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2020/04/02

早川孝太郎「猪・鹿・狸」 狸 三 狸の穴

 

     三 狸  の  穴

 

Tanukinoana

 

[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションの底本の画像をトリミング・補正した。キャプションは「狸の穴」。]

 

 狸の穴に注意してゐる者は、山の外觀を一渡り見たゞけで、其處に穴があるかどうかゞ直ぐ判ると謂ふ。多く雜木山の、餘り深くない、峯から少し下つた邊りが、狸の好く處だと謂ふ。

 貉(まみ)の穴などもさうであるが、狸の穴には、必ず澤谷の水のある處へ向けて、細い徑が出來てゐる。朝晚定めて通ふ譯でもあるまいが、綺麗に叩き土のやうになつて居た。尻尾の掃木[やぶちゃん注:「はふき」。]で撫でゝ通るなどゝも言うた。穴には水を求める徑がある一方、便所がある。狸の溜糞と言ふ程で、穴から數間離れた位置に、一ヶ所に夥しく積んである。時折位置を替へるらしく、古い糞の跡が、其方此方[やぶちゃん注:「そつちこつち」]にある事もあつた。果して居るか否かは、此糞の樣子からも判別したのであるが、時に依つて、二日三日位留守にする事もあるといふから、糞が新しいだけでは狸の有無は未だ決められない。

[やぶちゃん注:「貉(まみ)」本邦固有種である食肉目イヌ型亜目クマ下目イタチ小目イタチ上科イタチ科アナグマ属ニホンアナグマ Meles anakuma。本邦の民俗社会では古くからイヌ科タヌキ属亜種ホンドタヌキ Nyctereutes procyonoides viverrinus や食肉目ネコ型亜目ジャコウネコ科パームシベット亜科ハクビシン(白鼻芯)属ハクビシン Paguma larvata を指したり、これらの種を区別することなく、総称する名称として使用することが多いが、前者との混淆はいいとして、後者ハクビシンは私は本来、本邦には棲息せず、後代(江戸時代或いは明治期)に移入された外来種ではないかと考えている。アナグマはしばしばタヌキにそっくりだとされるが、私は面相が全く違うと思う。博物誌は私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 貉(むじな)(アナグマ)」を見られたい。また、一方、嘗ての民俗社会にあっては、「狸」(タヌキ)とは全く別種の「貉」(ムジナ)なる動物がいる(無論、いない)と一般的に考えられ、猟師でさえもそう信じていた。有名な現在の栃木県鹿沼市で発生した狩猟法違反事件「たぬき・むじな事件」(大正一三(一九二四)年二月二十九日発生)はそれをよく説明する事例としてよく挙げられる。ウィキの「たぬき・むじな事件」によれば、この事件は被告人(同法では刑事罰課せられるので「被告」ではない)が『猟犬を連れ』、『村田銃を携えて狩りに向かい、その日のうちにムジナ2匹を洞窟の中に追い込んで大石をもって洞窟唯一の出入口である洞穴を塞いだが、被告人はさらに奥地に向かうために直ちにムジナを仕留めずに一旦その場を立ち去った。その後33日に改めて洞穴を開いて捕らえられていたムジナを猟犬と村田銃を用いて狩った』。『警察はこの行為が31日以後にタヌキを捕獲することを禁じた狩猟法』(当時の「鳥獸保護及狩獵ニ關スル法律」の略称。現在は旧法を全面撤廃して新たに「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(略称は「鳥獣保護法」等)となっている)『に違反するとして被告人を逮捕した。下級審では、「動物学においてタヌキとムジナは同一とされている」こと、「実際の捕獲日を31日以後である」と判断したことにより被告人を有罪とした。だが被告人は、自らの住む地域を始めとして昔からタヌキとムジナは別の生物であると考えられてきたこと(つまり狩猟法の規制の対象外であると考えていたこと)、229日の段階でムジナを逃げ出せないように確保しているのでこの日が捕獲日にあたると主張して大審院まで争』い、『翌年192569日に大審院において』『刑法第38条での「事実の錯誤」に』当たるとして『被告人に無罪判決』『が下された』事件である。

「狸の溜糞」ウィキの「タヌキ」によれば、巣と溜め糞について、『巣穴は自分で掘るだけでなく、自然に開いた穴やアナグマ類やキツネ類の巣穴も利用し、積み藁や廃屋などの人工物を利用することもある』。『本種には複数の個体が特定の場所に糞をする「ため糞(ふん)」という習性がある』。一『頭のタヌキの行動範囲の中には、約』十『か所の』溜め『糞場があり』、『一晩の餌場巡回で、そのうちの』二、三ヶ『所を使う』。溜め『糞場には、大きいところになると』、直径五十センチメートル、高さ二十センチメートルもの『糞が積もっているという。ため糞は、そのにおいによって、地域の個体同士の情報交換に役立っていると思われる。糞場のことを「ごーや」や「つか」と呼ぶ地方がある』とある。

「數間」一間は一・八一メートルであるから、六掛けで十一メートル前後。]

 穴は、入口から少し入つた處が、最も狹いさうである。それからは段々奧へ進むに從つて廣くなつて、最後に枯葉や枯草を深く敷き詰めた處がある。こゝが寢床で、大きい穴になると、疊二疊敷位は珍しくなかつた。或は又穴の模樣に依つて、寢床の奧に、更に一段高い處が設けてあるのもある。これは濕氣の多い時の用意と謂ふ。雨の劇しく降つた後などは、寢床に一面水が溜まつてゐる事もあつた、さうした時の爲めに、必要だつたのである。

 狸の穴狩は、口元から縱に段々掘つて行つて、中から飛出して來る處を、豫め用意した木の刺股で押へるのである。然し犬が居れば、中へ入つて咥え[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]出して來る。此場合には、大きな犬は駄目である。然し一ツの穴に二疋も三疋も居る時は、犬も容易に咥え出す譯にはゆかぬさうである。

 狸の穴では、一ツの穴に一匹と言ふ事は滅多に無い、大抵二疋以上居る。多いのになると、六ツ七ツ位迄居た話がある。それが貉になると、より餘計居るさうである。マミツトオと言うて、貉は一ツの穴に十居るものだなどゝも言うた。

[やぶちゃん注:ウィキの「ホンドタヌキ」によれば、『春から夏にかけて』が『子育ての時期で』、三『月中旬に巣穴の中で通常は』三~五『匹出産し、子タヌキの体長は約15cm、体重は約100gで体色は濃褐色』。『子育ては夫婦で行う』。五『月初頭になると』、『幼獣は親タヌキ夫婦と一緒に巣穴の外に出て行動するようになり、食べ物も自分で見つけられるようになる』。『夏は親子で行動する。秋は子どもが親離れをする時期である』。『夏の終わり頃から親子の関係が弱くなり、また、子ども同士の関係も弱くなる。そして秋になると子どもたちは各自独立していく』とある。一方、ウィキの「ニホンアナグマ」によれば、同じく『春から夏にかけて』が『子育ての時期であり、夏になると』、『子どもを巣穴の外に出すようになる。秋になると子どもは親と同じくらいの大きさまで成長し、冬眠に備えて食欲が増進し、体重が増加する。秋は子別れの時期でもある』が、『母親はメスの子ども(娘)を』一『頭だけ残して一緒に生活し、翌年に子どもを出産したときに娘に出産した子どもの世話をさせることがある。娘は母親が出産した子どもの世話をするだけでなく、母親用の食物を用意することもある。これらの行為は娘が出産して母親になったときのための子育ての訓練になっていると考えられる』とあるので、孰れも一つの巣穴に複数頭いるという記載は腑に落ちる。]

 狸は冬至十日前に穴へ入つて、八十八夜過[やぶちゃん注:「すぎ」。]に穴から出ると言ふ。その期間なら間違いなく穴に居たのである。然し穴狩などする者は、入口に茅[やぶちゃん注:「かや」。]の葉など挿して置いて、その靡き振りで、果して居るか否かを知る事もあつた。

[やぶちゃん注:いっしょくたにされるホンドタヌキとニホンアナグマであるが、ホンドタヌキは冬場に巣籠りはするが冬眠はしない。それに対してニホンアナグマは冬眠し、一日の平均気温が摂氏十度を上回る頃になると冬眠から目覚める

「冬至」現在の太陽暦で十二月二十二日頃。

「八十八夜」同前で五月二日頃。]

 以前は狸の穴を見かけても、よくよく手輕にゆく場所でない限り、手を出さなんだが、近頃では見つけ次第に、一日二日を費しても掘つてしまつた。岩などを利用した堅固な穴でも、ダイナマイトなどで碎いて捕つてしまふ。それで忽ち少なくなつて、近年では、一年にたつた二ツしか捕らなんだなどゝ、村の狸掘りの名人が零して居たものである。

 自分の家の近くの籔に、昔からあると謂ふ貉の穴があつた。車も通つた程の街道の脇で、まさかもう居なかろうなどゝ濟まして居たが、近所の者の話では、夕方など其處を通ると、時折見る事があると言ふ。狸なら善いが貉では、竹の根を分けて難儀しても合はんでなどゝ、狸掘り達が言うて居たから、或はそんな事から今もまだ居るかも知れぬ。

[やぶちゃん注:筆者早川孝太郎氏の実家はこの附近(グーグル・マップ・データ航空写真。以下同じ)であるから、まだタヌキやアナグマはいそうである。流石に、最近は見ないが、私が小学校二年の時(昭和六四(一九八九)年)、近所の切通しの所(この中央)で車に轢かれたタヌキを見た。それどころか、僅か二十一年前の一九九九年七月に、勤務していた横浜緑ケ丘高校の校内でバスケットボール部の合宿で泊まった夜、タヌキかアナグマが校内を闊歩しているのを見た。私の怪奇談集「淵藪志異」の「十」で擬古文化したものがあるので以下に少し補正して引いておく。

   *

 一九九九年七月我籠球部合宿にて學校に泊せり。夜十一時頃本館見囘れり。夜間も本館一階電氣は點燈せしままなるが定法也。體育館を出でて會議室橫入口より本館へ入りし所間隔短きひたひたと言ふ足音のせり。左手方見るに正に校長室前を正面玄關方へ茶褐色せる不思議なる塊の左右に搖れつつ動けるを見る。黑々したる太き尾あり。目凝らしたるもそは犬でも無し猫でも無し。狸也。若しくはアナグマやも知れず。素人そが區別は難かりけりとか聞く。彼我に氣づかざれば思はず狸臆病なるを思ひ出だし「わつ!」と背後より叱咤せり。狸物の美事に右手にコテンと引つ繰り返らんか物凄き仕儀にて玄關前化學室が方へ遠く逃れ去れり。我聊か愛しくなるも面白くもあり。つとめて廊下にて出勤せる校長と擦れ違へり。我思はず振り返りて校長が尻に尻尾無きか見し事言ふまでも無し。そが狸の棲み家と思しき所テニスコウト向かひが土手ならんや。されど此處五六年宅地化進めり。我に脅されし哀れ狸とそが一族も死に絕えたらんか。これこそ誠あはれなれ。

   *

この時は顔面を正面から見なかったため、識別は出来なかった。学校の場所はここで、推定された巣は車道を横切った北の低い丘陵部分(この中央附近)である。因みに、これとは全く関係ないが、教え子の中には知らぬ者もいるであろうから言っておくと、現在の同校の校長は当時の同僚の化学の女性教師である。]

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