萩原朔太郎 氷島 初版本原拠版 附・初出形 動物園にて
動物園にて
灼きつく如く寂しさ迫り
ひとり來りて園内の木立を行けば
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を食らひ
本能の蒼き瞳孔(ひとみ)に
鐵鎖のつながれたる惱みをたえたり。
暗欝なる日かな!
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり。
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを嚙みつきつつ
さびしき復讐を戰ひしかな!
いま秋の日は暮れ行かむとし
風は人氣なき小徑に散らばひ吹けど
ああ我れは尙鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
[やぶちゃん注:「たえたり」はママ(初出も同じ)。ロケーションの動物園はどこのそれか不詳。
初出は昭和五(一九三〇)年二月号『ニヒル』(創刊号)。
*
動物園にて
灼きつく如く寂しさ迫り
一人來りて園内の木立を行けり。
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を喰らひ
本能の蒼き瞳(ひとみ)に
鐵鎖のつながれたる惱みをたえたり。
暗欝なる日かな
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
いかんぞこの悲しきものを見るに耐えん。
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを嚙み付きつつ
さびしき復讐を戰ひしかな。
今秋の日は暮れ行かんとし
風は人氣なき小徑に散りばひ吹けり。
ああその思惟を斷絕せよ
われは尙鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
*
「耐えん」もママ。]
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