過(よ)ぎつた。

 何か苦い唾(つば)が私の口に溢れた。

 しかし私はそれでも、只、默つた儘、美しい連峯に見入つてゐる「振り」をした……彼女が寂しさうに俯くのを視界の左に認めながら……。さうして……つい先程(さつき)見た「庵主はん」のことを思ひ出してゐた。

『……この女は……私の慘めな死の後(のち)に、私を恨みつゝ、しかも悼んでは……尼僧と、なるのかも知れない……』

と考へてゐる自分に氣づいて――何か言ひ知れぬ、慄(ぞつ)とする――私の、その女に對しての「罪」のやうなものを、感じ始めてゐた。……

 

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