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2020/04/06

早川孝太郎「猪・鹿・狸」 狸 九 呼ばる狸

 

     九 呼 ば る 狸

 正月薪(もや)刈りなどにいつて、山の上で一人働いてゐると、何處ともなくホイと呼ぶ聲がするさうである。雨にでもなりさうな、トロンとした溫かい日などに多かつた。又女が一人で居たりすると、きまつて呼ぶと云ふ。ホヲイと、さう思ふ所爲[やぶちゃん注:「せい」。]か、何だか出ない聲を無理に絞り出すやうにも聞えるといふ。

「薪(もや)」小学館「日本国語大辞典」に、『たきぎにする小枝や木の葉。粗朶(そだ)。ぼや』として滑稽本「続膝栗毛」の使用例を出し、後に方言として『細い枝のたきぎ。そだ』として、北は栃木・群馬・茨城から、中部地方の長野県伊那郡・静岡県・愛知県など、南は和歌山・出雲・高知県高岡郡など非常に広汎に分布することが記されてあり、語源説しては「大言海」などから『モヤス(燃)意か』とする。

 こちらが鉈でタンタンと木を伐ると、向ふも同じやうな音をさせる。ザーツと木を倒すと、矢張させた。明るい、日がカンカン照つて居る時だといふ。誰だと呼んで見ても返事がなくて、暫くすると又ホイと呼ぶ。氣味が惡くなつて歸つて來たなどと言うた。さうかと思ふと、一人で炭など燒いて居ると、間近の山の陰などから、笛の音や太鼓で、如何にも賑やかに囃し立てゝ近づいて來る。今一息で、あの曲り角を出るかなどゝ思ふと、フイと消えてしまつたりする。みんな狸の惡戯だというて居る。

[やぶちゃん注:最後のケースは逆転層による現象で説明出来る。逆転層とは通常なら高度の上昇に伴って気温が低下するのが普通であるのに、逆に上昇している高域層を指し、これがあると、驚くほど遠くの場所の音が大きく近くのように聞こえることが多い。私も登山で何度か十数キロ離れた下界の市街の騒音が極間近に聴こえたことがあり、概ねそうすると山の天気は崩れた。]

 狸は人を呼びかけて、それをきつかけに、段々呼び交わして、相手が負けたら喰はうといふ。それで夜中うつかり返事は出來ない、返事をしたが最後何處迄もやらねばならぬといふ。夜中に一人で居る時に、遂騙されて返事をしたばつかりに、自在の茶釜を飮干しても足らなんだなどゝ言うた。長篠村吉村の寺屋敷の裏の家では、家内三人で代わる代わる返事して、やつと負けずにす濟んだ。或は返事の代りに木魚を叩いて夜を明したが、朝見たら軒下に恐ろしい古狸が、腹を上にして死んで居た話もあつた。

[やぶちゃん注:「自在の茶釜」囲炉裏の上に吊るした自在鉤に掛けた大きな茶釜。

「長篠村吉村」スタンフォード大学の明治二三(一八九〇)年測図・大正六(一九一七)年修正版「國土地理院圖」の「三河大野」を見ると、「橫山」(既に「橫川」を併記)の南東外の山間部に「吉村」の集落があり、「卍」の記号も確認出来る。現在の国土地理院でも「吉村」として確認出来るのだが、グーグル・マップ・データ(航空写真)では「広畑」となっているのがそこである。]

 瀧川の奧の大荷場(おほにば)の一ツ家では、近くのむくろじ谷に居る狸が、每晚惡戯をして仕方がない。そして、シンゾの藤兵衞ボツトボトというてからかつた。藤兵衞も負けては居ず、さう吐くお主もボツトボトというて、一晚中呼ばり通して、朝見たら軒下に大狸が死んで居たと言ふ。此大荷場は一ツ家で、而も藤兵衞が一人者の處から、狸と呼ばり合つて暮して居るげななどゝ、惡口にも語つたのである。

[やぶちゃん注:「瀧川の奧の大荷場」現在の国土地理院図には「滝川」がある。一方、グーグル・マップ・データ(航空写真)では「新城市出沢(すざわ)大荷場(おおにば)」がそこから東に遡った七久保川の右岸に確認出来、ズームすると今も農家の一軒家が確認出来る。但し、これが藤兵衛氏の旧居宅であるかどうかは判らぬ。

「シンゾ」不詳。或いは「新造(しんぞ)買(が)ひ」の略か。遊女を買うことで、独り者の藤兵衛を揶揄しているともとれるか。

「ボツトボト」不詳。小学館「日本国語大辞典」で色々調べたが、しっくりくるものがない。襤褸(ぼろ)の意の方言があるが、当地でそう呼ぶか確認出来なかった。或いは独り者で精液をぼとぼとと滴らすしかないという揶揄かとも考えたが穿ち過ぎだろう。寧ろ、次段を見るに、これは狸の腹鼓のオノマトペイアととれるので、単に合いの手として「ポンポコ」の意が正解か。]

 鳳來寺の奧の院などで、夏分雨乞のあつた後には、夜になつて定つて[やぶちゃん注:「きまつて」。]、同じやうな笛太鼓の音がしたと言ふが、此方は狸とは言はなんだ。天狗の所爲だというて居る。雨の降る晚などに、ボトボトと聞こえたのが、狸の腹鼓であつた。そんな晚に、坂を登つて行くと、御坂の脇で彼方[やぶちゃん注:「あつち」。]でも此方[やぶちゃん注:「こつち」。]でも、ボトボトやつて居たといふ事である。

[やぶちゃん注:「鳳來寺の奧の院」「鹿 十二 鹿の玉」で示した s_minaga氏のサイトの三河鳳来寺三重塔」のページから拝借した絵図の「38」が「奥之院」であるから、これはグーグル・マップ・データ航空写真ではこの中央附近に当たる。]

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