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2020/04/15

石川啄木 詩集「あこがれ」(初版準拠版) マカロフ提督追悼の詩 附・初出形

 

   マカロフ提督追悼の詩

   (明治三十七年四月十三日、我が
   東鄕大提督の艦隊大擧して旅順港口に迫るや、
   敵將マカロフ提督之を迎擊せむとし、
   愴惶令を下して
   其旗艦ぺトロバフロスクを港外に進めしが、
   武運や拙なかりけむ、我が沈設水雷に觸れて、
   巨艦一爆、提督も亦艦と運命を共にしぬ。)

 

嵐よ默(もだ)せ、暗打つその翼、

夜の叫びも荒磯(ありそ)の黑潮(くろしほ)も、

潮にみなぎる鬼哭(きこく)の啾々(しうしう)も、

暫し唸(うな)りを鎭(しづ)めよ。 萬軍の

敵も味方も汝(な)が矛(ほこ)地に伏せて、

今、大水(おほみづ)の響に我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは鎭まれよ。

彼を沈めて、千古の浪狂ふ、

弦月(げんげつ)遠きかなたの旅順口。

ものみな聲を潜めて、極冬(ごくたう)の

落日の威に無人の大砂漠

劫風絕ゆる不動の滅の如、

鳴りをしづめて、ああ今あめつちに

こもる無言の叫びを聞けよかし。

きけよ、──敗者(はいしや)の怨みか、暗濤の

世をくつがへす憤怒(ふんぬ)か、ああ、あらず、──

血汐を呑みてむなしく敗艦と

共に沒(かく)れし旅順の黑漚裡(こくわうり)、

彼が最後の瞳にかがやける

偉靈のちから鋭どき生(せい)の歌。

ああ偉(おほ)いなる敗者よ、君が名は

マカロフなりき。 非常の死の波に

最後のちからふるへる人の名は

マカロフなりき。 胡天の孤英雄、

君を憶(おも)へば、身はこれ敵國の

東海遠き日本の一詩人、

敵(かたき)乍らに、苦しき聲あげて

高く叫ぶよ、(鬼神も跼(ひざま)づけ、

敵も味方も汝(な)が矛地に伏せて、

マカロフが名に暫しは鎭まれよ。)

ああ偉(おほ)いなる敗將、軍神の

撰びに入れる露西亞の孤英雄、

無情の風はまことに君が身に

まこと無情の翼をひろげき、と。

 

東亞の空にはびこる暗雲の

亂れそめては、黃海波荒く、

殘艦哀れ旅順の水寒き

影もさびしき故國の運命に、

君は起(た)ちにき、み神の名を呼びて、──

亡びの暗の叫びの見かへりや、

我と我が威に輝やく落日の

雲路(うんろ)しばしの勇みを負ふ如く。

壯なるかなや、故國の運命を

擔(にな)ふて勇む胡天の君が意氣。

君は立てたり、旅順の狂風に

檣頭高く日を射(さ)す提督旗(ていとくき)。──

その旗、かなし、波間に捲きこまれ、

見る見る君が故國の運命と、

世界を撫(な)づるちからも海底に

沈むものとは、ああ神、人知らず。

 

四月十有三日、日は照らず、

空はくもりて、亂雲すさまじく

故天にかへる邊土の朝の海、

(海も狂へや、鬼神も泣き叫べ、

敵も味方も汝(な)が鋒地に伏せて、

マカマフが名に暫しは跼づけ。)

萬雷波に躍りて、大軸を

碎くとひびく刹那に、名にしおふ

黃海の王者(わうじや)、世界の大艦も

くづれ傾むく天地の黑漚裡(こくわうり)、

血汐を浴びて、腕(うで)をば拱(こまね)ぎて、

無限の憤怒(ふんぬ)、怒濤のかちどきの

渦卷く海に瞳を凝らしつつ、

大提督は靜かに沈みけり。

 

ああ運命の大海、とこしへの

憤怒の頭(かしら)擡(もた)ぐる死の波よ、

ひと日、旅順にすさみて、千秋の

うらみ遺(のこ)せる秘密の黑潮よ、

ああ汝(なれ)、かくてこの世の九億劫、

生と希望と意力(ちから)を呑み去りて

幽暗不知の界(さかひ)に閉ぢこめて、

如何に、如何なる證(あかし)を『永遠の

生の光』に理(ことはり)示(しめ)すぞや。

汝(な)が迫害にもろくも沈み行く

この世この生、まことに汝(なれ)が目に

映(うつ)るが如く値(あたひ)のなきものか。

 

ああ休(や)んぬかな。 歷史の文字(もじ)は皆

すでに千古の淚にうるほひぬ。

うるほひけりな、今また、マカロフが

おほいなる名も我身の熱淚に。──

彼は沈みぬ、無間の海の底。

偉靈のちからこもれる其胸に

永劫たえぬ悲痛の傷(きず)うけて、

その重傷(おもきず)に世界を泣かしめて。

 

我はた惑ふ、地上の永滅は、

力(ちから)を仰(あふ)ぐ有情(うじやう)の淚にぞ、

仰ぐちからに不斷の永生の

流轉(るてん)現(げん)ずる尊ときひらめきか。

ああよしさらば、我が友マカロフよ、

詩人の淚あつきに、君が名の

叫びにこもる力(ちから)に、願くは

君が名、我が詩、不滅の信(まこと)とも

なぐさみて、我この世にたたかはむ。

 

水無月(みなづき)くらき夜半(やはん)の窓に凭り、

燭にそむきて、靜かに君が名を

思へば、我や、音なき狂瀾裡、

したしく君が渦卷く死の波を

制す最後の姿を覩(み)るが如、

頭(かうべ)は垂(た)れて、熱淚せきあへず。

君はや逝(ゆ)きぬ。逝きても猶逝かぬ

その偉いなる心はとこしへに

偉靈を仰ぐ心に絕えざらむ。

ああ、夜の嵐、荒磯(ありそ)のくろ潮も、

敵も味方もその額(ぬか)地に伏せて

火熖(ほのほ)の聲をあげてぞ我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは鎭まれよ。

彼(かれ)を沈めて千古の浪狂ふ

弦月遠きかなたの旅順口。  (甲辰六月十三日)

 

   *

 

   マカロフ提督追悼の詩

   (明治三十七年四月十三日、我が
   東鄕大提督の艦隊大擧して旅順港口に迫るや、
   敵將マカロフ提督之を迎擊せむとし、
   愴惶令を下して
   其旗艦ぺトロバフロスクを港外に進めしが、
   武運や拙なかりけむ、我が沈設水雷に觸れて、
   巨艦一爆、提督も亦艦と運命を共にしぬ。)

 

嵐よ默(もだ)せ、暗打つその翼、

夜の叫びも荒磯(ありそ)の黑潮も、

潮にみなぎる鬼哭の啾々も、

暫し唸りを鎭めよ。 萬軍の

敵も味方も汝(な)が矛地に伏せて、

今、大水(おほみづ)の響に我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは鎭まれよ。

彼を沈めて、千古の浪狂ふ、

弦月(げんげつ)遠きかなたの旅順口。

ものみな聲を潜めて、極冬(ごくたう)の

落日の威に無人の大砂漠

劫風絕ゆる不動の滅の如、

鳴りをしづめて、ああ今あめつちに

こもる無言の叫びを聞けよかし。

きけよ、──敗者の怨みか、暗濤の

世をくつがへす憤怒か、ああ、あらず、──

血汐を呑みてむなしく敗艦と

共に沒(かく)れし旅順の黑漚裡(こくわうり)、

彼が最後の瞳にかがやける

偉靈のちから鋭どき生の歌。

ああ偉(おほ)いなる敗者よ、君が名は

マカロフなりき。 非常の死の波に

最後のちからふるへる人の名は

マカロフなりき。 胡天の孤英雄、

君を憶へば、身はこれ敵國の

東海遠き日本の一詩人、

敵(かたき)乍らに、苦しき聲あげて

高く叫ぶよ、(鬼神も跼(ひざま)づけ、

敵も味方も汝が矛地に伏せて、

マカロフが名に暫しは鎭まれよ。)

ああ偉いなる敗將、軍神の

撰びに入れる露西亞の孤英雄、

無情の風はまことに君が身に

まこと無情の翼をひろげき、と。

 

東亞の空にはびこる暗雲の

亂れそめては、黃海波荒く、

殘艦哀れ旅順の水寒き

影もさびしき故國の運命に、

君は起ちにき、み神の名を呼びて、──

亡びの暗の叫びの見かへりや、

我と我が威に輝やく落日の

雲路(うんろ)しばしの勇みを負ふ如く。

壯なるかなや、故國の運命を

擔ふて勇む胡天の君が意氣。

君は立てたり、旅順の狂風に

檣頭高く日を射す提督旗。──

その旗、かなし、波間に捲きこまれ、

見る見る君が故國の運命と、

世界を撫づるちからも海底に

沈むものとは、ああ神、人知らず。

 

四月十有三日、日は照らず、

空はくもりて、亂雲すさまじく

故天にかへる邊土の朝の海、

(海も狂へや、鬼神も泣き叫べ、

敵も味方も汝が鋒地に伏せて、

マカマフが名に暫しは跼づけ。)

萬雷波に躍りて、大軸を

碎くとひびく刹那に、名にしおふ

黃海の王者、世界の大艦も

くづれ傾むく天地の黑漚裡、

血汐を浴びて、腕をば拱ぎて、

無限の憤怒、怒濤のかちどきの

渦卷く海に瞳を凝らしつつ、

大提督は靜かに沈みけり。

 

ああ運命の大海、とこしへの

憤怒の頭(かしら)擡(もた)ぐる死の波よ、

ひと日、旅順にすさみて、千秋の

うらみ遺せる秘密の黑潮よ、

ああ汝(なれ)、かくてこの世の九億劫、

生と希望と意力(ちから)を呑み去りて

幽暗不知の界(さかひ)に閉ぢこめて、

如何に、如何なる證(あかし)を『永遠の

生の光』に理(ことはり)示すぞや。

汝(な)が迫害にもろくも沈み行く

この世この生、まことに汝(なれ)が目に

映るが如く値のなきものか。

 

ああ休(や)んぬかな。 歷史の文字は皆

すでに千古の淚にうるほひぬ。

うるほひけりな、今また、マカロフが

おほいなる名も我身の熱淚に。──

彼は沈みぬ、無間の海の底。

偉靈のちからこもれる其胸に

永劫たえぬ悲痛の傷うけて、

その重傷(おもきず)に世界を泣かしめて。

 

我はた惑ふ、地上の永滅は、

力を仰ぐ有情の淚にぞ、

仰ぐちからに不斷の永生の

流轉現ずる尊ときひらめきか。

ああよしさらば、我が友マカロフよ、

詩人の淚あつきに、君が名の

叫びにこもる力に、願くは

君が名、我が詩、不滅の信(まこと)とも

なぐさみて、我この世にたたかはむ。

 

水無月くらき夜半(やはん)の窓に凭り、

燭にそむきて、靜かに君が名を

思へば、我や、音なき狂瀾裡、

したしく君が渦卷く死の波を

制す最後の姿を覩(み)るが如、

頭(かうべ)は垂れて、熱淚せきあへず。

君はや逝きぬ。逝きても猶逝かぬ

その偉いなる心はとこしへに

偉靈を仰ぐ心に絕えざらむ。

ああ、夜の嵐、荒磯のくろ潮も、

敵も味方もその額(ぬか)地に伏せて

火熖(ほのほ)の聲をあげてぞ我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは鎭まれよ。

彼を沈めて千古の浪狂ふ

弦月遠きかなたの旅順口。  (甲辰六月十三日)

[やぶちゃん注:最終行冒頭の「弦月」は底本では「弦目」であるが、明らかに誤植であるので、特異的に訂した。初出も以下で見る通り、「弦月」となっており、筑摩版全集も特異的に『弦月』と訂してある。最後のクレジットが今までと異なり、最終行三字下げで入っているのはママ。これは単にその行でその「118」ページが終わっている(底本の「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」の本初版本の当該画像)ことから、編集者がかく配慮したものと推定される。前の添え書きは下まで続いて改行して二行であるが、ブラウザの不具合と、リズムを壊さないように配慮して不揃いで改行した。一部の句点の後の字空けは見た目を再現した。初出は明治三七(一九〇四)年八月号『太陽』であるが、ここにある前の添え書きは初出には存在せず、最後のクレジットもない。初出は表題が「マカロフ提督追悼」で、連構成が異なり、かなりの語句に異同(推定誤植含む。例えば二行目「車」は「轟」(ひびき)ではなかろうか?)があるので、初出を以下に示す(筑摩版全集を参考に漢字を恣意的に正字化した)。初出はルビなしである。

   *

 

   マカロフ提督追悼

 

嵐に默せ暗搏つ其翼、

夜の車も荒磯の黑潮も、

潮にみなぎる鬼哭の啾々も

暫し唸りを鎭めよ、萬軍の

敵も味方も汝が矛地に伏せて、

今大水の響きに我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは鎭まれよ、

彼を沈めて千古の浪狂ふ

弦月遠きかなたの旅順口。

 

萬有聲を潜めて、極冬の

落日の威に無人の大砂漠

劫風絕ゆる不動の滅の如、

鳴りをしづめて、ああ今天地に

こもる無言の叫びを聞けよかし。

聞けよ、──敗者の怨恨か、暗濤の

世を覆へす憤怒か、嗚呼あらず──

血汐を呑みて空しく敗艦と

共に沒れし旅順の黑漚裡、

彼が最後の瞳に輝ける

偉靈の力するどき生の歌。

 

ああ偉いなる敗者よ、君が名は

マカロフなりき。非常の死の波に

最後の權威ふるへる人の名は

マカロフなりき。胡天の孤英雄、

君を憶へば、身はこれ敵國の

東海遠き日本の一詩人、

敵ながらに苦しき聲あげて

高く叫ぶよ、(鬼神も跪づけ、

敵も味方も汝が矛地に伏せて

マカロフが名に暫しは鎭まれよ)

ああ偉いなる敗將、軍神の

撰びに入れる露西亞の孤英雄、

無情の風はまことに君が身に

まこと無情の翼を擴げき、と。

東亞の空にはびこる暗雲の

亂れそめては、黃海波荒らく、

殘艦哀れ旅順の水寒き

影も淋しき故國の運命に、

君は起ちにき、御神の名を呼びて、──

ほろびの暗の戰呼をかへり見て

我と我威に輝やく落日の

雲路しばしの勇みを負ふ如く。――

壯なるかなや、故國の運命を

擔ふて勇む胡天の君が意氣。

君は立てたり、旅順の狂風に

檣頭高く日を射す提督旗。──

その旗、悲し、波間に捲き込まれ、

見る見る君が故國の運命と

世界を撫づる力も海底に

沈む者とは、ああ神、人知らず。――

 

四月十有三日、日は照らず、

空は曇りて、亂雲凄まじく

故天にかへる邊土の朝の海、

海も狂へや、鬼神も泣き叫べ、

敵も味方も汝が矛地に伏せて

マカマフが名に暫しは跪づ、)

萬雷濤に躍りて大軸を

碎くとひびく刹那に、名にしおふ

旅順の王者、世界の大艦も

崩れかたむく天地の黑漚裡、

血汐を浴びて、腕をば拱ぎて、

無限の憤怒、怒濤の鬨の

渦卷く海に瞳を凝らしつつ、

老將軍は靜かに沈みけり。

 

ああ運命の大海、とこしへの

憤怒の頭擡ぐる死の波よ、

ひと日旅順に荒みて千秋の

うらみ遺せる秘密の黑潮よ、

ああ汝かくてこの世の九億劫、

生と希望と意力を呑み去りて

幽暗不知の境に閉ぢ込めて、

如何に如何なる證を『永遠の

生の光』に理示すぞや。

汝が迫害に脆くも沈み行く

この世この生、眞に汝が眼に

映るが如く値の無きものか。

 

ああ休んぬ哉、歷史の文字は皆

既に千古の淚に濕ほひぬ。

うるほひけりな、今またマカロフが

偉いなる名も我身の熱淚に。──

彼は沈みぬ、無間の海の底、

偉靈のちからこもれるその胸に

永劫たへぬ悲痛の傷受けて、

その重傷に世界を泣かしめて。――

 

我はた惑ふ、地上の永滅は、

力を仰ぐ有情の淚にぞ、

仰ぐ力に不斷の永生の

流轉現ずる尊とき閃きか。

ああよしさらば、我友マカロフよ、

詩人の淚熱きに、君が名の

叫びにこもる力に、願くは、

君が名、我が詩、不滅の信とも

慰めて我れこの世に戰はむ。

 

水無月くらき夜半の窓に凭り、

燭に背きて、靜かに君が名を

思へば、我や、音なき狂瀾裡、

親しく、君が渦卷く死の海を

制す最後の姿を覩るが如、

火影も凍る默肅の思ひかな。

君はや逝きぬ、――逝きて猶逝かぬ

その偉いなる心はとこしへに

偉靈を仰ぐ心に絕えざらむ。――

ああ夜の嵐、荒磯の黑潮も、

敵も味方もその額地に下げて、

火熖の聲をあげてぞ我が呼ばふ

マカロフが名に暫しは跼づけ、

彼を沈めて千古の浪狂ふ

弦月遠きかなたの旅順口。

 

   *

最終連の六行目は大きく改変されてある。

「マカロフ提督」ロシア帝国海軍軍人にして海洋学者(ロシア帝国科学アカデミー会員)でロシア帝国海軍中将であったスチパーン・オースィパヴィチュ・マカーラフ(Степан Осипович Макаров/ラテン文字転写:Stepan Osipovich Makarov ユリウス暦一八四八年十二月二十七日(グレゴリオ暦一八四九年一月八日)~同前一九〇四年三月三十一日(同年四月十三日))。ウクライナ出身。海軍准士官の子。ウィキの「ステパン・マカロフ」によれば、一八六五年、ニコラエフスク航海士学校航海士学校を『首席で卒業したが、父の希望により航海士ではなく、海軍士官候補生となる』。彼は『ロシア海軍における水雷艇運用・戦術論に関する第一人者のひとりであり』、一八七七年の『露土戦争において、自分の水雷艇戦術理論を実践に移した』。同年一月十六日、『オスマン帝国の警備船「インティバフ」に対して魚雷による世界最初の対艦攻撃を行っ』ている。一八八〇年から翌年にかけては『中央アジア探検隊に参加』し、諸艦船の艦長を務め、一八八六年にはコルベット』(Corvette:軍艦艦種の一つ。一層の砲甲板を持ち、フリゲート艦よりも小さい)『「ヴィーチャシ」の艦長に就任し』、一八八六年から一八八九年、及び、一八九四年から一八九六年の二回に亙って『世界一周航海に出ている』。この二度の『航海では、総合的な海洋調査を実施し、研究の成果を『ヴィーチャシ号と太平洋』にまとめて発表した。また』、『海軍戦術論の大家としても世界的に知られ、著書である『海軍戦術論』は世界各国で翻訳され、邦訳された物は東郷平八郎や秋山真之のほか』、『日本海軍の将兵が必ず精読するような名著であり、東郷は自ら筆写したものを戦艦三笠の私室に備えていたという』。一八九〇年、『少将に昇進し、バルト艦隊最年少の提督となり』、翌『年、海軍砲術主任監察官となる』。一八九四年、戦艦「ニコライ1世」に座乗し』、翌『年、極東に赴任、艦隊司令長官に就任する』。一八九九年と一九〇一年には二度の『北極探検を実施し、この時』、『砕氷船を構想し、世界最初の砕氷船「イェルマーク」の建造を命じている。また砕氷船をバイカル湖にも導入、フェリー「バイカル」と貨客船「アンガラ」を就航させた』。一九〇四年に日露戦争が起こると、『第四次旅順攻撃で日本海軍の奇襲を許し』てしまって『その責任を追及され』『解任されたオスカル・スタルク司令長官の後任として、マカロフは』三月八日、『ロシア太平洋艦隊司令長官に就任した。攻撃精神に富むとともに計画性・最先端技術への理解が深く』、『ロシア海軍屈指の名将との評価も高いマカロフの着任は、その相手となる日本の連合艦隊にとっては非常な脅威であり、太平洋艦隊の士気も大いに上がった』。『旅順着任直後に日本海軍による第四次旅順攻撃を受けるが、マカロフは自軍の水雷艇ステレグーシチイが猛攻を受けていると知り、自ら巡洋艦ノーウィックに座乗して出撃した。結局』、『ステレグーシチイは救えなかったが、このようなマカロフの常に陣頭指揮を行う行動や』、『飾らない人柄は部下将兵に好意的に受け入れられ、「マカロフ爺さん」と呼ばれ』て『親しまれるようになってい』った。『マカロフは士気が低下していた将兵の意識改善や体制改革に取り組み、常に部下の士官や下士官と会話を交わしつつ、ロシア太平洋艦隊の現状掌握に努めた。また損害を受けない範囲で可能な限り自艦隊を港外に出して練度の向上を図り、日本艦隊との交戦も辞さなかった』。『一方、第二回旅順口閉塞作戦に失敗した連合艦隊は、旅順口攻撃の一環として旅順の封鎖を機雷敷設によって行うようになる』。一九〇四年四月十三日、『機雷敷設中の連合艦隊の駆逐艦』四『隻が、偵察を行っていたロシア艦隊の駆逐艦』一『隻と遭遇し』、『戦闘が開始される。ロシア艦隊の駆逐艦はたちまち撃沈されるが、その情報を知ったマカロフは旗艦である戦艦「ペトロパブロフスク」』(Петропавловск:一八九二年起工。排水量(満載)一万千五百トン。全長百十四・六メートル。全幅二十一・三三メートル。吃水七・九メートル)に座乗、戦艦五隻と巡洋艦四隻を『率いて生存者の救援と日本艦隊の攻撃に向か』った。『日本の主力艦隊を認めると』、『旅順港に引き返』したが、『座乗していた旗艦ペトロパブロフスクが日本軍の敷設した機雷に触雷し』、『爆沈。マカロフは避難しようとしたが』、『間に合わず、将兵』五百名とともに『戦死した。一説には秋山真之が過去の出撃パターンから予測されるロシア艦隊の航路を割り出し、予め』、『そのエリアに機雷を散布していたと言われる』。『日本では、マカロフ戦死の報を受けて、都市部で戦勝を祝う提灯行列などが行われた』。『マカロフの戦死はロシア太平洋艦隊の将兵に衝撃を与えたと伝えられる』。以下、啄木の本篇を挙げ、彼が哀悼の意を示したことを記す。『また、戦争中にアメリカに特使として派遣され』、『広報外交を行っていた金子堅太郎は、演説の中でマカロフへの哀悼のコメントを発し、アメリカ世論からの支持を取り付けることに成功した』という。因みに、亡くなった当時、「マカロフ爺さん」は未だ五十五歲であった。

「愴惶」(さうくわう(そうこう))は「慌ただしく」の意。

「沈設水雷」水中に敷設する機雷。ウィキの「機雷」に、浮遊機雷・係維機雷・短係止機雷・沈底機雷の種別の図が載り、解説もある。

「黑漚裡(こくわうり)」「漚」(現代仮名遣「おう」)は「水の泡」(動詞としては「浸す」の意がある)。撃沈され、冷たい旅順港の黒々とした海中に、加えて黒々と油を流しつつ黒々とした泡を吹き上げては沈んで行くさまをイメージした。

「狂瀾裡」荒れ狂う大波の中。]

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