Memorandum 人差し指
その人は何時も何かを指す時に人差し指を强く上に反らすのであつた。
城ヶ島燈臺をバツクに彼女を撮らうとした際、
「何を撮つてゐるの? 燈臺?」
と言つて、燈臺を指さしたその時も――
五島プラネタリウムで木星を說明者がライトで指示し、そこに正にモーツアルトの交響曲第四十一番「ジユピター」がバツクにかかつて、
「ジユピター!」
と子供のやうに彼女が聲を擧げ、笑顏で架空の木星の白點を指さした時も――
さうして、あの夏の日、江ノ島の不思議な龜裂した石碑を前にして、その奇體な文字を人差し指でなぞりながら、
「これは……讀めないわ……」
と言つた時も――
彼女の人指し指は何時も實に――しなやかに――上に反つてゐた。
私は今でも――時々意味もなく――彼女のやうにして――人差し指を――反らしてみる。
私は決して何時もはそんな風にはしないのに……いや、指さす對象さへも、最早、何もないのに…………